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第37話、野営地、潜入


 神殿騎士団が野営を始めた。

 それを遠く、草原の伸びた草の茂みから覗いていたラトゥンは、静かに息をつく。


 ――もう朝の方が近いだろうに、今さら野営なのか。


 おそらくバウークの町とゴブリンの夜間の戦闘に介入するつもりで行軍していたのだろう。

 だが斥候の報告で、ゴブリンの大群はいないと知った。だから急ぐ理由を失ってしまったわけだ。


 ――急いで行ったところで、町の門は閉まっているか。


 さて、今から天幕を張り始めた神殿騎士団である。昼間、ゴブリンの後衛部隊がキャンプを始めたところを襲撃した時のことが、ラトゥンの脳裏を過る。

 ひそかに、準備の合間と、遮蔽をぬって一人ずつ始末できないか。


 ――だがあれは、エキナがいて、いざという時にギプスがいた……。


 今は自分一人。……何気にエキナも、ラトゥンと同じように設営中の敵陣に踏み込んだのに、ゴブリンたちに気取られなかった。あれが復讐鬼だった頃、暗殺しまくって培われたエキナの高い技量のなせる業だったのだと思う。頼もしいったらありゃしないが、そのエキナはここにはいない。


 ――神殿騎士団との本格戦闘であの格好だと、独立傭兵の擬装が意味がなくなってしまうからな……。


 今はいないほうがいい。そして気づく。


「俺もこの姿で挑むことはないわけだ」


 堂々と暴食の姿をさらせるわけだ。エキナもギプスも見ていないから、本気を出せる。


「とはいえ――」


 そこでラトゥンは声に出していることに気づき、心の中の呟きに切り替える。独り言が多くなるのは、不安とストレスの証拠だという。さすがに神殿騎士団の一部隊を相手に、緊張しているのだ。


 ――いくら暴食でも五人の神殿騎士を同時に戦うのは自殺行為だ。


 悪魔の加護持ちは、同じ数のレッサーデーモンと戦うより手強い。ラトゥンも、体は暴食だが、その真の力はまだまだ引き出せていない。想像がつかないが、全盛期の力が出せるならば、あの程度の神殿騎士団を葬るのは容易い。


 ――まずは各個撃破か。


 昼間のように、潜入し出てくる敵をこっそり始末しながら、神殿騎士を一人ずつ倒す。エキナのサポートがないから、おそらく途中でバレで騒ぎになるだろう。

 そこからは総力戦だが、それまでに神殿騎士の半分は片付けておけば、力押しで何とかなるだろう。これまで喰らって獲得した能力も駆使して、臨機応変に。



  ・  ・  ・



 魔力式携帯電灯が、松明よりも明るく周囲を照らす。武装神官は、自動人形兵と共に休憩用の天幕を建てる。

 班ごとに分かれての作業だった。警戒する者、天幕を張る者、朝の料理に備えて準備する者など、それぞれが役目をこなす。


 まず最初に、指揮官クラスの神殿騎士たちの天幕が建てられ、当直の騎士以外は休む。明日はバウークの町に入り、捜索も行う予定だから忙しい。休めるうちに休むのは、基本である。

 その周りで、作業を進められ、神官戦士用の天幕も続々完成する。


「――なんだ、この煙は」


 野営地を歩いていた武装神官は、携帯電灯の光によって目視できる白い煙に、思わず眉をひそめる。


「飯炊きども、肉でも焼いてるのか――」


 煙ってくるので手で払おうとする武装神官。注意は完全に削がれていた。突然、煙から腕が飛び出し、頭を掴まれるなど予想だにできなかった。

 声を出す余裕もなかった。圧倒的な握力で頭を潰された武装神官、近くの天幕にその最期が影となって映った。


 一人、また一人と作業の合間に喰われ、わずかな血の跡だけ残して消えていく。

 彼らはまだ侵入に気づいていない。


 警戒担当は何をしているのか? 実はその一角は、すでに崩れていた。武装神官二人が消え、自動人形兵のスクラップが複数体、無残に散らばっている。見張りの交代が来ない限り、それは陣地内の者は気づかない。

 最短でも一時間、長くて二時間は交代は来ない。多くの神官戦士が、次の移動までの貴重な休息時間を睡眠にあてる。


 警備は自動人形兵と、少数だが当直の者がやる。それ以外の者はそれぞれの天幕で、固い地面に寝転がり、寝息を立て始める。

 野営地は、やがて静かになる。不運にも外を出歩いた武装神官が、突然命を絶たれたりしたが、それに気づいた者はいない。


 夜が明けるまでの数時間を休む彼らだが、にわかに騒がしくなる。焦げ臭さと熱気が渦巻く。

 陣地の一部で火災が発生したのだ。


「何事だ?」


 指揮官用天幕で、休みもせず話し合っていたアルギューロス卿とズヴァーチ副隊長は、騒ぎに気づく。すぐに伝令がやってきた。


「陣地西側にて、小火災が発生しました! ただいま当直のアイガー様が消火の指揮を取っております!」

「原因は? 特定できているのか?」

「はい、料理番が起こしたものと思われる火が風に煽られて、近くの天幕に引火したようです」


 単なる事故のようだった。アルギューロスは、僅かに表情を緩めた。


「全員を起こす必要はあるか?」

「いえ、そこまでは、おそらくないかと」

「ふむ、ならばアイガーには、早々に鎮火させるように伝えよ」

「承知しました」


 伝令が頭を下げて下がろうとした時、ズヴァーチが険しい顔つきのまま口を開いた。


「待て。料理番が起こしたものと思われる、と申したな? 調理中の事故ではないのか? その料理番はどうしたか?」

「それが……姿が見えないとかで。――探しますか?」

「まず消火だ。その後に件の料理番を探し、事情聴取せよ。行け」


 伝令が立ち去ると、ズヴァーチは、隊長であるアルギューロスを見た。


「どうにもクサいですな」

「燃えているのだ、臭いもするだろう」

「いえ、そうではなく――」

「わかっているよ、ズヴァーチ。エルゲとバーシを起こせ」


 この火事に不審なものを感じ取る銀の部隊幹部。

 隊長の命令を受け、当直の武装神官が、他の神殿騎士を呼びに走る。火災の場所からは遠い神殿騎士用天幕へ向かうと――


「バーシ様! 失礼します、バーシ様。アルギューロス卿が――」


 言いかけた武装神官は絶句する。神官戦士バーシは胸を貫かれて血の海に沈んでいた。そしてそれよりも、黒い塊が屍のそばにいて、その黄色い目が武装神官を見た。


 悪魔。

 それがニヤリと笑った。

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