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第47話、街道の遭遇戦


 街道の上で、問題を起こさないでもらいたい――ラトゥンはそう思う。

 今回の事例もそうだ。


 一見すると、馬車が襲撃されているようである。盗賊や、あるいは魔獣の類いが、旅人か行商の馬車を襲っている――深く考えないと、そんなイメージが先行する。


 だが実際は、馬車の方が悪徳領主でそれを襲う領民、とか、誘拐犯の馬車をハンターなり、傭兵団なりが攻撃している……なんてこともあり得る。


 できれば見なかったことにして、迂回するのが、一番面倒がない。だが、どちらかが犯罪者であるならば、もう片方の助っ人をしたいというのが人情というものである。特に元処刑人であるエキナは、元からの正義感もあって見て見ぬ振りができないタイプだった。


「どうするんじゃ?」


 ギプスが確認すれば、ラトゥン――より先にエキナが前のめりに言った。


「行きましょう! 一般人が襲われていたら大変です!」

「ラトゥン」

「行こう」


 どのみち後悔するにしろ、一般人が犠牲になり、それを町や村にいる家族が知って悲しむとか、そういうのはラトゥンも嫌だった。


「よしきた!」


 ギプスはアクセルを踏み込み、車が蒸気をあげながら速度を上げた。ラトゥンは遠距離視覚を向上させて、せめて何が起きているか事前に掴もうとする。


 馬車は一台、いや三台。荷物抱えた商人がよく用いるタイプ。周りで武器を持った者が争っているところから見て、護衛と――身なりの不統一感と汚さから盗賊のようだった。


「隊商を、盗賊が襲っているというところか」

「ラトゥン、右の森を!」


 エキナが叫んだ。見れば、盗賊の増援がわらわらと現れた。ざっと十人ほど。どうやらラトゥンたちの車が近づいていることに気づいたのだ。自警団とか、隊商側の増援とでも思ったのかもしれない。


「……やばいな」


 ラトゥンは呟く。


「これは、盗賊団かもしれない」


 そこらの小規模集団ではなく、それなりに名の知れた団の可能性が出てきた。この手の盗賊団は、指名手配される傾向にあって、町に突き出せば賞金が出ることもある。


 ただそれを含めても、盗賊団というのは、そこらの盗賊に比べ、規模も戦力も充実している。戦争になれば、傭兵団となって稼ぎに出ることもあった。


 何が言いたいかと言えば、そこらの盗賊よりも強力で、遥かに人数が多い連中と遭遇してしまったことである。

 今からでも街道をはずれて、逃げたほうが得策かもしれない。車であれば、まだ引き離せる可能性がある。

 だが――今さら遅い!


 もうすでに車は加速を始めている。ここで急な進路変更は、一番よろしくない。中途半端は駄目、絶対。

 とはいえ、確認は必要だ。やはり素性の知れない状態で戦いたくない。ほとんど、盗賊だろうとは思うが、思い込みによる決めつけは危ない。

 馬車の方向から、盗賊らしい数人がこちらに武器を向けた。


「跳ね飛ばすぞぉっ!」


 ギプスが吼えた。減速するどころか加速したことで、あっという間に馬車に近づき、構えた盗賊たちが慌てて左右に散った。


 街道からはずれて、馬車の横へ。そこでは護衛と盗賊らしい者たちが戦っていたが、ラトゥンは馬車の御者台の裏に隠れている者に呼びかけた。


「独立傭兵だが、助けは必要か?」

「独立傭兵!?」


 幌のかかった荷台から、ひょっこり中年男性が顔を覗かせた。


「ドーハス商会です! 賊に襲われています! 助けてくださいっ!」

「ふむ――で、お前たちは盗賊ということでいいか?」


 ラトゥンが見下ろすと、賊と言われた男たちの一人が手斧を振り上げた。


「見ればわかるだろっ!」


 そのまま向かってくる盗賊。ラトゥンはそれを冷たく見下ろした。


「そうだな」


 車から飛び降り、盗賊男を暗黒剣で一刀両断。その切れ味は凄まじく、簡素な革鎧程度では気休めにもならなかった。


「否定したらどうしようかと思ったが、正真正銘の賊だったな」


 それならば遠慮はいらない。盗賊の一人が叫ぶ。


「車なんかに乗っている奴らだ! 金目のものを持っているぞ! やっちまえ!」


 盗賊たちが、車の周りに集まるように見えた。さらに後方の荷台に回り込む者もいた。しかしそこからエキナが飛び出す。きらめく処刑人の剣が、不用意に近づいた者の首を刎ねた。


「女だ!」


 思いがけず、美人の登場に顔がにやけた盗賊。しかし次の瞬間、頭と胴を分断された。油断大敵。

 斬撃特化のエクセキューショナーズソード、その重々しい剣を軽々と振り回すエキナによって、死体が量産される。


 ラトゥンもまた暗黒剣で突き、裂き、盗賊たちを一人ずつ、しかし瞬殺していく。その強さに、他の盗賊らも目を見張る。


「て、てめえら、オレらをラー・ユガーだと知って攻撃――」


 ザン――言いかけたその男を両断するラトゥン。だが言葉は耳に届いた。


「ラー・ユガー、だと……!」


 直接やりあったのは初めてだが、その名前は、王国でも名の知れた盗賊団の一つだ。独立傭兵という仕事柄、噂は耳にしたことがある。


 ラー・ユガー盗賊団。

 やっていること自体は、いかにも盗賊というもので、町の外で旅人や商人を襲い、身包みを剥ぐ。大人の男は殺し、女、子供は奴隷商人に売り飛ばす。よくある話である。


「ラトゥゥン!」


 ギプスが運転席から声を張り上げた。


「増援が来るぞぃ!」


 森から出てきた盗賊連中が向かってくる。その数、十人ほど。前線の状況が劣勢と見て、盗賊団が追加の人員を投入したのだ。


 ギプスはヒョイと車から降りる。流れるように地面に機関銃を据えると、ドワーフは伏せた状態で引き金を引いた。

 ドドドッと腹に響く重低音の連続に、商人の護衛や盗賊らが驚く。

 何より、間もなく戦場に到着しようだった者たちが、パッと血と肉を撒き散らし倒れていく。


 まさに容赦なし。隠れる場所もなく、次々と放たれる銃弾の雨に、撃ち抜かれていく盗賊たち。


「ふははははっ! 死にたい奴から、かかってこーいっ!!」


 十人はいた盗賊の増援が、一人を残して血を噴き出して倒れた。それは本当にあっという間だった。

 一人だけ生き残ったのは射線の問題であり、ある意味ラッキーではあった。だが仲間の死にすっかり動転し、最後の一人は森へと逃げ出した。


「ばぁか、めっ!」


 ギプスは引き金を引くのを躊躇わなかった。結果、自ら幸運を手放した盗賊は、射線に入って、背中に銃弾を叩き込まれて果てた。

 駆けつけるはずだった増援が全滅し、流れは完全に変わった。


「やべぇぞ、こいつら……! 引き揚げだ! 引けぇー!」


 盗賊たちが撤退を始める。だがそれは、彼らもまた機関銃の掃射範囲に入るということ――


「ハハハハッ! 逃げろ逃げろ、雑魚どもーっ!!」


 ギプスの機関銃の餌食になっていく盗賊たち。森まで逃げられたのはわずか二人。それ以外は、森までの斜面に屍を晒した。

 銃撃がしばし続き、森から盗賊が現れることはなくなった。ギプスもまた射撃をやめて、じっと様子を見やる。


「……終わった、ですかね」


 馬車の中に引っ込んでいた中年男――ドーハス商会と名乗った彼は、辺りを見回し、護衛に声をかける。


「よく頑張ってくれました。怪我人は手当てを。ラズ君、積荷に異常ないか、確認!」

「わかりました!」


 指示を出した中年男は、ラトゥンに顔を向けるとニコリとしてやってきた。


「いやはや、助かりました。ドーハス商会のカッパーランドと申します。この一団の責任者をやっております」

「ラトゥンだ。独立傭兵」


 短く名乗ると、カッパーランドは首肯した。


「おかげで命拾いしました。独立傭兵ということですので、報酬という形でお礼をお出しいたしましょう」


 その辺りは心得ているようで、カッパーランドは何事もテキパキと対応した。ラトゥンもまた「わかった」と短く応じた。

 助けた云々の話はそれで済んだ。現地での突発事項だ。正規の依頼ではないから、ある意味そっけないくらいが普通だ。感謝の感情は別としても。

 カッパーランドは、控えめな調子になった。


「……それで、後ろからきたということは、行き先は同じ、でしょうか?」

「さあな。グレゴリオ山脈方面に行くのは間違いないが」


 魔女のもとを目指している、と別に説明する理由がないので、ラトゥンは適当に答えた。ドーハス商会の代表者は言った。


「パトリという町まで行くのでしたら、護衛を依頼したいのですが……」


 よろしいですか、とカッパーランドは首を傾けた。

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