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第44話、暇つぶしに車の話をしようか


 ギプスの自動車に乗り、ラトゥンとエキナは、バウークの町を出た。

 それを見かけた住人が、何人か手を振ってくれたが、それはラトゥンやエキナに対してであり、ギプスに対しては、皆避けている雰囲気がヒシヒシと伝わった。


 ラトゥンはそれを改めて指摘するつもりはなかったし、エキナもまたそのことは触れなかった。

 町を出て、街道を行く車。運転するのは当然ギプスで、ラトゥンとエキナは後ろの荷台に設えられた簡易ベッド兼シートにゆったり身を任せている。


「ギプス、聞いてもいいか?」

「なんじゃい?」

「車って蒸気を吐き出しながら進む乗り物だと思っていたんだが……。この車、煙が出ないのな」

「煙というと、石炭とか燃やして出るやつじゃな。燃料を燃やしたやつと、使い終わった蒸気が吐き出されておるのが、それじゃ」

「そういえば、煙突がないですよね、この車」


 エキナはシートから腰を浮かせて、後ろを覗き込む。


「一応、後ろから煙は出ているようですけど」

「おう、一応、こいつも蒸気自動車じゃぞ」


 運転席からギプスは答えた。


「蒸気自動車の仕組みは知っておるか? 興味があるなら、長い道中じゃ。話してやってもよいぞ」

「退屈凌ぎに聞かせてくれ」


 ラトゥンが手を振るが、前を向いているギプスには当然見えない。


「火室に黒魔石を入れて火をつけると、熱が発生する。その熱で水を温めると蒸気が生まれる――」

「水?」

「車の底面に水のタンクがある。……ああ、そうか乗ったことがないのか。蒸気自動車が走るには水がそれなりに必要じゃ。乗ったことがあれば、水タンクに補充しとるところくらい見るじゃろうが……」

「知ってたか、エキナ?」

「ええ、一応」


 申し訳なさそうな顔になるエキナ。庶民なラトゥンは、車を見かけてもじっくり見たことがない。


「話を戻すと、水を温めて発生させた蒸気を力に変えることで、車を動かす」

「へぇ……」


 おそらく、ド素人であるラトゥンに遠慮して、ギプスはおそろしく簡潔に説明をまとめたようだった。

 細かなことを言い出せば、専門用語もゴロゴロ出てきたのだろうが、そちら方面の知識がないラトゥンに言っても、理解できないだろうとふんだのだ。


 それは正解で、ラトゥンとしても、これから車を作るとか、そういう専門知識が必要になるとは思っていないから、ゴチャゴチャしてきたら話を流すつもりでいた。


「それが、車の基本じゃな。ただ、これはそういう一般的なのとは一味違う」

「どう違うんだ? 煙突がないことか?」


 ラトゥンが話半分に聞けば、ギプスは言う。


「さっきも言うた通り、燃料を石炭じゃなく、黒魔石を使っておるということじゃな。こいつは、石炭などより効率的かつ、長持ちしてな。あの煩わしい黒い煙もほとんど出ないという代物じゃ。……一応補足しておくと、でかい煙突がないだけで、蒸気の吐き出し口はあるぞい」


 不完全燃焼がほとんどないから、蒸気は白く、それでいて大気に溶け込んで見えるのだという。


「なるほど」


 これまでラトゥンが見てきた車の多くが、大きいか小さいかは別にして煙突があって、煙やら蒸気を吐き出していた。何故だろうと考え、ラトゥンは顔を上げる。


「黒魔石は、高いのかい?」


 効率がよいなら、皆、黒魔石を燃料にすればいいのだ。それをしないのは、流通量が少ないとか、希少で一般には手が出しにくい高価なものという可能性がある。


「まあ、人間社会では高いというのはある」

「……その言い方だと、ドワーフは安く手に入るって聞こえるな」

「まさにその通りじゃ。地下の鉱物に関していえば、ドワーフの右に出るものは、そうはおらんぞ」


 元々は地下に住んでいるのが、ドワーフである。人間や他種族と交流を持って、地上に進出し、今では普通に表でもドワーフを見るようになったが、かつてのドワーフは、地下に行かなければ会えない種族だった。

 ラトゥンは頷きつつ、ふと以前からの疑問を思い出した。


「なあ、話は少し変わるが、この車って蒸気と魔力で動くって聞いていたんだけど、どの辺りが魔力を使っているんだ?」

「ん? 魔力……ああ、人間さんの車は、わしらドワーフのより性能は低いからのぅ。燃焼効率を上げて、蒸気のパワーをアップさせるのに、運転席だったり助手席だったりから、魔力を注ぎ込んで性能アップさせるというやつじゃよ」


 魔力による補助、という意味で魔力式、などと言われているらしい。ドワーフの車より、人類の車が低性能というのは、初めて聞いたラトゥンである。もっとも、車のことを語れるほどの知識はないが……。


「じゃあ、性能のいい車には、魔力の補助は使わないっことか?」

「いや、足りない性能を補うという意味では魔力は使わないが、効率的に走るために、魔力に頼ることはあるぞ」


 たとえば――とギプスは、ちらと振り返ると、下を指さした。


「この車は、水タンクのほうに細工があってじゃな。魔力を通すことで、タンクの中の水魔石が反応して、水を補充する仕組みになっておる。……つまり、外部がら水を足さんでも、魔力で補えるということじゃな」

「水魔石!」


 エキナが声を震わせた。ラトゥンは眉をひそめる。


「どうした、エキナ?」

「水魔石ですって、ラトゥン。これ、とても高価なものですよ!」

「そうなのか?」


 そもそも、水魔石なる単語を初めて聞いた。ハンター時代に、それなりに鉱物関係のクエストをこなしてきたが、それでも初だと思う。


「これ一個で、お屋敷が建ちます! オークションなどにかけたら、どこまで額があがるか、わからない代物ですよ!」

「……希少なんだな」

「そうですけど、そうじゃないんです! いいですか、ラトゥン? この石は、魔力を流せば、水を生み出すんです! それがどれだけ凄いことかわかりますか!?」


 水源を巡って、戦争になることがある。エキナの言う通りの力が、水魔石にあれば、確かにその価値は計り知れない。村に一つあれば、それで全体の飲料水の確保ができてしまうだろう。


「そんな超レアなものを、この車は使っている、と」


 どこか罰当たりな気がしてきたラトゥンが、ドワーフの背中を見れば、彼はガハハと笑った。


「嬢ちゃんの言うのは人間社会での話じゃな。まあ、ドワーフ界隈でも、レアで高価ではあるが、水魔石自体、ピンからキリまで。飲料に使えるものは高いが、品質の悪い石もあるからのぅ。そういうもんは、割と安くなる」


 しかし、人間社会に出回るものは、売り物ということもあって品質の高いものばかりらしい。だからより高価というイメージがついているようだった。


「まあ、わしが使っているものは、冒険の中で見つけたもんで……飲料にも耐える高品質なものじゃがな。アハハハハッ!」


 車は街道を走る。やがて分かれ道がきて、グレゴリオ山脈方面へと向かう。赤の魔女がいるという、大自然地帯へ。

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