旅費稼ぎの仕事を引き受けたら、思わぬ形で悪魔の企みと遭遇した。
悪魔の巣窟である聖教会の得になることは、全部ぶち壊したいラトゥンにとっては、思いがけず復讐を実行できる機会となって、気分がよかった。
ラトゥンとエキナは、ほぼ二人でゴブリン集団の本営を掃除してしまった。設営中のところを静かに襲撃したということもあるが、敵がいると思わずまったく油断していた上位ゴブリンたちは各個撃破されてしまったのだ。
その過程で、指揮官のゴブリン・ジェネラルと彼らを操っていた悪魔も仕留め、バウークの町を襲おうとするゴブリン集団の頭は潰れた。
残りは前線のゴブリンの退治である。さっさとゴブリンどもを片付けよう。聖教会と神殿騎士団の茶番に付き合うのも馬鹿らしい。
日は傾きつつあった。夕暮れ以降に、積極的活動を行うゴブリン。彼らは一つの軍隊のように整列し、バウークの町を取り囲んでいた。
ラトゥン、エキナ、ギプスは、そんなゴブリンの群れの後方に回り込んだ。
「ずいぶんとお行儀がよい連中じゃ」
ギプスが機関銃を手に、そう皮肉った。エキナは口を開く。
「おそらく、ところどころにいるホブゴブリンのせいじゃないですか」
小隊長、あるいは中隊長格と言ったところか。ゴブリンが行儀がいいのは、上位のホブゴブリンが睨みを利かせているからだろう。
「さあて、獲物には困らんが、さすがにこれだけおると、こっちへ向かってきたら、防ぎきれないんじゃないか?」
「手は考えてある」
ラトゥンは力強く告げた。
「俺が魔法で煙をばらまく。奴らに半分かかるくらいの煙をな。ゴブリンたちが何の煙かと訝っているところに、あんたの機関銃が薙ぎ払うって寸法だ」
「煙かぁ……」
ギプスは目を回して見せた。
「敵が見にくいと、当てづらいんだよなぁ。……そんな魔法があるのか」
「その機関銃の連射力なら、だいたい位置がわかっていれば、煙で見えなくても当たるだろう」
「まあ、確かにな。言うほど簡単ではないが……」
「あんたの腕を信用している」
「ほっ、そいつはどうも」
鼻の頭を指でひとかきするギプス。エキナが首をかしげた。
「撃ちまくるのはいいですけど、弾は大丈夫ですか、ギプスさん?」
「おう、心配ない。こいつは魔力式銃じゃ。この銃についている弾薬袋があるじゃろ? そこに魔力を通すと弾が作られて、機関銃本体に装填される仕組みじゃ」
「そうなんですか! それは凄い」
エキナはそう反応したが、何が凄いのかラトゥンには、よくわからなかった。ただ弾切れで撃てないという心配はしなくてよさそうというくらいはわかった。そう考えると、やはり凄いのか、と思い直す。
世の中にはそういうものもあるのだ、と納得するラトゥン。それがどれだけ特別なチートであることかわかっていないのである。
「よし、それじゃあ始めるぞ。煙を抜けて向かってくる奴は当然撃ち殺していいからな。あんたの射線には味方はいない。遠慮しなくていいからな」
「おう、そういうのを待っとったわい!」
ギプスが機関銃のバイポッド――固定脚を伸ばすと、地面に腹這いになり、射撃姿勢をとった。二脚によって機関銃の射撃姿勢は安し、より連射しやすく、命中精度もあげられる。
そして宴は始まった。
・ ・ ・
『攻撃命令はまだか!』
前線のホブゴブリンは、思わず声に出した。
予定ではとうにバウークの町に攻撃を開始している頃合になる。しかし本営からの命令が来ないため、中隊長であるホブゴブリンは渋い顔になるのだ。
整列させているゴブリンどもも、だいぶ落ち着きをなくしている。もともとお行儀よさとは無縁のゴブリンだから、並べるだけでもかなりの手間だったりする。
『もう、こっちで突撃命令を出すか!』
そう言ったら、近くに並んでいるゴブリンたちが、手にする棍棒やショートソードなどを掲げて、賛意を示した。早く動きたくてウズウズしているのだ。
『バカ者どもめ! もう少し待てい!』
そう怒鳴りつけ、ホブゴブリンは視線を、町の外壁に戻した。
その時だった。ドドドッ、と人間やドワーフが使う銃という武器の発砲音が連続して響いた。
『……何だ?』
音が後ろから聞こえるような。敵は正面のはずだが――
バキッ。
『ギャッ!?』
骨が砕けるような音と、汁たっぷりの木の実が裂けるような音が連続した。何事かと見れば、ゴブリンたちが次々に倒れ――
『むっ、なんだ、この煙は!?』
視界に真っ白い煙がよぎった。ゴブリンが撃たれているのも衝撃だが、視界を覆う勢いで煙が迫っていることに、まずビックリしてしまった。
そうしている間にゴブリンが撃たれる。煙の中から悲鳴が上がり、動揺したゴブリンが何が起きているのか見定め、どう対応しようか考えている間に、その脳髄、あるいは胴を貫かれ、四肢を吹き飛ばされた。
『くそっ、敵だ!』
ホブゴブリンは叫ぶ。後ろから流れてきた白煙。本来、味方の本営がある方向であり、敵などあり得ないのだが、現実にどうも後ろから撃たれている。
『うし――』
バッ、とホブゴブリンの胸甲を、鋭い塊が貫き、胸から血液が吹き出した。言葉が途切れ、衝撃で地面に倒れ込む。
撃たれたホブゴブリンは、立ち上がろうとするが、心臓を撃ち抜かれ、そのまま力を失い、命も消えた。
統率する隊長役のホブゴブリンを失ったことで、より知能の低いゴブリンたちはさらに混乱する。身の危険を感じて、その場にしゃがむ者、どこから攻撃がきているのかわからず、煙の中をグルグルと見渡す者、敵がいるかわからないまま一方向を見やり、威嚇の咆哮をあげる者、逃げ出す者、手足をばたつかせて煙から出る者などなど。
そしてそれら例外なく、機関銃弾が、フルーツを撃ち抜くようにゴブリンの体を四散させていく。
・ ・ ・
その光景は、バウークの町の外壁からも見えていた。
機関銃独特の連射音は、外壁の上のドワーフ兵たちに反応させ、ついで上がった敵前衛の後ろの白煙は、ハンター含め、その場にいた者たちの視線を集めた。
「何だ? 何があった!?」
「ありゃあ、ギプスの機関銃だ! 野郎、おっ始めやがったか!?」
動揺が広がる。
「しかも外で戦っているのか!?」
「あの煙は何だ?」
ゴブリンの列から、バタバタと倒れる者が続出し、後方から銃撃を食らっているのがわかる。しかし当のゴブリンは、広がる煙に気をとられて、右往左往をはじめ、そして倒れていった。
ハンターのハルスは、遠くを見やり、煙の向こうから撃っているだろう機関銃を探した。
「背後からの奇襲は、あわよくば敵を壊乱させることができるが……。少数の攻撃じゃあ、数に押された反撃で逆にやられてしまうものだが……」
普通に考えれば無謀だ。自殺行為に等しい。だが煙を上手く囮に使うことで、数の少なさを誤魔化しつつ、敵の注意を分散させていた。
しかもギプスの機関銃は速射に優れており、射線には敵しかいないから味方への誤射を気にすることなく撃ちまくれる。
「ちくしょう……。あいつら機関銃と煙だけで、ゴブリンの大群を一層してしまうんじゃないか……?」