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第36話、銀の増援


 工房の休憩所で休んだラトゥンだが、ふと目が覚めてベッドから出た。


 窓の外はまだ暗く、夜だった。おそらく寝て数時間というところだ。休憩所を出ると、長椅子でエキナが寝ていた。

 ギプスは、車の貨物席で、イビキをかいていた。そこまでうるさくないのは幸い。これから共に旅をすると思えば、仲間のイビキで安眠を妨害されても困る。


 ――家に帰らなかったんだな。


 ラトゥンとエキナを工房に置いて、一人で帰るわけにはいかなかったというところか。それとも目を離した隙に工房のものを持ち逃げされたり、勝手に旅に出られても困る、ということかもしれない。


 ラトゥンは、そっと工房を出る。エキナがいるから、勝手に出ていったとは思われないだろう。


 さすがに町は静かだった。まだ暗いが、数時間後には夜が明ける。その時間ともなれば、大抵の者は寝静まっているのだろう。

 夜でも明るい場所が多かったバウークの町も、その明かりの数はだいぶ減っている。遠くから金属を叩くような音がしていて、働いている者もいるのかと、ラトゥンは不思議な気分になった。


 町を囲む外壁、その歩廊への階段を登る。本来なら、侵攻してきたゴブリンと外壁を挟んで、夜通し戦いが続けられていた。


 ゴブリンをけしかけた悪魔曰く、今回の騒動は、聖教会の人気取り、信仰度合いを上げるための自演行為。

 その情報が確かであれば、町にゴブリン鎮圧のために神殿騎士団がやってくる。

 ラトゥンにとっては、自身を暴食にし、そして付け狙ってくる宿敵。聖教会の尖兵であり、悪魔たちの実行部隊。

 聖教会の悪魔どもに報復するために、神殿騎士団もまたラトゥンの標的だ。人を欺し、搾取する悪魔は根絶すべきだ。


「さて……」


 外壁の上から、周囲を確認する。ゴブリンが攻めてきた方向から、ぐるりと――


「……いた」


 夜目を利かせて確認すれば、戦場跡を訝しげに見て回る不審なマントの男が一人、いや二人。

 おそらく斥候だろう。ゴブリン集団とバウークの町が交戦している様子を偵察し、最適なタイミングで神殿騎士団が介入できるように。


「あいつらを尾行すれば、騎士団のところまで行けるか」


 今回のゴブリン集団の数からして、神殿騎士団も相応の戦力を動かしてきたに違いない。案山子に毛が生えたような自動人形兵も多いだろうが、問題は悪魔の加護をもらった神殿騎士が何人いるか、だ。


 複数いるのだろうが、さすがに一対複数は、ラトゥン――暴食といえど、手に余る。まずは敵情を把握しないといけない。

 一人でやれることには限界はあるが、その限界のラインでやれることはやっていこうというのがラトゥンのスタイルである。


 外壁を見回す。見張りがいて、見られていると後で面倒だからと確認するが、ドワーフ兵の姿はなし。変なところで警戒が甘い。

 ラトゥンは外壁から飛び降りると、気づかれないように戦場跡を探っている斥候を、隠れて監視して、動きがあればその後を追尾した。



  ・  ・  ・



「何? ゴブリン集団がすでに壊滅しただと……?」


 神殿騎士アルギューロスは、その端整な顔立ちを歪めた。神殿騎士団、銀の部隊を率いるこの男は、美男子で、どこか静かな印象を与える。

 町の周りを偵察していた武装神官は頭を垂れた。


「はっ、町はすでに戦闘を終了しており、外から見た限りでは特に被害などもなかった様子」

「しかしゴブリンはいない、そうだな?」

「はい。戦闘の跡はありましたし、酷いゴブリンの血の臭いで溢れておりました。すでに戦闘が終わり、壊滅したか、あるいは残存していたとしても敗走したものと思われます」

「……そうか。ご苦労だった。お前たちは休んでよい」

「はっ」


 斥候の神官戦士は、アルギューロスの後ろに並ぶ武装神官と自動人形兵の列へと合流する。


「アルギューロス卿、如何致しますか?」


 五人いる神殿騎士のうちの一人、一番古参である巨漢のズヴァーチ副隊長が歩み寄った。他に聞こえないように、アルギューロスは声を落とす。


「どういうことだ……? 我々が到着するまでに壊滅する規模ではないという報告だったが」

「予定が狂いましたな」


 寡黙という印象を与えるズヴァーチは表情一つ変えない。


「……しかしハーオスからも、バウークの町の教会からも、ゴブリンが壊滅したという報告はありませんでした」

「それが気にいらない」


 アルギューロスは鼻をならした。


「何かの手違いや、想定外の戦力があって、ゴブリンがやられるということがあれば、ハーオスが、我々に伝えにきているはずだ」


 ゴブリンの集団を操り、バウークの町へ仕向けたのがハーオスという悪魔である。イレギュラーがあれば、彼が連絡してくることになっているが、斥候が実際に現場を確認する段階になっても報告はなし。これはあり得ないことだ。


「まさか、ハーオスもやられたのでは?」

「バウークの町の防衛戦力にか? それはあり得ない。そもそも連中は籠城するはずだろう?」

「しかし実際は野戦を仕掛けて、これを撃破した」

「それでも後方にいるはずの奴がやられるなど、考えられないだろう」


 眉をひそめるアルギューロス。ズヴァーチは表情一つ変えずに言った。


「もしや、『奴』が現れたのでは」

「奴とは?」

「例の暴食です」


 それだけで、アルギューロスにも伝わる。ここのところ聖教会の各町の教会や、行動中の神殿騎士が襲われ倒されている。


「――確かに、そろそろこの辺りに奴が現れてもおかしくない頃合いか……?」


 その行方はしれないが、少しずつ王都方面に近づきつつあるのはわかっている。その予測からすると、バウークの町を暴食が訪れた可能性は、かなり高い。


「なるほど、な……。町の教会からも報告がないのは、すでに暴食が襲ったからか」


 アルギューロスの中で、まるでパズルが解けるように、様々なことに辻褄が合っていく。


「ズヴァーチ」

「はっ」

「今夜や遅い。我々はここで陣を取り、明日、昼頃にバウークの町に着くようにする」

「承知しました。ハーオスの行方ですが、人をやりますか?」


 確認のために偵察を送るよう進言するズヴァーチである。アルギューロスは首を横に振った。


「いや、ここで騎士を分散させるのは得策ではない。もし暴食がいるのなら、単独の騎士が狙われる」


 暴食相手では、案山子の人形兵がいくらいても頼りにならない――と、その言葉を呑みこむ。

「よいな。まずは町に入り、そこから調査の名目で……実際に調査なのだが、探すとしよう」


 そう告げたところで、アルギューロスは唇を歪めた。


「ゴブリン退治で、聖教会の権威を高め、不心得者のドワーフの性根を叩き直してやろうと思ったものを……。不愉快だ」

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