目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第45話、団長会談


『アルギューロス卿が、やられたぞ』


 その念話に、聖教会神殿騎士団、青の団長にして『鉄』のシデロスは目を伏せた。


『アルギューロスがやられたとは、どういうことだ?』


 ボールトン平原を行くシデロス率いる神殿騎士団、青の部隊。その野営地にいるシデロスは現在、暴食狩りの任務の中にあった。


『どうもこうも、突然その存在が確認できなくなったのだ。やられたと見るしかあるまい、シデロス卿』


 念話の相手は、遠く王都から飛んできたもの。シデロスもまた、それに応答できるだけの力を持っている。


『つまり、詳細はわからないというのだな、カルコス卿?』

『然り。だが、あれとて我らに匹敵する上級悪魔。それを消すことができる存在など、そうはおるまいよ』


 念話の相手、王都にいるカルコス卿が返した。

 神殿騎士団王都守備隊の長をしているのが、カルコスという男だ。一見すると寡黙な大男で、語らずとも騎士らしき雰囲気をまとうが、口を開けば傲岸不遜がにじみ出る。


『アルギューロスは、確かバウークへ向かっているのだったか?』

『そうだ。ドワーフどもを聖教会信者とする策のために派遣されたのだ』


 信者が増えれば、教会は潤う。搾取できる者が増えるのは、悪魔たちが世を謳歌するために欠かせない。


『今度は、どんな手で信仰を変えさせる予定だったのだ?』

『いつものやつだよ、シデロス卿。低脳のゴブリンの集団をぶつけて、窮地に陥ったところを、颯爽と駆けつける』


 救われた民は、神殿騎士団に感謝し、聖教会を崇め奉る。苦しい時に助けられた者は、より深く信頼を寄せ、忠実になるのだ。


『つまり、アルギューロスは一人ではなかったのだろう? 部隊はどうしたのだ?』

『どうやら、それもやられたらしい。ヒュイオス猊下が、千里眼を用いたのだが、野営地は壊滅していた。その様子では神官も人形も全滅したようだがな』

『何てことだ……』


 シデロスはため息をついた。


『まさか、ゴブリンどもに返り討ちにあったのではあるまいな?』

『笑えぬよ、シデロス卿。まったく笑えぬ』


 カルコスは、本当につまらなさそうだった。


『アルギューロス卿ならば、あれ一人でもゴブリンなど殲滅できよう。それに、新人込みとはいえ、神殿騎士が他に四人もいたのだ。万が一にも、ゴブリンには負けん』

『敵は、銀の部隊を全滅させるだけの実力者、ということだ』

『単独であればそうだ。相手も集団だった可能性は……大司教猊下曰く、それはないと仰せだ』

『ほう……?』

『敵の死体、その所属の手掛かりになりそうなもの――旗なり、装備品なりも、見た限りでは見当たらなかったそうだ』

『……』


 押し黙るシデロス。カルコスは続けた。


『何があったか、千里眼でわかるのは『今』だけだ。犯人はわからんが、聖教会の敵と考えたならば……、言わずともわかるな?』

『フン。暴食か』


 敵が多すぎてわからない、ということもないのが、聖教会ならびに神殿騎士団である。王国の多くの民は、聖教会を信仰していて、それが日常の一部となっているから、敵対するということが、ほぼあり得ない。


 異教徒は、それこそすぐに叩き潰す。銀の部隊を丸々撃滅できて、それで痕跡がほぼ残らないとなると、シデロスの隊が追っている『暴食』が最有力候補であった。


『最上級悪魔とはいえ、一体、いつまで捜索に時間をかけているのだ、シデロス卿? ……おっと、今のはオレの言葉ではない。猊下のお言葉だ』

『貴様のその言い回しは気に入らないが、確かに猊下ならば、お叱りの言葉もあろう。……愚痴を言ってもいいか?』

『構わんよ、シデロス卿』


 カルコスは大らかだった。自分を偉いものだと振る舞う男だが、下手に出ると存外、話を聞く。これが中々面倒見がいいという変な評判もある。


『暴食の奴は、そこらの神殿騎士では、まったく相手にならない』


 派遣した部下の神殿騎士は、全滅した。青の団の神殿騎士は、すでに自分と副隊長しか残っていない。

 武装神官や自動人形兵は、まだまだいるのだが、これらが神殿騎士すら倒してしまう悪魔に敵うはずもなかった。


『捜索のために、分散させたのが裏目に出ている。正直、駒が足りん。奴が現れた跡を辿って、王都方面に近づきつつあるが、以前などは追い抜かしてしまったこともあった』

『その追い抜かした時に、すれ違った奴、全員を見張ればよかったのでは? それなら武装神官でもできるだろう?』

『すでにやった。だがその中にはいなかった』

『……』

『猊下の千里眼で見ることができれば、楽なのだが……』

『シデロス卿、それを猊下が聞いたら、さぞ気分をよくされるだろうよ』


 カルコスは皮肉を言った。


『相手は、最上級悪魔。ヒュイオス大司教のお力を持ってしても、察知することもできん。考えられるのは、奴が千里眼に対する遮蔽を行っているか、普段、別の姿になっているか、だろう』


 暴食の悪魔を探しているのに、普段からその姿でいないとなれば、気づかないうちに見逃していることもあり得る。


『むしろ、昼間じっとしているのでなければ、暴食は何か別のものに化けて行動していると思うがな』

『それは同感だ』


 シデロス卿は、その形のよい眉をひそめる。


『変身能力は、悪魔としてはありふれている。いくら人間の体に取り憑いて、本来の力を発揮できないと言っても――』

『グラトニーハンド。暴食が喰らった相手をコピーすれば、姿などいくらでも変えられる』


 なるほどな、とカルコスは言った。


『まあ、とりあえず、アルギューロス卿が消息を絶ったバウークに近いのだろう? 奴が現れた可能性が高いのだから、行ってみることだな、シデロス卿』

『そのつもりだ』


 念話を送りつつ、それに気づいた副隊長に、野営を片付けるようにジェスチャーをするシデロス。それを受けて、副隊長は武装神官たちに指示を出す。


『現場を調べれば、何か出てくるかもしれない』

『こう後手後手に回っている状況は好かない』

『苛立ちはわかるよ、シデロス卿。……何かこちらでもできるといいんだがな、何か有望な手掛かりとかないか?』


 カルコスが殊勝なことを言う。そこまで親身になるとは彼らしくないと、シデロスは思ったが、何となく彼より上の位の者から、手掛かりを聞き出せと言われているかもしれない。


『手掛かりか。一つ、気になっていることがあるが……』

『何だ?』

『暴食が現れた後、高い確率で独立傭兵が、暴食探しの依頼を受けているらしい』

『独立傭兵かぁ……』


 カルコスは、何とも言えないトーンになる。


『ハンターならば、ギルドに話を通せばすぐにわかるが、独立傭兵、それも地方となると、調べられないな』


 資格もランクもなく、自称でもなれるのが独立傭兵。その正確な数はおろか、身元も怪しい者が掃いて捨てるほどいる職業である。王都にいては、何もできることはない。


『もう少し根気強く、探すとしよう。猊下にもそのように伝えてくれ、カルコス卿』

『承知した。猊下も暴食が本来の力を取り戻す前に、身柄を押さえたいと考えておられる。ひょっとしたら増援が出せるかもしれないな』

『フン、手柄をとられるのは癪ではあるが……やむを得ないな』


 相手が暴食となれば。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?