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第41話、神殿騎士アイガー


 そういえば、神殿騎士はもう一人いたはずだ。

 ラトゥンはバウークの町へ向かう道すがら思った。


 確か、アイガーという若い神殿騎士だ。暴食を釣り上げるための囮として、野営地を離れてバウークの町の方へ偵察に出た。

 それを見ていたラトゥンは、囮ではなく、野営地から後発しようとしていた二人を襲撃したのだが……。


 このまま町に向かえば、戻ってきた神殿騎士と遭遇できるだろうか? 気配察知の範囲を広めてみる。

 噂をすれば影がさす。馬に騎乗した神殿騎士と、案山子こと自動人形兵が二十体ほどが、野営地のある方向に伸びるこの街道を進んでいた。


「さて、どうしたものか」


 神殿騎士は悪魔との契約者か、あるいは悪魔そのもの。後者であれば討つことには遠慮はしないが、前者であれば、性格次第ではやりづらくなる。

 この独立傭兵の姿はさすがによろしくない。全滅させれば問題はないのだが、万が一取り逃すことがあれば、以後の活動に支障が出る。


 かといって、素直に暴食の姿に戻るというのは、今はそんな気分ではなかった。アルギューロスとの一戦が、ラトゥンの心に残っている。暴食により近づくことは、人間としての自分が失われるのではないか。


 どの道、暴食の姿になることは今後も避けられないだろう。だが、その回数は極力減らした方がいいのではないか。

 それが正解なのかは、残念ながらわからない。気分の問題だ。気休めだ。しかしそれが精神的に軽くなるなら、そう心掛けても悪くはないだろう。


 ラトゥンは姿を変える。

 やがて、神殿騎士と自動人形兵の集団が到着した。



  ・  ・  ・



「ズヴァーチ副隊長!」


 神殿騎士――アイガーが馬から降りた。


「ご苦労様です。こちらには、暴食は現れませんでした!」


 元々、囮役のアイガーである。暴食を誘い出したところで、アルギューロス、ズヴァーチらと合流して、三対一で戦おうとしていたのだ。後からズヴァーチ副隊長が現れたところで、彼は不審に思わなかった。

 むしろ――


「アルギューロス隊長は、一緒ではないのですか?」


 アイガーは、肝心の隊長がいないことの方が気になった。万が一、自分が暴食と交戦したとしても、これではズヴァーチだけなので、三対一ではなく二対一だ。


 もちろん、副隊長の実力に不安があるとか、劣っているなどとは思ってはいないが、打ち合わせと違う展開には、眉をひそめてしまうのである。


「アイガー、落ち着いてきけ」


 ズヴァーチは淡々とした口調で言った。


「暴食が野営地に現れた。全滅だ」

「なっ……!?」


 若い神殿騎士は絶句した。


「隊長は、暴食を相手に奮戦された。真の姿である『銀』となったが、それでも暴食に飲み込まれたのだ」

「そ、んな……!」


 アイガーは、ふらつき頭を抱えた。


「暴食にやられた……。隊長が……!?」


 彼は、アルギューロスに尊敬や崇拝の気持ちでもあったのか、ショックを隠せないようだった。

 そんな馬鹿な、などと否定の言葉を呟いている間に、朝になっていた。


「副隊長。……真の姿、銀とか言っていましたが、それは何ですか?」


 青い顔のまま、アイガーが問うてきた。現実を受け入れつつ、懸命に状況から立ち直ろうとしているようだった。


「そうか、お前は知らなかったのだな」


 ズヴァーチは、感情を感じさせない口調で言った。


「アルギューロス隊長は、悪魔だ。銀の悪魔という上級のな」

「なっ……悪魔!? な、何を言っているんです、副隊長!?」


 ――本当に知らなかったのか。


 ズヴァーチ――ラトゥンは続けた。


「聖教会、そして神殿騎士団の闇は深い。お前はまだ新入りだから知らされていなかったようだが」

「新、入り……?」

「事実を知らされていないということは、そういうことなのだ」


 ぶっちゃけ、アイガーが神殿騎士になって何年かは知らない。場の雰囲気で押し切る。


「アイガー。聖教会は、神を崇拝し、敬う組織ではない。我ら悪魔が、愚かな人類を操り、支配するために存在する」

「悪魔……!?」

「そうだ。悪魔による悪魔のための、闇の世界を作り、守ることこそ、聖教会の存在意義! 人類を御し、搾取するための――」

「ふざけるな! おれは、人間だっ!」


 アイガーが立ち上がると、腰の剣に手をかけた。しかしズヴァーチは怯まない。


「いいや、お前はもう純粋な人間ではない」


 大いなる神の加護を授かった神殿騎士――世間ではそう知られている。悪魔と知らず、聖教会に入り、神殿騎士になった者たちも、自分はまだ人間であると思い込んでいる。


「滑稽だな。神の加護? 悪魔と魂の契約し、力と引き換えにその下僕となっただけだと言うのに」

「な、んだと……」

「お前は、直に悪魔のいいなりになる。いや、運がよければ下級悪魔になれるかもしれないな」

「黙れ!」


 とうとう、アイガーは剣を抜いた。ズヴァーチは薄く笑みを浮かべる。


「ほう、私と戦うというのか」

「あんたが言うことが本当なら、聖教会と神殿騎士団は悪魔の巣窟なんだろう!?」


 アイガーは声を荒らげた。しかしズヴァーチは、かえって余裕の態度である。


「そう、私の言うことが本当なら、な……」

「!?」

「もちろん、出任せではないが、お前には、この言葉だけでは信じられないだろう。……確かめてみればどうだ?」

「どういうことだ!?」


 剣を向けたままアイガーは震える。この言葉だけで、ここまで信じられてしまうとは、なんと素直な若者だろうとズヴァーチ――ラトゥンは思う。以前の自分を見ているようだった。

 それだけズヴァーチ副隊長に対して信頼していたのだろう。


「簡単なことだ。お前は王都に戻り、自分の目で、聖教会の真実を見てくるのだ。そして神殿騎士とは何か、真に理解してこい」

「……! おれを見逃すというのか!?」

「後で悔やまないためだ。自分自身、納得した答えを得てから、それでも許せないというのなら、私を殺しにくるがよい」


 行け――と、ズヴァーチは、王都の方向を指さした。アイガーはしばし固まり、考えがまとまったのか、剣を収めると、副隊長に向かって一礼した。そして馬に乗ると、一人街道を駆けた。


「……馬鹿正直者め」


 嫌いではない。ズヴァーチ――ラトゥンは皮肉げに微笑する。そして棒立ちの自動人形兵たちのもとに歩み寄ると、暗黒剣で破壊した。

 アイガーが戻ってくるかもとは思わなかった。


 最初は固まっていた自動人形兵だが、半分くらいやられたところで、自動の迎撃状態になったのか、指示もなく、それぞれの武器を構えた。


「案山子は案山子らしく!」


 ラトゥンは暗黒剣を振るう。


「突っ立っていろ!」


 どうせ抵抗したところで、ラトゥンには敵わないのだから。余計な手間を増やすなとばかりに、一体残らず残骸へと変えるのだった。

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