「エルゲが死に、バーシも死体で見つかった」
銀の部隊隊長でありアルギューロスは、神殿騎士アイガーに告げた。
「貴様は、これより小隊を率いて、バウークの町の近くまで行け。斥候任務だ」
「承知しました」
「よいか? 暴食がいるなら、貴様が一人のところを狙ってくる。自動人形どもを盾にしてよい。襲撃があればとにかく生きて、我らと合流することを考えよ」
「はっ! ではただちに――」
アイガーは自分の部隊を率いて、野営地から移動を開始する。ズヴァーチ副隊長は、アルギューロスを見た。
「よろしいのですか? 私が行ってもよかったのですが」
「隊長と副隊長、どちらか動けば、暴食は怪しむだろうよ。……まあ、この期に及んでアイガー一人で行かせるのは、あからさまに陽動だとわかりそうなものだが」
「では、我々も、アイガーが襲われた時のために、移動しませんと」
単独の神殿騎士を、暴食が襲っているところに、アルギューロスとズヴァーチが駆けつけ、三対一に持ち込む――副隊長はそう考えたが。
「いいや、ズヴァーチ。その必要はない。何故なら、暴食は我々の元に現れるからだ」
「……と、言いますと?」
「簡単な計算だよ。囮かもしれないアイガーを襲えば最悪、我らが現れ三対一。しかしここで我々を襲えば二対一は確定だ」
アルギューロスは、暴食を自分たちのもとに誘い出しているのだ。
「ズヴァーチ。武装神官どもを前進させろ。こちらを案山子の自動人形ばかりにしてやれば、より暴食も動きやすくなるだろう。現れたところを、私と貴様で倒す」
「承知しました」
心得たとばかりに、副隊長は部隊に召集をかけて、武装神官たちを叩き起こす。火事が収まり、寝ろと言われたと思ったら朝になる前に起こされ、さすがに神官たちにも疲れが顔に出る。
副隊長が監督する様を眺めるアルギューロス。暴食の襲撃に備え、神官騎士であるズヴァーチを視界に留めておく。
「しかし、厄介なものよ」
アルギューロスは呟く。
「シデロス卿が、新しい入れ物に慣れないうちに暴食を手中に収めてくれていれば、こんな面倒にはならなかったのだ」
聖教会に与しない最上級悪魔『暴食』。それを斬ったはいいが、逃げられた上に、聖教会に牙を剥かれる始末。
この世界を支配する悪魔による秩序が、崩されようとしている。果たしてそれができるのか? 暴食が本来の力を取り戻したならば、それも可能だ。最上級悪魔は伊達ではないのだ。
「……なあ、そうは思わないか、暴食?」
アルギューロスは頭だけで振り向く。後ろにひっそりと迫った武装神官が、ビクリと足を止めた。
「来ると思っていた。バウークの町の件では、世話になったな。おかげでこちらは、振り上げた拳を下ろすところを失ってしまったよ」
神殿騎士アルギューロスは、ゆっくりと振り返り、腰に下げた聖剣を抜いた。
「その姿で戦うか? 正体を見せてもよいのだぞ、暴食!」
その瞬間、アルギューロスは、加速し、武装神官の首元に聖剣を突き立てた。真っ赤な血が迸った。
「ぬっ!? これは――」
本物の人間。手応えが悪魔のそれではない。先手必勝で攻め込んだはいいが、暴食ではない。
「馬鹿な!? 悪魔のニオイがしたのだぞ」
まだ、自分たち以外の悪魔の臭いがしている。間違いなく悪魔――暴食と思われる襲撃者だと確信したのに。
「囮を使ったというのか、奴は……!」
悪魔の臭いをつけた武装神官を、アルギューロスに近づくように仕向けた。陽動作戦をとったのは、神殿騎士団だけでなく、暴食もとったというのか。
「隊長!」
ズヴァーチの声。アルギューロスが、武装神官を刺したことに気づき、副隊長は武装神官たちと駆けつけようとしていた。
振り返るアルギューロス。武装神官たちがわらわらと駆けてくるが、その中に一瞬見えてはいけないものが映った。
スヴァーチの背後の武装神官、その一人が異様な影をちらつかせた。人の姿をした何か別のもの。同じ悪魔だからこそ、わかるそれ。
「ズヴァーチ! 後ろだ!」
アルギューロスはとっさに叫んだ。その警告を受けたズヴァーチだったが、その足が止まる。愕然とした表情。彼の胸、鎧を黒い剣が貫通していた。
「ズヴァーチ!」
「……き、きさ――」
ズヴァーチが首を回せば、武装神官の一人が副隊長を刺していた。
「――悪いな。二対一は面倒だからな」
剣が引き抜かれる。その瞬間、表情を歪めながら、スヴァーチは振り返り、剣を抜いた。
「ぬおおおっ!」
裂帛と共に放たれた斬撃は、しかしいとも容易く弾かれる。だが副隊長の戦意はなお激しく燃え上がる。
「心臓を刺したくらいで死ぬと思うなよっ!」
「普通の人間は、心臓を刺したら終わりなんだがな」
その神官の暗黒剣が、スヴァーチの右腕を切り落とした。
「まあ、あんたも悪魔のようだしな……!」
「ぬかせっ!」
剣と共に右腕を失いつつも、スヴァーチは左の手甲付きの拳を、武装神官に叩き込む。悪魔が本気で殴れば、拳であろうと人間を容易に殺すことができる。
武装神官は返す一刀で、その左腕を切り裂いた。両の腕を失ったスヴァーチの頭を、武装神官の左手が掴む。
「副隊長!」
周りの武装神官たちが、絶対絶命のスヴァーチを見て叫ぶ。彼らの見ている前で、副隊長は、敵の左腕に喰われた。
頭蓋が砕け、血が噴き出すさまに、絶句する武装神官たち。体だけとなった副隊長の死体が解放され、我に返る彼らだが、次の瞬間、爆発が起きて、高熱と衝撃波が吹き荒れた。
「うわあああぁぁっ!?」
武装神官たちを飲み込み、そして吹き飛ばした。
・ ・ ・
「暴食……」
アルギューロスは立ち上がる。吹きつけた高熱は、エクスプロージョンの魔法か。炎系上位魔法は、辺り一面を薙ぎ払い、武装神官を焼き、と自動人形兵を破壊した。
黒焦げとなったズヴァーチの遺体を、バリバリと醜く肥大化した左腕が喰らうは、化けの皮を剥いだ暴食。
『そんな気はしていたが、お前も悪魔だったか』
暴食――ラトゥンは言った。アルギューロスの肌の一部が焼け、人とはまた別の――悪魔の灰色の肌が見え隠れしている。
「何故、貴様は我らに反抗する、暴食?」
『お前たちが俺を狙うから、というのと――」
ラトゥンは答えた。
『悪魔が、教会を騙り、人を欺し、喰らっているのが許せないだけだ』
「……なるほど。つまり貴様は、まだ暴食に喰われていないわけだ」
意外そうな顔をしたアルギューロスだったが、すぐに彼は口元を緩めた。理解したのだ、今の暴食がどういう状態なのかを。
「まだ人間の意識が勝っているということか。相当弱っていたのだな、暴食。……なればこそ、今のうちに貴様を殺し、暴食の力を引き出さなければな」
背中から悪魔の翼を見せたアルギューロスは、再び加速した。
「消えろ、人間!」
次の瞬間、神殿騎士の聖剣と、暴食の暗黒剣がぶつかった。互角のつばぜり合い。人間だったならば、おそらく止めきれず吹き飛ばされていただろう。
膠着は――させない!
ラトゥンの、暴食の左腕が、アルギューロスの脇から貫く。
――捉えた!
このまま喰らう――そう確信したラトゥンだったが、アルギューロスは目を細めた。
「私に触れたな、人間!」
ドロリとアルギューロスの脇が崩れ、いや銀色のドロドロとなって暴食の左腕を覆う。
『くっ! あつっ――!』
高熱と痛みに、思わずラトゥンは左腕を引っ込めて後退する。まるで手応えが違う。人でも悪魔でもないような。例えるなら、マグマに手を突っ込んでしまったのかと錯覚するような感じだ。
「何故、私の部隊が『銀』なのか、わかるかね、人間」
アルギューロスは、一歩を踏み出した。
「私が、銀の悪魔だからだよ」