盗賊団ラー・ユガーの首領とおぼしき男を、ラトゥンは倒した。
幹部もあらかた片付け、残るは――
「そんな馬鹿な!」
ギラニールの傍らにいた痩身の優男が、踵を返して奥へと引っ込む。ラトゥンは、その後を追った。
地下通路を行くと、そこは幹部たち用の食卓らしきものがあった。豪華な内装で、硬貨が山となっている箱や宝など戦利品などがある。
首領の席と思われる上座の後ろの壁に、抜け穴らしい通路が口を開けていた。先の優男は、そこから外へ逃げたらしい。
ただの盗賊ならば、一人や二人逃して問題はなかった。だがラトゥンは、逃げた男が気になる。
首領の側近のような立ち位置で、他が『ボス』呼びだったところ、あの男だけは『旦那』呼びだった。
幹部の一人の可能性は高い。そしてこのまま逃すのは、どうにも嫌な予感がした。
鼻に、優男の臭いを覚えさせ、一度戻る。さすがにエキナを一人にしておくのも危ない。彼女は強いが、追跡している間に何かあっても困る。
食堂に戻ると、そこにはエキナがいて、アジト内に残っていた盗賊を処刑人の剣で首を刎ねていた。
「ラトゥン、そちらは終わりましたか?」
「一人逃げた。そっちも無事そうだな」
「ええ、怪我はしていませんよ」
エキナは、さも当たり前のように答えた。伊達に、故郷を滅ぼした宿敵とその配下を、たった一人で追いかけ回し、始末した処刑人ではない。
「どうします? アジトを確認して、他にも残っていないか確かめますか?」
「逃げた奴が、幹部かもしれない。そいつを追う」
「わかりました。……追えますか?」
「『臭い』は覚えた」
ラトゥンは不敵に笑った。
・ ・ ・
その夜、町に口笛が連続した。宿にいた者たちは、複数カ所で繰り返された口笛を気味悪がった。
幸い、その口笛はすぐに収まった。いったい何だったのか。宿泊していたドーハス商会のカッパーランドたちは顔を見合わせるのである。
結局、その時以外、口笛は聞こえず、静かな夜に戻り、人々はそのことは忘れて、夕食だったり夜の作業などに戻った。
彼らは知らなかったが、口笛の正体は、ラー・ユガーの監視部隊に向けて吹かれたものだった。
非常事態発生、アジトに戻らず、集合地点に集合。その合図の口笛は、村に潜伏していたラー・ユガーの盗賊、その監視役を持ち場から動かした。
本当なら、食事を終えた盗賊団本隊と合流して、宿を襲撃する予定だった。獲物であるドーハス商会やその他宿泊客が逃げないように見張るのが、監視部隊の役目であった。
集まったのは十人ほど。あと四人足りないが、何をしているのか?
「揃ったか?」
「クワン兄」
痩身の優男――クワンが、町はずれの集合地点に現れると、監視部隊員は挨拶に頭を軽く下げた。
「ポッポルの班がまだ来ていません」
班長各の一人が答えると、クワンは眉をひそめた。
「へぇ。……たぶん、ポッポルたちは、やられただろうな」
「やられた……?」
「何があったんです?」
監視部隊員たちが、口々に言葉を投げかける。クワンは、行くぞと村から離れるように歩きながら答えた。
「アジトが襲われた」
「えっ!?」
盗賊たちに動揺が走る。まったく信じられない話だった。クワンは続ける。
「おそらく、報告にあった助っ人だろう」
昼間のドーハス商会の馬車隊を襲った時、あとから現れた車に乗って現れたハンターないし傭兵。
「宿で聞いてきたんですが――」
一人が言った。
「新手の三人組は、独立傭兵らしいですぜ」
「独立傭兵か。フン」
クワンは鼻をならす。
「いやに鼻が利くじゃないか。ついた早々に教会のアジトを見つけ出して、襲撃するとか」
顔を見合わせる盗賊監視役たち。
「初めから、おれたちの討伐に来た奴らだったのかもしれんな」
「いったい誰が……」
「わからん。ギラニールも殺されたし、他の幹部も全滅だ」
「クワン兄……」
盗賊たちは、反応に困った。幹部であるクワンだが、まさか首領を呼び捨てにするとは思わなかったのだ。
「どうした?」
「いや……、ボスが死んだって言うのは本当ですかい?」
躊躇いがちに一人が聞いた。クワンの言う通りであるなら、ラー・ユガー盗賊団は、首領を失い、新しいリーダーが継がない限り、おしまいということになる。他に幹部がいないのであれば、クワン次第ということになるのだが……。
「死んではいないさ。おれが、ラー・ユガーだからな」
クワンの言葉に、盗賊たちは目を丸くする。
「ギラニールは、影武者だ。お前たちにもわかりやすい表ボスを演じていた。この盗賊団の真の首領はおれなんだよ」
「そんな……」
盗賊たちの動揺は収まらない。ギラニールが亡き後だから、おれが次のリーダーだ、ならわかるのだが、真のボスが、とか、ラー・ユガーだからと言われて余計に混乱してしまったのだ。
「何だ、おれがボスでは不満か?」
クワンが問えば、盗賊たちは首を横に振った。よし、とクワンは答え、さらに村から離れていく。
「それで、クワン兄。オレたちはどこへ向かっているんです?」
「ここだ」
立ち止まったクワン。しかしここは砂と岩だらけの荒れ地のど真ん中だった。盗賊たちは周囲を見回すが、やはり何もない。
すると、いつからいたのか、クワンの前に一人の男が立っていた。盗賊たちは、見知らぬ男の登場に身構える。
「何者――!」
だがその時、突然、クワンが男に跪いた。
「ご足労いただき、ありがとうございます。モリュブ・ドス殿」
「久しいな、ラー・ユガー」
男――モリュブ・ドスは、ふてぶてしい顔で、クワンを見下ろした。