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第30話、ゴブリン陣地


 外壁を下り、バウークの町から抜け出したラトゥン、エキナ、ギプスは、ゴブリンの集団が向かってくる正面を避け、回り込めるように森へと突っ込んだ。


「まずは、敵の背後に迂回する」


 ラトゥンは告げた。ギプスは機関銃を担ぎながら、ひいこら言いながら続く。


「それで、わしはこいつで撃ちまくれるんだろうな?」

「もちろんだ。だが、まずは敵のリーダーを潰す。あんたがゴブリンの屠殺場を作るのはその後だ――伏せろ!」


 低い声を出しつつラトゥンは近くの茂みの裏に隠れる。エキナ、ギプスも手近な遮蔽に身を潜める。


 ややして、草を踏みしめ、かきわける音がいくつもしてきて、汚臭がしてきた。ゴブリンの団体が、森を通過しているのだ。

 正面だけでなく、包囲するように展開するつもりなのだろう。移動するゴブリンに気づかれないよう息を潜め、様子を窺うラトゥン。結構な数のゴブリンが通過した後、他にいないか確かめ、ラトゥンは二人に前進の指示を出した。


 迂回をすることしばし、ゴブリン集団の後方にようやく辿り着く。


「……いかにもボスっぽいな」

「ホブゴブリンばかりですね」


 茂みから覗くエキナは言った。ゴブリンの上位種のホブゴブリン。通常のゴブリンに比べ、体格に優れ、人間の成人男性に劣らない体と力を持っている。


「キャンプの時はいなかったが……こいつらが控えていたんだな」


 嫌な予感がしてきた。討伐部隊が一つ巣を潰したと言っていたが、本当にもう一つ別の巣が近くにあったパターンではないかと思えてくる。とにかく、ハンターギルドが巣をやったというのは、考えないほうがよさそうだった。


「……ラトゥン、どうしました?」


 エキナが問うてきた、ラトゥンは茂みの奥に引っ込む。


「俺は、このゴブリンの集団は、人間・ドワーフ勢力との遭遇から争いになったと思っていたんだが……」

「違うんですか? 巣をやられた報復では?」

「どうも、それが怪しくなってきた」

「どういうことじゃ?」


 ギプスも問う。ラトゥンは、ハンターだった頃の経験、そして勘から首を振った。


「出来過ぎている気がするんだ。ハンターギルドは討伐部隊を送り、目論見通り巣を潰した。だけど、巣はもう一つあって、そこからゴブリンが大挙押し寄せてきた。……何かおかしくないか?」

「おかしいか?」


 首をかしげるギプス。


「ゴブリンが自分たちの巣を拡張が追いつかなくて、近くに別の巣を作るのは、割とある話だ。そうやってゴブリンが増えまくると、巣の群生地帯になって一つの王国みたいになるというぞ?」

「それはそうだが、それにしては、襲われていなかったはずの巣の報復が早過ぎないか?」

「つまり……?」

「討伐部隊が片方の巣を攻撃している最中に、もう片方の巣の連中は、討伐部隊のキャンプの方へ襲撃してきた。……まるで最初から、そういう作戦だったように」

「いやいや、そんな……」


 ギプスは自身の髭に手を触れつつ、思案顔になる。


「ゴブリンじゃぞ? いくら狡賢いヤツらといえど、そんな高度な作戦を考えるオツムはないはずじゃ」

「高度な頭脳を持ちつつ、ゴブリンを統率するならゴブリン・ジェネラル、あるいはキングがいるか。あるいは、他の何かがこの騒動を扇動している」


 ラトゥンの言葉に、ギプスは茂みからこっそり、ゴブリン集団の後方を見る。


「ホブに、あれは……シャーマンか? しかし将軍や王は見当たらないんじゃが……」

「扇動しているというのは?」


 エキナが聞いた。


「ゴブリン以外の何か、ですか?」

「その場合は……大抵、悪魔が絡んでいるものだが」

「おい、悪魔って、アレか?」


 ギプスがそれに気づいた。ラトゥンもその背中の上から様子を見れば、翼を持つ醜悪な悪魔が、ホブゴブリンとゴブリン・シャーマンらに何事か告げていた。


「このゴブリン騒動、裏に悪魔がおったのか……!」

「……らしいな」


 知恵を授けた、つまり裏で糸を引く者がいたなら、この不可解なゴブリンの流れにも一応の納得はできる。

 しかし、それはそれでわからない。聖教会があって、そこも悪魔たちが拠点にしているのに、その町を悪魔が誘導してゴブリンに襲わせる意味があるのか。


「独立悪魔か? それとも、何かバウークの町を攻撃する理由があるのか……?」


 先にバウークの町の教会を叩いたのは失敗だったかもしれない。あれを後回しにしておけば、今回のゴブリン騒動で聖教会がどう対応するか見ることができた。


 ――そういえば、今回のゴブリン騒動の話が出た時、聖教会は動かなかったって聞いたな。


 情報収集の際に聞いた話では、暴食を追って戦力が足りない云々……。これは怪しい。


 ――まあ、いまさら言っても仕方がない。


 今は目の前の敵をやっつけよう。


「おい、小僧。ヤツら、ここに陣を構えるようじゃぞ」

「小僧とは俺のことか?」


 不満げに言いつつ、再度様子を見れば、ホブゴブリンたちが棒と布切れで粗末な天幕のようなものを設置し始めた。

 頃合いとしてはそろそろ昼。彼らは、暗がりで強いところがあるから、日中の一番明るく暑くなる時間は、休息しようというのだろう。この分だと、町への攻撃は黄昏時から夜にかけて行われそうだ。


「前線はゴブリンに任せて、自分たちは後方でふんぞり返るか」


 鼻をならすギプスである。


「出番が来るまで体力を温存しようということだろうよ」


 強固な外壁を持つ町を攻略するとなると、一日二日では終わらない可能性が高い。防御の隙間を見つけられたら、あっという間に終わるかもしれないが、そうでなければ外壁を挟んで、激しい攻防が展開される。


「しめた。奴らが天幕を作っている間に、始末していこう。俺とエキナで、陣地に近づく」


 ラトゥンは、ギプスを見た。


「あんたは、ここで待機してくれ。騒ぎになったらここから援護。俺たちが撤収する時も援護してくれ」

「なんじゃ、撃ちまくっていいんじゃないのか?」


 不満そうな顔になるギプスである。話が違うと言わんばかりだ。


「頭を潰したら、って言ったろ?」


 心配しなくても、嫌でも機関銃を撃ちまくってもらうから、それまで温存してもらう。

 あの悪魔が何者で、何を企んでいるかはわからないが、ホブやシャーマン退治のついでに捕まえられるかどうか……。


「行くぞ」

「はい!」


 ラトゥンとエキナは茂みをゆっくりと抜け、できるだけ隠れられるよう静かに移動する。

 町とは正反対の方向に対する警戒は、疎かであり、後ろを見ていたのは、ホブゴブリンがたった一人のみ。それ以外は、天幕や食事作りにかかっていた。


 極力視界の死角に入るように近づき――エキナが、見張りのホブゴブリンをロープで吊った。

 勢いよく宙へ引っ張られた衝撃で首が圧迫され、太いホブゴブリンは一瞬、意識を失った。


 その隙に、ラトゥンはキャンプに入り込み、何食わぬ顔で歩くと、作業で背中を向けているホブゴブリンに近づき、暗黒剣で一閃した。


 エキナもまた、吊って気絶した見張りを下ろすと、処刑人の剣でその首を刎ねた。

 二人の静かな、ゴブリン殺戮が始まった。

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