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第33話、独立傭兵の凱旋


 ゴブリン集団は、壊滅した。


 ゴブリン・ジェネラルを欠き、前線のホブゴブリンは、それぞれで判断を下さなくてはいけなかったが、ラトゥンたちに一方的に叩かれることになった。


「思いの外、上手く言ったな。……さすがだよ、ギプス」

「ふん……」


 煙を遮蔽や囮に使って分断し、機関銃で蜂の巣にする併せ技は、ホブゴブリンたちに戦況判断を難しくさせ、統制を失ったゴブリンたちは勝手に動き出し、さらに混乱を助長。右往左往、ギャアギャア言っている間に、四肢や頭を失ったゴブリンの死体が、バウークの町の外壁近くの平原に散らばった。


 当然ながら、射撃しまくっていたギプスはハイになり雄叫びや奇声を発していた。本人にどこまで自覚があるのか、黙っている時の彼とはまるで印象が違う。


 中央が攻撃を受けて、どうも劣勢らしいと見て取ったゴブリンの包囲部隊が救援に来たが、それもギプスの機関銃の射線の前に飛び出す格好になり、平原を臭い血で染めるたけに終わった。

 それでも、森を経由して回り込んでくる少数のゴブリンもいた。


「エキナもよくやった」

「いえ……」


 機関銃に近づくゴブリンは、エキナがもれなく首を狩った。おかげで敵はギプスには近づけなかった。

 ラトゥンは、左手から煙を吐き出しつつ、時に陽動をかねて、場所を変えつつ、機関銃から逃れた運のいいゴブリンを倒した。

 ちなみにこの煙は、以前、暴食が取り込んだ魔術師の魔法である。


 喰らった能力は多々あれど、実際の効果については結構バラつきがあるのが難点だ。喰った相手の実力の高低や、希少なもの、取り込みが上手くいかなかったものなど様々である。


 ラトゥンも、すべてを把握しているわけではないが、時々思いついたように取り込んだ能力を思い出すことがある。今回の煙も、バウークの町の煙突から流れる煙がヒントになっていた。

 結果、ゴブリン集団は、機関銃から逃れた者――トータルで数十体くらい以外は、血と肉の塊となって散った。


 集団を統率する上位ゴブリンもなく、まさしく敗残兵となったゴブリンだが、本来ならきちんとトドメを刺すべく掃討すべきである。


 が、ラトゥンはそれをしなかった。今回の依頼は、ゴブリンから町を守ること。敵の攻撃は頓挫し、逃走したことで、その条件は満たした。残敵掃討は、町のハンターギルドが仕事をするだろう。


「彼らにも仕事を残してやらないとな」

「かなりの根に持ってますね……」


 エキナが苦笑している。ラトゥンは、バウークの町のハンターギルドでの、職業差別を忘れてはいない。

 職業が被るから、ライバルを疎んじるのはわかるが、それで働いた分の代価を下げる行為は、命を懸ける職業を馬鹿にしている。事前との約束と違う、いわば嘘をつかれたわけだから、根に持って当然である。


 むしろ、その程度で済んでよかったと思うべきだ。傭兵を騙したら、雇用主は命がないものだ。

 戦いが終盤になって、バウークの町の閉ざされていた門が開き、ハンターたちが出てきて、まだ前線に残っているゴブリンを討っていた。


 おそらく逃げたゴブリンの追跡は――もうすぐ夜なので、今日は追わないと思われる。門が開いているのを幸い、ラトゥンたちは町に戻った。


 ドワーフ兵の一団がそれに気づくと、武器を掲げて歓声を上げた。町を守ったことへの感謝だろうか。防戦に加わるボランティアたちも、同様に拍手したり、お礼の言葉を投げてくる。

 エキナはいちいち反応し返していた。無反応は失礼とでも考えているのだろう。ラトゥンがギプスを見ると、お互い小さく肩をすくめた。


 ハンターギルドのギルマスとスタッフたちが何人か立っていた。しかしラトゥンは無視した。今回は、彼らと関係がない。領主の依頼だから話すことがないのだ。

 そのまま領主の館に行けば……。


「ギプスさんも来るんですか?」

「ん? ああ」


 エキナの問いに、ドワーフの銃手は曖昧な返事をした。ハンターギルドに戻らないのか、とラトゥンは思ったが、あまりそちらも仲がよくなさそうだったのを思い出して何も言わなかった。


「お持ちしておりました」


 領主に仕える従者の青年が快く出迎えた。そのまま領主の部屋に通されれば、何やらお着替えの途中だった。


「おおう、ご苦労だったな、独立傭兵。……ん? これか?」


 聞けば、領主も鎧を着込み、外壁で防戦の指揮を執るつもりだったらしい。ゴブリンは夜に攻めてくるとふんで、準備をしていたのだ。


「貴様たちの働きのおかげで、準備も無駄になった。が、貴様を雇って正解だったな。町に被害は出なかった! これは大きい!」


 領主はご機嫌だった。ラトゥンたちがいなければ、今頃、町は防戦の真っ最中。領主もまた、いつ寝れるかわからない戦場に身を置いていただろう。


「報酬は充分に出す。よくやってくれた!」


 依頼は達成だ。これで当分、旅費を気にしなくても済むだろう。



  ・  ・  ・



「で、しれっとついてきているが……」


 町の酒場。戦勝に沸く住民たちから奢られるラトゥンたち。周りが喜び、騒ぎになったのも落ち着いて、ラトゥンとエキナは丸テーブルを挟んで同席しているドワーフのギプスと向き合った。


「いいのか、こっちで」

「いいんじゃ。……同業からは避けられとるからのぅ」


 ギプスは髭をいじりながら、エールを呷った。まるで酒が水のように飲まれていく。


「お主ら、旅をしとるんだろう? どこまで行くんだ?」

「……王都を目指している」


 何故話さねばならない、とラトゥンは思ったが、酒の席での会話の定番ネタなノリだったから、ありのまま告げた。変に隠すと余計に突っ込まれるというやつだ。


「ほう、王都ねぇ……。そこを拠点に独立傭兵か?」

「そんなところだ」

「そうか……」


 ギプスは考え深げな目で宙を見ながら呟いた。エキナがちびちびと酒を口にする。


「どうかされたのですか、ギプスさん?」

「ん? ……うん」


 言いづらいのか、ギプスの視線が泳ぐ。ラトゥンならこういう場面はそのまま流すのだが、エキナは『いい貴族令嬢』の癖が出た。


「何かお悩みのようですけど、聞きましょうか?」

「今日、お主らと一緒に仕事をしたんじゃ。……それでな、独立傭兵も悪くない、かな、と思った」


 ギプスは、かなり遠慮がちだった。ドワーフは豪胆な者が多いという印象だが、どうやらギプスはそういう印象とは違うタイプかもしれない。


「ハンターは楽だぞ」


 ラトゥンは、ツマミの日干し肉の欠片を頬ばる。


「仕事探しも雑務も、全部ギルドがやってくれるからな。独立傭兵は自分たちでやらなきゃいけないから、大変なんだ」


 マネージメント力や交渉力、それに伴う知識が必要、ただ戦えるセンスだけでは駄目である。


「独立ではなく傭兵団に所属すれば、その点は役割分担ができるがな。独立は駄目だ」


 ハンターでいられるのなら、そのままの方がいいというのがラトゥンの意見。事情があってハンターができない者が、独立傭兵になるのだ。


「ただまあ、物は経験。ちょっとやってみるのもいいんじゃないか。人生はそれぞれだし」


 やってみて合う合わないがわかるというものだ。ラトゥンの言葉に、ギプスは顔を上げた。


「じゃあ、お主らとしばらく行動をしてもいいか?」

「駄目だ」


 ラトゥンは即答だった。

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