パトリの町まで護衛をしてもらえないか、とドーハス商会のカッパーランドに依頼された。
グレゴリオ山脈を目指す道中である。土地勘のないラトゥンは、案内であるギプスに確認した。
「通るのか?」
「ああ、通る」
その答えを聞き、ラトゥンはカッパーランドに向き直った。
「いいだろう。報酬は弾んでくれよ」
「それはもう」
ニコニコと愛想よくカッパーランドは頷いた。盗賊団ラー・ユガーという、王国でもそれなりに名の知れた敵に襲われた後だ。
ラトゥンたちが来なければ危なかったことを思えば、今は少しでも道中の安全を確保しておきたいのだろう。
「それにしても、この蒸気自動車……個人所有ですか?」
カッパーランドが興味津々に聞いてきた。
「俺のじゃないよ」
ラトゥンは、ドワーフのギプスを親指で指さした。あー、と納得顔になるカッパーランド。
「なるほど、さすがドワーフの車。いい車ですね」
一頻り感謝された後、街道の障害物を撤去した。これがあったせいで、隊商は止められ、そこを盗賊団に襲われたようだった。
馬車に怪我人を乗せ、五人に減った護衛を連れて、ドーハス商会の三台の馬車は動き出す。
ラトゥンたちの車は最後尾についた。だがこれが馬車のペースに合わせると、遅くてたまらない。
「ああもう、遅いぞ」
ギプスが唸る。ラトゥンは言った。
「仕方ないさ。俺たちが見捨てたら、盗賊団がまた襲ってきた時、この隊商はおしまいだ」
「そうですよ、ギプスさん」
エキナが同意した。
「こういうのは見捨てたらダメです」
「……ふん、そういうところは兄妹じゃのう」
二人のことを恋人と言ったり、兄妹と言ったりと安定しないギプスである。
「そうじゃ、どうせこんなノロノロ運転しかできないなら、お前たち、どっちか運転してみるか?」
「運転?」
「いいんですか!」
あまり気乗りしないラトゥンとは対照的に、エキナは前のめりだった。ギプスは、自分に何かあった時のために、と運転の仕方を教えていたが、実際に動かしてみろ、と今度は言う。
「かまわんかまわん。速度が出せんのじゃ。こういう時は転がすにうってつけじゃろう」
ギプスは、実に積極的に運転をレクチャーした。ラトゥンは、そんな彼の行為に既視感を覚える。
そう。あれば、先輩ハンターが己の技術を、若手に伝えようとする時のそれだ。
ハンターというのは普段は魔獣や害獣、時に下級悪魔などとも戦うが、下手を打てばあっさり死を迎える危険な職業だ。
そのいつ死ぬかわからないクエストなどで、行動を共にすると、できないことがある新人に、その技術をできるように指導することがある。
大抵は、サバイバルに関する知識なのだが、誰かができなくても他のメンバーができれば、必要になった時に役に立つ。
最悪なのは、その知識や技術を持つ者が、一人しかいなくて、その者が死亡したり意識を失った時、クエストをリカバーできなくなるということ。
だから、何かあった時に備えて、同行者には知識共有や必要なら技術伝授を行う。
今回のギプスが、ラトゥンやエキナに車の運転を教えようとするのは、そういうことだ。車はあっても運転できないから動かせないとなったら困る。……それが万一、急ぐ必要がある場合は特に。
・ ・ ・
「それにしても」
エキナはハンドルを握り、正面を見据えたまま言った。
「あれは何を運んでいるんでしょうか?」
正面を行く馬車。その荷台には木の箱が複数詰まれているのが見える。ラトゥンは首を振った。
「さあな、俺は聞いていない」
護衛を依頼されたが、特に荷物を重点的に守れとは言われていなかった。ラー・ユガーのような盗賊が現れたら、それを迎撃して隊商を守ってほしい、というくらいだった。
「荷物のことを念押しされなかったから、さほど貴重なものではないんじゃないか? 野菜とか、果物かも」
「気になりませんか?」
「依頼主が言わない限りは、特に聞かない。独立傭兵とはそういうものだ」
もちろん、今回は隊商の護衛だから聞かなかっただけだ。荷物を守れと言われれば話は別だ。あるいは、自分たちで荷物を運べ、となったら、保存方法の確認も込めて、何を運ぶのか聞くだろう。割れ物だったら雑に扱えないし、運び方やルートも吟味する必要があるからだ。
「エキナは気になるのか?」
「それは……気になりますよ。あの、有名なラー・ユガーが狙ったんですよ?」
「積荷を狙ったって言うのか?」
「違うんですか?」
「自分たちのテリトリーに入ったとか、目についた商人の一団を襲ったとかじゃないのか?」
盗賊として、街道を通る金になりそうな獲物を襲う。それが誰だろうと関係はない。
「たまたま、とラトゥンは考えるんですね?」
「かもしれない、つまりわからない。案外、エキナの言う通り、ラー・ユガーが目的があって攻めてきたかもしれない。……だけどな、それを知ったところで、俺たちの仕事に何も影響はない」
中身が何だろうと、襲ってくる者たちから隊商を守る。それだけなのだ。
「エキナは、そういうのは嫌か?」
「嫌というか、自分が何を守っているのかわからないのって気持ち悪くないですか?」
「……あれか? もしかしたら非合法な物を運んでいて、俺たちが犯罪の片棒をかついでいるんじゃないかってやつ」
ラトゥンの指摘に、エキナは肩をすくめた。図星だったようだ。ラトゥンは、荷台でウトウトしているギプスを見やる。
「どうなんだ? ドーハス商会って知っているか、ギプス!」
「んあ……? ドーハス商会? 町から町へ仕入れに行って、それを大都市で売る。普通に商人じゃよ。バウークの町にも来ておる。地下で掘れた鉄鉱石とか鉱物を買い取って、それを運んどったな」
「鉱物ね……。あの木箱の中身もそうかも」
ラトゥンが言えば、いやいやとギプスは首を横に振った。
「あの中身は、ほどんど空じゃろうて。どこぞでの仕入れや、パトリの町で売るものを少し運んどるくらいか。逆にパトリで仕入れたものを沢山運ぶんじゃないだろうか」
「そうなのか?」
「馬車の車輪が、随分と軽そうなんじゃよ。つまりあの馬車、積載にまだ余裕がある」
ギプスの答えに、ラトゥンは思わず口笛を吹いた。
日がだいぶ西に傾いた頃、一団はパトリの町の道中にある村、シュレムに到着した。