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第49話、シュレムの村


 周囲は砂と石だらけだった。小さな丘に囲まれた、小さな村――街道に面しているが、荒野の休憩所といった雰囲気のシュレムの村。

 村の中を通る街道の脇にドーハス商会の隊商は止まる。ギプスもその後ろに、車をつける。


「これは、宿屋かな」


 通りに面していて、比較的大きな建物だ。夕食時が近いからか、外にスープの香りが漂っている。この手の宿屋は食堂も併設しているのだ。


「ラトゥンさん、今日はご苦労様でした」


 ドーハス商会のカッパーランドがやってきた。


「今、部下をやって、ラトゥンさんたちの部屋も交渉しております。もちろん、宿代はこちらで支払っておきます」

「それはどうも」


 パトリの町まで護衛をするという契約だから、その間の寝食について、ドーハス商会が面倒をみてくれるという。


「また明日もお願いします。……それで何ですが、少し情報の共有を」


 カッパーランドは改まった。


「ラトゥンさんたちは、この辺りの最新の話などは小耳に挟んでおりますか?」

「いいや」


 元々、グレゴリオ山脈に住む魔女のところを目指しているから、その間に特に独立傭兵として活動する予定はなかったラトゥンである。もちろん、手頃な仕事がついでにこなせるなら、するつもりでいたが。


「何かあるのか?」

「ええ、ここ最近、このヘリペス街道沿いでの隊商の行方不明が頻発しておりましてね。まあおそらくは、昼間襲ってきたラー・ユガーの仕業だったんでしょうが……」


 カッパーランドは、周囲を気にするように視線を這わせた。


「こうして遭遇するまでは、たぶん有力な盗賊団がこの辺りを根城にしだしたんだろうと噂されていました」

「事実、そうだったな」

「そうです。とはいえ、こちらも仕事ですから、行かねばならない。そこで予め護衛を雇っていたのですが……。見ての通りですよ」


 戦闘要員は半減。ラトゥンたちが通りかからなければ、全滅していたかもしれない。


「ラー・ユガーと言えば、極悪非道で名の知れた盗賊団。まさかそれがヘリペス街道を縄張りにし始めたのは予想外でしたが、起きてしまっていることはしょうがありません。問題は、パトリの町まで辿り着けるか、です」

「だろうな」

「そういうわけですから、ラトゥンさんたちほどの実力者でしたら、おそらく大丈夫でしょうが、なにとぞ、護衛のほどよろしくお願いします。……報酬も弾ませていただきますので」

「わかった。仕事はこなす」


 独立傭兵も、商人同様、信用で成り立っている。ラトゥンが頷くと、宿からカッパーランドの部下がやってきて、部屋の手配ができたと報告した。

 車も馬車置き場に置いていいと許可がもらえた。


 話は終わり、車を裏を置いてきた後、ラトゥンたちは、ドーハス商会の者たちと宿に入る。案の定、フロントから右手のほうに食堂兼酒場があった。


 部屋は二階で、ラトゥンとギプス、エキナで二部屋を手配してもらえた。部屋の位置は隣なので、何かあればすぐだった。

 宛がわれた部屋は、ベッドが二つあって、小さな丸テーブルが一つある。北側に窓があったので、ラトゥンは外に視線を向けた。


 村の間を通る街道が見渡せる。すでに山に陽が落ち、暗くなりつつあった。村人はすでに家なのか、通りに人の姿はほとんどなかった。


「うわー……」


 ギプスが自分のベッドにダイブした。うつ伏せから、仰向けに。半身を起こして、ブーツを脱ぐ。


「フカフカじゃい!」


 ドワーフの言葉にラトゥンは苦笑する。改めて窓から村を眺めると、通りに並ぶ家々の向こうに小ぶりだが教会があるのが見えた。

 尖塔の形が、聖教会のそれだ。どんな村にも、悪魔の教会施設はあるということか。


「少し出かけてくる」

「あ? メシか?」


 日が暮れれば、夕飯時。食堂兼酒場に人が集まる。


「散歩だ。先に食べてていいぞ」


 ラトゥンはそう言い残して、部屋を出た。


「あ、ラトゥン」


 エキナが扉のすぐ横にもたれて立っていた。待ち合わせをした覚えはないが。


「夕飯ですか?」

「ちょっとお出かけだ」

「お供します」


 エキナは間髪を入れず言った。まだどこへ、何を、とも言っていないが。


「買い物ではないぞ」

「散歩、ですよね?」


 意味深な言い方だった。これはラトゥンが、どこへ行こうとしているか見当がついているという顔だ。相変わらず、勘のよい娘である。


 いや、バウークの町で、置いてけぼりを食らったことに、かなりご機嫌斜めだったから、二度はご免と備えていたのかもしれない。



  ・  ・  ・



 夜の帳がおりる。ラトゥンとエキナは、さほど大きくない村を行き、こじんまりした教会に辿り着いた。

 宿屋から見えたから、村の中では大きい建物かと思ったが、近くで見ると大したことはなかった。


「比較の問題なのかな」

「そうですね。この村、あまり人口も多くなさそうですし」


 教会をやたらめったに大きくする必要はない。ラトゥンとエキナは、教会前の墓地を通る。あまり手入れがされているようには見えなかった。


「でも、人は普段から通っているみたいですよ」


 砂や埃の度合いを見れば、通った場所とそうでない場所の差が目についた。手入れが届いていないというのは、そういうことだ。普段から清掃なりしていれば、この差は小さくなるものだから。


 鍵などがかかっていない教会の扉を押し開ける。若干の軋みが聞こえたが、引っかかることもなくスムーズに開く。……普段から人が出入りしている証拠だ。


「真っ暗だ」


 無人の教会ということか。礼拝堂はあるが、逆にそれしかないのか奥への扉などはなし。聖職者がいて、明かりをつけて回るということもないようだった。


「気にいらないな」


 教会はあるが、悪魔がいる様子もなし。長椅子の列の間を抜けて、祭壇の周りを探れば――


「あったな」


 聖教会の教会特有の地下秘密階段。神父などがいるなら、ここか。


「ラトゥン!」


 エキナが教会の入り口へと視線を飛ばしている。薄汚れたマントをまとった男のシルエットが三つ、そこに立っていた。雰囲気から堅気ではなさそうだった。


「こんな時間にお祈りか?」


 ラトゥンが尋ねれば、男たちからは無言で腰からダガーのようなものを抜いた。


「どうやら、神父様ではないらしい……」


 では何者か? 旅人を襲う追い剥ぎ。あるいは……盗賊。

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