『アルギューロス卿が、やられたぞ』
その念話に、聖教会神殿騎士団、青の団長にして『鉄』のシデロスは目を伏せた。
『アルギューロスがやられたとは、どういうことだ?』
ボールトン平原を行くシデロス率いる神殿騎士団、青の部隊。その野営地にいるシデロスは現在、暴食狩りの任務の中にあった。
『どうもこうも、突然その存在が確認できなくなったのだ。やられたと見るしかあるまい、シデロス卿』
念話の相手は、遠く王都から飛んできたもの。シデロスもまた、それに応答できるだけの力を持っている。
『つまり、詳細はわからないというのだな、カルコス卿?』
『然り。だが、あれとて我らに匹敵する上級悪魔。それを消すことができる存在など、そうはおるまいよ』
念話の相手、王都にいるカルコス卿が返した。
神殿騎士団王都守備隊の長をしているのが、カルコスという男だ。一見すると寡黙な大男で、語らずとも騎士らしき雰囲気をまとうが、口を開けば傲岸不遜がにじみ出る。
『アルギューロスは、確かバウークへ向かっているのだったか?』
『そうだ。ドワーフどもを聖教会信者とする策のために派遣されたのだ』
信者が増えれば、教会は潤う。搾取できる者が増えるのは、悪魔たちが世を謳歌するために欠かせない。
『今度は、どんな手で信仰を変えさせる予定だったのだ?』
『いつものやつだよ、シデロス卿。低脳のゴブリンの集団をぶつけて、窮地に陥ったところを、颯爽と駆けつける』
救われた民は、神殿騎士団に感謝し、聖教会を崇め奉る。苦しい時に助けられた者は、より深く信頼を寄せ、忠実になるのだ。
『つまり、アルギューロスは一人ではなかったのだろう? 部隊はどうしたのだ?』
『どうやら、それもやられたらしい。ヒュイオス猊下が、千里眼を用いたのだが、野営地は壊滅していた。その様子では神官も人形も全滅したようだがな』
『何てことだ……』
シデロスはため息をついた。
『まさか、ゴブリンどもに返り討ちにあったのではあるまいな?』
『笑えぬよ、シデロス卿。まったく笑えぬ』
カルコスは、本当につまらなさそうだった。
『アルギューロス卿ならば、あれ一人でもゴブリンなど殲滅できよう。それに、新人込みとはいえ、神殿騎士が他に四人もいたのだ。万が一にも、ゴブリンには負けん』
『敵は、銀の部隊を全滅させるだけの実力者、ということだ』
『単独であればそうだ。相手も集団だった可能性は……大司教猊下曰く、それはないと仰せだ』
『ほう……?』
『敵の死体、その所属の手掛かりになりそうなもの――旗なり、装備品なりも、見た限りでは見当たらなかったそうだ』
『……』
押し黙るシデロス。カルコスは続けた。
『何があったか、千里眼でわかるのは『今』だけだ。犯人はわからんが、聖教会の敵と考えたならば……、言わずともわかるな?』
『フン。暴食か』
敵が多すぎてわからない、ということもないのが、聖教会ならびに神殿騎士団である。王国の多くの民は、聖教会を信仰していて、それが日常の一部となっているから、敵対するということが、ほぼあり得ない。
異教徒は、それこそすぐに叩き潰す。銀の部隊を丸々撃滅できて、それで痕跡がほぼ残らないとなると、シデロスの隊が追っている『暴食』が最有力候補であった。
『最上級悪魔とはいえ、一体、いつまで捜索に時間をかけているのだ、シデロス卿? ……おっと、今のはオレの言葉ではない。猊下のお言葉だ』
『貴様のその言い回しは気に入らないが、確かに猊下ならば、お叱りの言葉もあろう。……愚痴を言ってもいいか?』
『構わんよ、シデロス卿』
カルコスは大らかだった。自分を偉いものだと振る舞う男だが、下手に出ると存外、話を聞く。これが中々面倒見がいいという変な評判もある。
『暴食の奴は、そこらの神殿騎士では、まったく相手にならない』
派遣した部下の神殿騎士は、全滅した。青の団の神殿騎士は、すでに自分と副隊長しか残っていない。
武装神官や自動人形兵は、まだまだいるのだが、これらが神殿騎士すら倒してしまう悪魔に敵うはずもなかった。
『捜索のために、分散させたのが裏目に出ている。正直、駒が足りん。奴が現れた跡を辿って、王都方面に近づきつつあるが、以前などは追い抜かしてしまったこともあった』
『その追い抜かした時に、すれ違った奴、全員を見張ればよかったのでは? それなら武装神官でもできるだろう?』
『すでにやった。だがその中にはいなかった』
『……』
『猊下の千里眼で見ることができれば、楽なのだが……』
『シデロス卿、それを猊下が聞いたら、さぞ気分をよくされるだろうよ』
カルコスは皮肉を言った。
『相手は、最上級悪魔。ヒュイオス大司教のお力を持ってしても、察知することもできん。考えられるのは、奴が千里眼に対する遮蔽を行っているか、普段、別の姿になっているか、だろう』
暴食の悪魔を探しているのに、普段からその姿でいないとなれば、気づかないうちに見逃していることもあり得る。
『むしろ、昼間じっとしているのでなければ、暴食は何か別のものに化けて行動していると思うがな』
『それは同感だ』
シデロス卿は、その形のよい眉をひそめる。
『変身能力は、悪魔としてはありふれている。いくら人間の体に取り憑いて、本来の力を発揮できないと言っても――』
『グラトニーハンド。暴食が喰らった相手をコピーすれば、姿などいくらでも変えられる』
なるほどな、とカルコスは言った。
『まあ、とりあえず、アルギューロス卿が消息を絶ったバウークに近いのだろう? 奴が現れた可能性が高いのだから、行ってみることだな、シデロス卿』
『そのつもりだ』
念話を送りつつ、それに気づいた副隊長に、野営を片付けるようにジェスチャーをするシデロス。それを受けて、副隊長は武装神官たちに指示を出す。
『現場を調べれば、何か出てくるかもしれない』
『こう後手後手に回っている状況は好かない』
『苛立ちはわかるよ、シデロス卿。……何かこちらでもできるといいんだがな、何か有望な手掛かりとかないか?』
カルコスが殊勝なことを言う。そこまで親身になるとは彼らしくないと、シデロスは思ったが、何となく彼より上の位の者から、手掛かりを聞き出せと言われているかもしれない。
『手掛かりか。一つ、気になっていることがあるが……』
『何だ?』
『暴食が現れた後、高い確率で独立傭兵が、暴食探しの依頼を受けているらしい』
『独立傭兵かぁ……』
カルコスは、何とも言えないトーンになる。
『ハンターならば、ギルドに話を通せばすぐにわかるが、独立傭兵、それも地方となると、調べられないな』
資格もランクもなく、自称でもなれるのが独立傭兵。その正確な数はおろか、身元も怪しい者が掃いて捨てるほどいる職業である。王都にいては、何もできることはない。
『もう少し根気強く、探すとしよう。猊下にもそのように伝えてくれ、カルコス卿』
『承知した。猊下も暴食が本来の力を取り戻す前に、身柄を押さえたいと考えておられる。ひょっとしたら増援が出せるかもしれないな』
『フン、手柄をとられるのは癪ではあるが……やむを得ないな』
相手が暴食となれば。