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第50話、教会のアジト


 男たちは、暗がりに慣れていた。武器を手に、二列に並ぶ長椅子の間を真っ直ぐ、突っ走ってくる。

 エキナがバッと左手を、男たちに向けた。次の瞬間、小さな教会の中を銃声が重なって響いた。


 発砲の光。そして呻き声と共に一人が倒れ、残り二人は何が起きたのかわからず、その足が僅かに緩んだ。

 以前、彼女が話していた処刑術の一つ。銃殺だ。五丁の長銃の発砲――実際は何発かは空砲――で死刑囚を射殺する技が炸裂したのだ。


 ラトゥンは、怯んだ男たちに突進し、まず右手で一人の顔面を殴り飛ばした。吹っ飛び、長椅子に当たったそれは、そのまま椅子をひっくり返した。

 間髪を入れず、残り一人に左手の甲で薙ぐように殴る。暴食の腕の一撃に、その男の首は通常のそれ以上に曲がり、骨を折った。


 殴殺の手応えあり。ラトゥンは、長椅子をひっくり返した一人に歩み寄ると、起き上がろうとしたその男を掴み、投げ飛ばした。

 またも派手な音を立てて長椅子を倒していく。複数の衝撃に全身を傷めたその男をラトゥンは首根っこを掴んで押さえつけた。


「さて、問答無用で襲いかかってきたお前たちは何者だ?」


 教会の神官戦士ではない。格好からすれば盗賊の仲間といった感じだ。この村の一般人とは思えないが、果たして。


「う……うぅ」

「答えないなら、このまま殺そう」


 ラトゥンの左手が、男の首を圧迫する。息がつまり、抵抗しようとする男だが、武器を取り落としていた。片手は締めつける腕を振り払おうとし、もう片手はラトゥンを叩いた。だが同時に違うことをするせいか、てんで力が入っていない。


「もう一度。……お前たちは何者だ?」


 威圧を込めてラトゥンが見下ろせば、男は息も絶え絶えにバタつく。その時、祭壇そばにいたエキナの声がした。


「今晩は」


 何とものんきな挨拶。ちら、とラトゥンが一瞥すれば、地下の階段から男が顔を覗かせていた。

 おそらく先ほどの銃声を聞きつけ、様子を見に来たのだろう。その男は、自分を見下ろすエキナ――笑顔を向ける美女に見惚れる。


「こ、こんばんわ。あ、えっ……女?」

「こんなところで何をしているんですか?」


 怯えるでもなく、自然に笑みを向けてくるエキナに、男はすっかり調子が狂っているようで、間抜けな顔を晒している。


「えっと、音がしたので確認に――」

「そうなんですか。ご苦労様です。……ところで、あなたはどちら様ですか?」

「ガンス……」

「ガンスさんですか。素敵なお名前ですね」


 まるで天使のように柔和な表情を崩さないエキナである。


「ちなみにご職業は?」

「し、仕事? えっと……と、盗賊をやって、ます、はい」


 あまりに丁寧な応対をされ、男の頭の中はすっかり混乱しているようだった。初めて異性に優しくされたような、どう対応すればいいかわからないという調子である。


「まあ、凄い。盗賊というと、あの有名なラー・ユガーという盗賊団の方だったりしますか?」

「は、はい」


 コクコクと頷くガンスと名乗った盗賊。エキナは、さらにニッコリ微笑んだ。


「そうですか。……あぁ、そうそう。名乗るのが遅れました。わたし、エキナと申します。職業は――」


 ザンっ。男の首と胴が別れた。


「処刑人をやっていました」


 エキナはすっとしゃがむと、階段で倒れた男の体を引きずり出して、脇に放った。華奢に見えて、相変わらずの馬鹿力である。


「ラトゥン」


 振り返るった彼女は、眉をひそめた。


「その人、もう死んでません?」

「おっと……」


 エキナと盗賊のやりとりを見ている間に、押さえていた男が息をしていなかった。死因は窒息か。ラトゥンは、男の遺体を放し、立ち上がった。


「聖教会の拠点のはずなのに、出てきたのは盗賊団か」

「ラー・ユガーと名乗っていましたね」

「カッパーランドは、この辺りを盗賊団が拠点にしている可能性を口にしていたが……」


 どうやら当たりだったらしい。


「村の中にアジトを作るとはな……」

「何故、盗賊団が聖教会の地下をアジトに?」


 首をかしげるエキナ。ラトゥンは地下への階段に歩み寄る。


「そうだな、盗賊団が聖教会と繋がりがあるか、あるいはここを襲って、神父から地下のことを聞き出して利用したのかもしれない」

「普通に考えると、後者っぽいんですが……」

「聖教会は悪魔の巣窟だからな、盗賊団がグル――というか、盗賊団自体、奴らの実行部隊の可能性さえあるな」

「調べますか?」

「当然」


 こちらはカッパーランドから、ドーハス商会隊商の護衛を依頼されている。ラー・ユガー盗賊団は、一度隊商を襲い、パトリの町につくまで再度仕掛けてくる可能性があるなら、その阻止のために動くのは、依頼の範疇だろう。


 地下に踏み込む。石段の一番下まで移動すれば、通路には魔法照明が点々と光っていて、視界は確保されていた。

 だから、ふらっと通路から男が現れるのも目で捉えた。それはあちらも同じだった。


 至近距離だった。

 ギョッとしたような盗賊の顔に、ラトゥンは有無を言わさず左腕をぶつけた。


「うっ!」


 鼻が潰れたその男は呻く。とっさに患部に伸びた手は、完全にラトゥンに次の一撃を与える隙を与えた。

 剣を握り込む右手でさらに顔面にパンチ。思い切り殴った結果、男は頭部陥没の上、絶命した。騒ぎにならずに済んで、、ラトゥンはホッとする。


 奥から、男たちの野太い歓声のようなものが聞こえた。盗賊団の構成員だろうが、食事時の食堂のような喧噪である。


「そういえば、お腹が空いてきました」


 小声でエキナは言った。ラトゥンは頷く。


「飯時だもんな」


 足音は気にせず、ラトゥンは堂々と歩く。この手の場所で、下手に気配を隠そうとすると不自然な歩き方になる。

 無音で進めるならともかく、装備などでどうしても小さな音などが漏れてしまうから、自然な歩調で行く方が帰って怪しまれないものだ。


 大部屋が近づき、ラトゥンは一度立ち止まる。騒がしいから、こちらには気づいてはいないだろう。

 こっそり中の様子を確認すれば、そこは地下礼拝堂のような大部屋。今は盗賊団の食堂になっていた。カチャカチャと食器の音が響き、酒や食べ物、どこぞからの略奪品で、腹を満たしている盗賊たち。


「――ちなみにゴランの隊をやったのは、どんな奴らなんだ?」

「それが、えらく撃ちまくる銃みたいな武器を使ってきて、ゴランんとこの奴らハチの巣にされちまったんだとよ。ドワーフらしいぜ」

「バン、バン?」

「ドドドドって感じ」

「何だそれ――」


 ガハハと大笑いする者。いやそれが、と注意する者。ラトゥンたちが介入した戦闘の話をしているのが聞こえた。さらに注意を払えば――


「――偵察の報告だと、ドーハス商会の連中とその助っ人は村の宿屋に泊まっている。問題ねぇよ」


 団の幹部クラスだろうか。村の宿屋、ドーハス商会と聞いて、襲撃を企てているのでは、とラトゥンは考える。

 これはますます面倒なことになった。

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