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第34話、意外な手掛かり


 ギプスが、同行してもいいかと尋ねた時、ラトゥンは即、お断りした。


 こちとら聖教会が追っている『暴食』で、何よりその聖教会に喧嘩を売っている最中だ。身バレを防ぐために、姿と名前を偽っている。事情を知らない者と一緒にできるわけがなかった。


 ――聖教会に売られてもたまらんしな。


 何より、暴食の姿を取れなくなるのがネックである。悪魔――彼らが天使と思っているそれの加護で強化されている神殿騎士と戦うにも、悪魔本体と戦うにも、不本意ではあるが悪魔『暴食』の力は必要だ。


「駄目なのか?」


 ギプスは、ドワーフ特有の団子鼻の先をこすった。


「王都まで行くんじゃろ? 徒歩旅よりいいものがある」

「ほう?」

「車じゃ。わしは車を持っとる」


 蒸気と魔力で走る、いわゆる自動車。その存在にラトゥンは、わずかながら関心を持つ。エキナが処刑人だった都合上、公共交通機関の乗合馬車などが使えなかったが、自家用車があるなら、それも無視できる。


 もっとも、エキナは、今は独立傭兵を名乗っているから、馬車なり公共の車なり乗ることは無理ではない。だが、処刑人装備をいくつか持っているから、周りから敬遠される可能性は引き続きあった。

 そう考えるなら、個人の車があるのは、旅のスピードアップが図れる。事情がなければ、歓迎するところだが……。


「実に魅力的な話ではあるが……。こちらにも都合がある」

「なんじゃ、兄妹というのは嘘で、実は恋人同士だったり?」

「恋人!?」


 エキナがビックリした。そういうところ反応するのは意外だが、そもそも嘘をつくのは得意ではなさそうなイメージが彼女にはあるから、こうなのかもしれない。


「ち、違います! 恋人ではありません!」


 否定するエキナだが赤面していて、説得力にやや欠ける。こういうのはウブなのかもしれない。


 ――美人であるが、恋人とかいた印象もなかったしな。


 あまり人のことは言えないラトゥンだが、エキナに対してはそう思った。


「なんじゃ、兄妹が嘘という部分は否定せんのか」


 さて、どうしたものか――ラトゥンは頭をわずかにかしげる。暴食であるというのをこの場で言うのは論外。


 そもそもここは酒場。酒を飲み、戦勝で気が大きくなっている客でごった返している。音が洪水を起こしているとはいえ、誰が聞き耳を立てているかわかったものではない。間違っても、聖教会を襲っている、だとか、実は教会は悪魔の巣窟、なんて話ができようはずがない。

 そもそもギプス自身の信用度についても、まだわからない。真の事情を話して敵対しないとも限らないのだ。


「同行の件だが、他をあたれ。車があるのはいいことだが、俺たちには王都に行く以外にも行きたい場所がある。あんたがそれを知っているのなら、多少話は変わってくるが」


 どうせ知らないだろう――ラトゥンは、そちらの線から逸らすことにした。


「ほほぅ? 妙な言い回しをするんじゃのう。……お主らも場所を知らんのか?」

「そんなところだ。色々聞き込みをしているが、まだわかっていない」

「どこなんじゃ、行きたい場所というのは?」

「願いを叶える魔女のいるところ」


 それがどこかは、わからない。聞き込みをしているが、手がかりもない。ラトゥンが、悪魔から人間に戻る――その方法を求めて、魔女を頼ろうとしている。


「願いを叶える魔女……」

「知らんだろう? 伝説やお伽話扱いされる類いだ。本当にいるかどうかは――」

「……それなら、わしは知っておるぞ」


 ギプスはボソリと言った。周囲の喧噪に流れそうなほとの声だったが、ラトゥンは聞き逃さなかった。


「何だって?」

「お主の言うのは、十中八九、赤の魔女のことじゃろう。それなら、王都からは外れるが、グレゴリオ山脈……そこに、かの魔女の隠れ家がある」


 まさか、魔女の所在を知っていた。駄目もと以前に、断る口実探しの結果、大当たりを引いてしまったようで、ラトゥンは驚いてしまう。


「本当なのか?」

「嘘などつかんよ。……わしに何のメリットがある?」

「知っていると嘘をついて、俺たちと同行するとか」

「そーいう手もあるのか。いやいや、嘘がバレたら後ろから切られるじゃろ。そんな愚かなことはできんよ」


 ギプスは笑った。ラトゥンは考える。


「山脈ということは、登山が必要か?」

「いや、天辺まで行くことはない。むしろ山と山の間の谷じゃよ」


 谷か――ラトゥンは、どう行くべきかより深く考える。グレゴリオ山脈といえば、確かに王都からは外れるものの、バウークの町から北西方向にある。ちなみに王都は西寄りなので、山脈を経由するのは遠回りにはなるが、これまでの道中を引き返すことはない。


「ラトゥン」


 エキナが口を開いた。


「グレゴリオ山脈は広く、自然環境も厳しい場所だと聞いたことがあります。ガイドが必要だと思います」

「……」


 そのガイドを、ギプスに頼むと?――ラトゥンは、視線をドワーフに向けた。

 確かに、行ったことがない場所だから、ある程度聞いたところで、きちんと辿り着けるかは怪しい。何せ相手は、存在も眉唾ものの魔女。行けばわかる、なとどいう目立つところには住んでいないだろう。


「案内できるのか、ギプス?」

「……ここまで喋って、できませんはないわな。現地でガイドが……まあ、そもそもあんな物騒な土地を好き好んで、案内する奴もおらんだろう。わしが案内してやろう」

「つかぬ事を聞くが、あんたは魔女に直接会ったことがあるのか?」

「……いや、直接はない」


 ギプスの表情は曇った。


「だが、あと一歩というところまでは行った。じゃが、その時は番人ともいうべき化け物を倒すことができず、引き返した」


 とても悲しそうな顔をするギプスである。魔女の元へ行ったとして、他に仲間がいて失ったのだろうか――想像するラトゥンをよそに、エキナは単刀直入に訊いた。


「何があったんです?」

「昔の話じゃ。わしにも娘がいて……治療法のない奇病に冒された。それを治す方法の手掛かりを求めて、魔女を尋ねたが、辿り着けなかった……そういう話じゃよ」

「娘さんは?」

「死んだ。……わしの帰りを待たずにな」


 ギプスは自嘲する。周りが騒がしい中、ラトゥンとエキナは言葉もなかった。つらい過去を吐露し、それでも同行する引き換えに役立とういう彼の姿勢は、ラトゥンも認めざるを得なかった。


「俺たちは、魔女の元を目指す。それでも、いいんだな?」

「あぁ、お主さえよければ、わしも連れていってくれ」


 ギプスはぎこちなく笑うと、酒を一杯一気に呷った。

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