目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第51話、盗賊退治も独立傭兵の仕事


 盗賊団の地下アジト。ラー・ユガーの連中は、シュレムの村に逗留するドーハス商会を襲撃するらしい。

 食堂手前で立ち聞きしたラトゥンとエキナは、少し下がって盗賊たちから距離をとった。今のところは発見されていない。


「どうしたものか」


 ラトゥンが呟けば、エキナは首をわずかにかしげた。


「手順ですか?」

「……まあ、そんなところだ」


 本当は一度出直し、ギプスや、ドーハス商会のカッパーランドにこの件を知らせるべきかとも思ったのだ。

 だが、それをしたところで、何の解決にならないことに気づき、思い留まる。


 ドーハス商会は商人だから、盗賊退治の助っ人にはならない。すでにマークされているから、ラトゥンの通報を受けて村から逃げ出そうとしても、おそらく無駄であろう。


 ギプスの機関銃は、多人数を掃除するには役立つが、こういう地下、閉所ではそれほど効果的とは思えなかった。

 特に機関銃を撃っている間は、ラトゥンやエキナの前衛が動けるスペースがなく、逆に前衛が動いている時は、敵味方を巻き添えにするから機関銃は撃てないのではないだろうか。


 閉所であるなら、ラトゥンとエキナで戦う分には問題はない。相手が多人数であろうと、一度に攻撃できる人数は限られるから、一騎当千が二人いる状況なら、人数の差は有利にならない。


 ――ただ。


「相手の情報がないのがな……」


 独立傭兵の仕事で、相手の情報などないことも珍しくない。むしろ普通まであるが、ラー・ユガーというそれなりに有名な盗賊団ともなれば、その気になれば多少の情報収集は不可能ではない。


 もちろん、今回に限れば、情報収集の時間もなかった。そもそもこの教会を探りにきたのも、聖教会絡みなのだ。盗賊団のアジトになっているなんて、想定外だったから仕方がない。


「敵は、名の知れた盗賊団。腕利きの一人や二人はいるだろう」


 一人二人で済むかどうかも怪しい。十人単位で実力者がいるかもしれないし、あるいは魔術師などもいる可能性もある。


「名前が知られて、なお生き残っているということは、そういうことだ」


 これまでも数え切れないほど討伐されかけ、しかし返り討ちにするか逃げ延びてきた者だ。舐めてかかれる余裕はない。


「まあ、それでも正面からやるしかないんだが」

「ですね」


 エキナは同意した。策を弄していられるような人数でもない。


「確認なんですけど、ラトゥン」

「何だ?」


 行動前の質問は大歓迎のラトゥンである。いざという時に迷いや混乱をしないためにも、わからないことは確認するのは正しい。


「盗賊相手ですけど、捕虜はとりますか?」

「俺たちしかいないんだ。その余裕はないだろう」


 捕まえたところで、監視が必要になる。捕まえた盗賊を然るべき場所に連れて行けば、懸賞金やら報償を得られる対象にもなるが、今回は無理だ。


「首領もですか?」


 有象無象は金にならないが、ボスならばそれこそ高額懸賞金の率も高い。雑兵を片付けて、最後まで残っていれば捕まえるのも吝かではないが。


「首領が出てくるような場面だったら、俺たちと戦うより、さっさと逃げ出すと思うね」


 他に質問は?――と問えば、エキナは言った。


「変装とかいりますか?」


 彼女は処刑人の仮面を持った。顔を隠して服装を変えなければ変装とは言えないが――ラトゥンはその言葉を呑み込んだ。


「いや、盗賊団は、村で俺たちを見張っていたみたいだからな」


 今の姿を変えたり、隠す意味はおそらくない。


「むしろ、相手が聖教会でないなら、独立傭兵の姿で盗賊狩りをするのは自然だ。このままでいいだろう。……仮面はつけたければつけていいぞ」

「わかりました」


 コクリとエキナは頷いた。


「敵は、殲滅ですか?」

「この地下に、他に抜け道があったら、何人か逃げられるかもしれない」


 だがラトゥンは平然といった。


「村にいる間、商会が襲撃されないようにすればいいから、まあ何人に逃げられてもよしとする」


 それに気を取られて、怪我をしたり、肝心なところでミスをしても困る。二人しかいない現状、あれもこれも欲ばれるほど贅沢はできない。


 盗賊たちを混乱させるために、煙幕を使い、注意を引く。全体にバラまいてしまうと、エキナも視界を失ってしまうので、ある程度の人数を一時的に足止めできればよし。彼女に打ち合わせをした後、いざ行動を開始しようとした時。

 ジリ、と靴裏が石床を擦る音がした。


「!?」


 エキナもそれに気づく。自分たちがやってきた通路。つまり後ろから。

 ラトゥンは魔力を飛ばして、気配を辿る。すると複数の人影が、武器を手に足を忍ばせて近づいてくるのがわかった。

 盗賊の仲間か。外で死体を見つけて、敵が侵入したと判断したのだろう。不意を衝こうとしているのか、すでに臨戦態勢だ。


「挟まれた……!」


 後ろの連中が大声を上げるなり警告すれば、食堂の盗賊たちも動き出す。手順は大いに狂った。これは絶体絶命か。


「仕方ない。予定変更だ……!」


 ラトゥンは、食堂方向に魔法の煙をありったけばらまいた。モクモクとした白煙が奥へと流れ込み、食堂から騒然とした声が連続する。

 次にラトゥンは、後ろからやってくる集団に向けても白煙を二、三秒分、放った。


「後ろは五人だ。エキナ、任せる!」

「了解です!」


 数秒分の白煙を追って、エキナは駆けた。


「何だ、こりゃ――!?」


 突然吹きつけてきた煙に、後ろから迫っていた盗賊たちは怯んだ。まさか煙が流れてくるなど、まった予想できなかったのだ。

 煙が薄くなり、消えるのは早かった。だが次の瞬間、仮面の女が現れ、先頭の男は虚を衝かれた。


「ぃっ!?」


 巨大刃――断頭台の刃を前に突き出し突っ込んできた仮面の女。煙を払うべく腕を顔の前に出していた盗賊の無防備な腹部を、刃が分断した。

 通路の狭さから、横に避けることもできず、男たちはエキナの剛力に押し切られる。先頭だった男は巨大刃に引き裂かれ、最後尾は転倒。仲間たちに踏まれて大怪我をした。


「畜生! 何だお前はっ!?」


 押し切られた勢いで、倒れた男たちは素早く立ち上がろうとする。だが先頭――二番目にいた盗賊は、エキナの出した刃によって、首を裂かれる。


 悶絶している一人を除き、残る二人がダガーを手に構えた。

 通路とはいえ、大きめの武器を振り回すには手狭。特に天井が低く、振り上げての一撃は引っかかりやすい。それ故のダガー装備である。


 一方のエキナは斬撃武器が多いため、こういう通路の戦いは、あまり得意ではない。だから、先ほどやったように通路の幅いっぱいに近い断頭台の巨大刃を、力でもって押した。


 これは回避しようがない。しかもその刃を押すエキナも早かったから、盗賊二人は手にしたダガーを投擲する余裕もなく、一目散に逃げた。そうでなければ、先ほどの先頭男と同じく体を両断されていただろう。


「な、何なんだ、あれは!?」

「ば、化け物ぉっ!?」


 悲鳴をあげて逃げる盗賊たち。エキナが処刑人の仮面をしていたから、さらに恐怖は倍増する!


 一方、ラトゥンは左手で白煙を噴出しながら、暗黒剣を片手に食堂へ乗り込んだ。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?