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第35話、ギプスの工房


 ラトゥンたちが酒場を出た時、深夜を回っていた。

 しかしゴブリン危機が去って、徹夜する剛の者も多く、まだまだ賑やかな夜は続きそうであった。酔っ払いたちに『ありがとう!』『独立傭兵、乾杯!』などと見送られて、深夜のバウークの町を行く。


「そういえば、宿をとってなかったな」

「なら、わしの部屋が空いておる。集合住宅なんじゃがな、中は広いぞ」


 ギプスはそう言って、彼の住んでいる家に招待されるラトゥンとエキナ。表通りを抜けて、ドワーフの工房が立ち並ぶ一角を抜けると、町の真ん中に大きな穴が空いていた。


「ここじゃ」


 穴を指さすギプス。何の冗談かと思ったが、よく考えてみればドワーフは地下に住居を抱える種族だった。その大きな穴は、その居住区に行くのだろう。ギプスは集合住宅とも言っていた。

 いざその穴に近づき、下への階段があるのに気づく。そこから見てみれば――


「へぇ……」


 穴全体が一つの建物のように、壁に一定間隔ごとに窓や扉がついていた。通路があってそれぞれの部屋に通じている。それが地下へ複数の階層が伸びていた。

 塔は地表から上へ積み重なっていくものだが、これは逆で、地下へ掘り進めたようだった。


「これも異文化のなせる業だな」


 ドワーフたちは地下に住む。なるほど、このドワーフと人が共生する町でのドワーフたちのテリトリーというわけだ。


「せっかくだけど、ギプス」


 ラトゥンは、全体の構造と通路の間隔、正確には高さに気づき、首を振った。


「ここはドワーフ規格だから、俺たちには微妙に天井が低そうだ」


 そうなのだ。通路は、横に広い傾向にあるドワーフが、複数人通れるようになっていたが、逆に身長が低いためか、天井の高さがラトゥンからしたらギリギリだった。

 これは扉をくぐったり、天井が低い場所で頭をぶつける恐れがあった。それでなくても、天井の圧迫感が凄い。


「うーむ、そうなると……。わしの工房の方へ行こう。正確には倉庫みたいなもんじゃがな」


 進路変更。ギプスは工房へと足を向けた。そこはドワーフ以外の来客のために、天井が高く取られているという。


「わしの車もあるんでな。一足先に見せておくか」


 工房で寝泊まりすることもあるらしく、ベッドもあるという。……ドワーフサイズのベッドで、人が果たして寝られるのか疑問ではあるが、ラトゥンは黙っていた。

 徒歩数分で、ギプスの工房兼倉庫に到着する。


「成人したドワーフは、大抵自分の工房を持つもんじゃ」


 工房と言っても、自分の職業や趣味などに合わせて作るものという。重々しい鉄の扉を、ドワーフは力強く押した。

 まず、彼がいう車が視界に収まる。ぐるりとラトゥンは室内を見渡す。


「まるで武器屋だな」


 壁に陳列された様々な武器。斧やハンマー、ダガーに槍。それらが複数あるが、一番多いのは、銃とそれに関係するもの。


「まるで、というか、うちの一族は武器を扱っていてな。自然と武器に囲まれた生活をしておったよ」

「継がなかったのかい?」

「兄貴がおるからな」


 家業を継いだのは兄という、在り来たりなものであった。


「兄弟がいたんだな」

「十人な。わしは六番めじゃ」


 十人――ドワーフとしては多いのだろうか。疑問に思ったが、家族のことを深く突っ込むと自分に返ってきそうなので、ラトゥンはそれ以上は訊かなかった。


「ベッドは奥の休憩所にある。ダブルサイズだ。お主ら付き合っているなら、問題ないよな?」

「問題大ありだ」


 兄妹設定を否定しなかったことで、ラトゥンとエキナは恋人だと、ギプスは判断したようだった。さすがに若い男女が同じベッドはまずい。そもそもドワーフのベッドでダブルは、横は余裕過ぎるが縦の長さに疑問がある。


「じゃあ、今度はラトゥンがベッドを使う番ですね!」


 エキナはニコニコしながら言った。ベッドが一つの部屋に泊まる時は、ベッドは交互に使うという風になっているのだ。


「ギプスさん、ソファーとか長椅子ありますか? わたし、そちらで寝ますからー」


 そういう風に以前話したから、否定もできず、ラトゥンはベッドを使う。ドワーフのベッドがどんなものかは知らないから、もしかしたら石の板一枚などではないかと、戦々恐々だったが、さすがに普通のベッドだった。


「横幅が広い……」


 人間だったら家族三、四人が寝れそうな広さだった。頭から足先まではラトゥンの背丈でギリギリだった。

 休憩所から戻ると、ギプスは車のメンテナンスをしていた。車としては四輪。前に運転席と助手席、後ろは貨物用のスペースとなっていた。幌馬車のように屋根がついていて、日中の日差し除けにも雨除けにもなる。


「走れそうかい?」

「あぁ、たぶんな。ここしばらく走らせていなかったからのぅ。しっかり確認しておきたいところじゃ」

「途中で止まったら面倒だからな」


 ラトゥンは頷いた。はっきり言うと、ラトゥンは車に乗ったことが数回しかない。もちろん運転はできない。この世界では、まだまだ車の普及は馬車に遠く及ばず、乗ったことがないのが普通と言われたりする。


「いつ以来なんだ? 走らせるのは」

「……グレゴリオ山脈に行った時だな。仲間たちと――」


 ギプスが手を止めて、遠い目になる。酒場で聞いたギプスの娘の病気を治す手掛かりを求めて、赤の魔女を尋ねたという話。どうやらギプスは仲間たちとこの車で出かけたらしい。

 あまりいい話ではなさそうだと感じて、ラトゥンは話題を微妙に逸らす。


「この車はどうしたんだ? どうやって手に入れた?」

「作ったのさ。仲間たちと部品を作ったり集めたりしてな。……もう、わしだけになってしまったが」


 これもどうやら気軽に触れていい話ではなかったようだ。だがこれ以上、あからさまに変えるのも不自然か。


「その仲間たちは……?」

「魔女の隠れ家の前の、化け物にな」

「……そうか」


 何となく察していたから、ラトゥンは小さく頷いた。ギプスの娘のために、彼の仲間たちは集まり、命を賭けた。

 しかし、結果として目的は達成することもできず、仲間を失い、そして娘もまた失った。彼はその旅で何を得たのか。失った者が大き過ぎる。


 それ以上、何も言えず、ラトゥンはその場を離れた。エキナは聞こえていたらしく、とても悲しそうな顔をしていた。

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