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第43話、ドワーフの印象


 町の食事処で朝食を済ませるラトゥンとエキナ。そこでも、居合わせた客から昨日のゴブリン集団退治の英雄などと煽てられて、食事代を支払われてしまった。


「この町の住人は、随分と気前がいいものだ」


 物的なお礼が多いというか、感謝の言葉だけでなく、食事代だったり酒代だったりを払いたがる。それを見ず知らずの住人が、見たのか聞いただけかは知らないが、である。直接、命の危機を救ったわけでもないのに。


「でも、町に攻め込まれなかったからそうであって、町中で戦闘になっていたら、命の危険があった人たちもいたでしょうし、間接的でも助けたことになりませんか?」


 エキナは言うのである。住人たちのお礼に対して、愛想があまりないラトゥンに代わり、彼女は丁寧に返すので、印象は悪くない。


「育ちが出るんだな」

「はい?」

「独り言だ」


 ラトゥンは言葉を濁すのだった。

 食事の後は、買い物の続き。

 防寒着を購入すれば、ここでも手袋や小物代をタダにしてもらえた。普段は気難しいと評判のドワーフでさえ、とても気前よく商品を見せてくれた上で、コーディネートにも助言をいただいた。


 ラトゥンとしては、男物はともかく、エキナ用の女物装備についての知識がなかったから、彼女の相談を店員がしっかり受けてくれて助かった。

 店を出た後、町をぶらり。


「しかし、防寒着とは、想定外の出費だった」


 せっかく稼いだが、あっさり使ってしまったものである。エキナは苦笑する。


「仕方ありませんよ。でも、事前情報があってよかったじゃないですか」

「まったくだ。現地について凍えるのは困るからな」


 必要経費というものである。


「わたし、ドワーフの方と交流ってあまりなかったのですが、思ったより気さくな方々みたいですね」

「昨日のことがあったから、だろう。初めて来た時は、ここまでフレンドリーではなかった」


 ラトゥンとて、知り合いのドワーフなどほとんど覚えがなく、彼らの種族のことは、噂に聞く程度のことしか知らなかった。

 だから、あまり大きなことは言えない。


「ラトゥンはどう思います? ギプスさんのこと」


 エキナが尋ねてきた。どう思うとは、何が聞きたいのだろうか。ラトゥンは首をかしげる。


「ガイドを雇え、と言ったのは君だろう?」

「言いましたけど、そうじゃなくて。ギプスさん、ドワーフじゃないですか。この町は人とドワーフが共存していますけど、種族の違いから、風習や考え方とか違うと思うんですよ」

「それはそうだろう」


 だが彼女が何を言いたいのか、ラトゥンは大体察した。

 これからどれくらいの付き合いになるかわからないが、一緒に旅をするにあたって、何かトラブルになりそうなことがないか不安なのだろう。


「さほど心配はいらないだろう。君が言う通り、ここは人とドワーフが一緒に住んでいるんだ。俺たちはドワーフのことを知らなくても、ギプスの方が人間というのを多少は知っている。その辺り、酌んでくれるさ」

「……そうですね」


 エキナはニコリと微笑んだ。やはり心配だったのだろう。こういうのは、早々に話をつけておくに限る。



  ・  ・  ・



「おう、わしは気にせんぞ」


 ギプスは、人間二人と行動を共にすることに、特に深く考えていなかった。杞憂であった。


「何かあれば、その都度お互いに指摘すればいい。知らないことに怒ったりはせんから、安心するがいい」


 ギプスは大人である。


「とはいえ、まったく心配がないわけではない」

「たとえば?」

「食べ物、味の好み。あとは酒が飲めるかどうか」


 ドワーフといえば、酒豪という話をよく聞く。その辺り、人間の体と構造が違うのだろう。人間ならあまり勧められない一気飲みも、ドワーフは挨拶代わりというのだから、間違いないだろう。


「まったく飲めないわけではないが、職業柄、ほどほどだな」


 ラトゥンは、ハンター時代から、付き合い程度には飲んだ。だがいつ仕事に当たるかわからないところもあって、深酔いするほど飲むことは滅多にない。


「わたしは……少しだけ」


 控えめな調子のエキナ。こんなことをドワーフに言ったら、嫌われるのではないかと、恐る恐るである。

 ギプスは眉をひそめた。


「それじゃあ、ほとんど飲めんと一緒じゃな。――ということは、旅の酒は、ほぼわしの独り占めでよいな?」


 ガハハ、とギプスは笑った。下手に飲めると、量が制限される道中の分け前で、面倒になるところだが、この場合、周りが飲めないほうがかえって彼にはいいらしい。


 ――普通に、酒も持って行くんだな……。


 車の後部積載スペースに酒樽らしきものがあるのが見えたが、らしきもの、ではなく酒だろう。


「味の好みは? 辛いものは平気か?」


 ギプスの問いに、ラトゥンが頷けば、エキナは首を横に振った。これにはラトゥンは意外そうな顔になる。


「辛いものが駄目だったのか?」

「お兄様、ドワーフの味覚で辛いものというのは、相当なものですよ?」

「そうなのか?」


 またまた意外に思うラトゥンである。ギプスは笑った。


「そうさな。わしらは、元来、薄味というか、素朴なもんばかり食っておったが、人間と交流して、色々味の濃いもんも食うようになった。……嬢ちゃんの言う通り、わしの言う辛いは、人間には激辛じゃろうな」


 そう言うとギプスは、車の後部積載スペースに登ると、用意した食材を見せてきた。


「人間は、わしらと違って、顎が柔いからのぅ。安心せい、人間の食える物には心得があるからの」

「ギプスさん、料理できるですか?」

「わしは独り暮らしじゃ。自炊くらいするわい」

「あ、そうではなく、道中の食事は――」

「おう、わしが作ろう。お前さんたちがどうしても自分たちで作るというなら、別じゃが」「いや、食べられるものなら俺は構わない」


 むしろやってくれるなら、それはそれで助かる。全て自分でやらなければいけない独立傭兵からすると、他人がやってくれるということには、素直に乗っかるラトゥンである。

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