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第29話、依頼は受けたが……


 町をゴブリンから守る。依頼文を見れば、実にシンプルだ。


「さて、どうしたものか」


 ラトゥンは考える。領主の館を出て、エキナと町中を歩く。


「町のガード連中は、外壁の守りを固めるって話だ」

「籠城策ですね」


 エキナは頷いた。


「ゴブリンは数が多いですから。要塞にこもって戦ったほうが少数でも多数の敵を相手にできます」

「いくら敵より少なくても立ち回れると言ったって、物量の差には限界がある」


 攻城戦の定義では、同レベルの敵ならば、三倍の兵力があれば城を落とせるとされる。もちろん、これは人間同士の戦いということだから、ゴブリンではその数も変わる。体格に劣り、装備にも劣る。だが数は多い。


「正直、こちらはゴブリンがどれくらいいるのか総数がわからない。思ったより多く残っていた、多い多いと聞くが、実際どうなのか」

「……」

「ハンターギルドはまあ、当面はガードと協力して籠城。敵の数を減らしたところで、打って出て掃討する……というのが定石だろう」


 外壁の上から、弓や銃、魔法などで狙い撃ちし、ゴブリンを一方的に攻撃しようとするだろう。

 もっとも、ゴブリンだってタダでやられるわけではない。粗末ながら弓矢を使うし、数の利を活かして、梯子などを使って外壁を登ろうとするに違いない。


「外壁上で攻防。守りきるか、突破されるか……それで町の命運が決まる」


 防壁を突破されれば、ゴブリンが町に雪崩れ込んで、大きな被害は免れない。小癪なゴブリンのことだから、外壁を登ると見せかけて、壁の隙間を探すとか、穴を掘って地下から来る可能性も捨てがたい。


「ガードやハンターと同じことをしていると、いざ突破された時、俺たちも心中する羽目になるからな」

「では、どうするのですか、ラトゥン?」

「……打って出る」


 町の外で戦う。その言葉に、エキナを目を丸くした。


「正気ですか?」

「もちろん、真正面からは行かないさ」


 どうしてよそ者で、仕事でなければ参加しなかった戦いで、他の者たちより前で危険な役割をする必要があるのか。


「ゴブリンは町にかかりっきりとなるだろう。その間に、後ろに回り込んでやっつけていこうという考えさ」


 それで、ゴブリンの集団を束ねるリーダーを見つけて、それを始末する。


「数が多いにも関わらず、統率がとれているのは、リーダーがいるということだ。そいつを叩けば、集団は瓦解する」


「指揮官を叩けば、統率が取れなくなる」

「集団をひっくり返すには、それしかないだろう」


 ラトゥンはそこで、天を仰ぐ。


「ただ、俺たちだけでは、ちょっと手が足らない。助っ人を引き入れようと思っているんだが……」

「助っ人、ですか?」


 微妙な表情になるエキナだが、ラトゥンは考えにふけり気づかない。


「だが、もう後一押しのアイデアが欲しい。ただ敵のケツを蹴飛ばすだけでは、足りないから、何か……」


 片目を瞑るラトゥン。町中にそびえる巨大な煙突、そこから流れる煙をじっと眺める。


「……ラトゥン?」

「いけるかもしれない」


 ラトゥンは口元を笑みの形に歪めた。


「やれそうだ」



  ・  ・  ・



「――で、わしをスカウトだと?」


 ギプスは怪訝な顔になった。町の外壁の上、しかし敵が来るだろう正面ではない場所に機関銃使いのドワーフはいた。


「あんたの機関銃とその腕を見込んで、俺たちを手伝ってくれ。ここにいるより、敵を撃ちまくれることを約束しよう」


 あのキャンプ防衛戦での、ギプスの奇声とイカれた表情は忘れられない。さながら戦闘中毒にやられている。だからゴブリンを撃ちまくれると聞いたら、嬉々として協力してくれると思ったのだが――


「ここからの方が、安全に撃ちまくれるぞ」

「しかし、あんたの機関銃を最大限に活かせる場所ではないな。俺だったら、あんたをこんな端っこに置かない」


 おそらく、ギプスは周囲のハンターたちからも避けられている。バトルジャンキーぶりから危うさを感じて、近づきたくないといったところだろう。味方もろとも撃ちそう、とか、殺しを楽しんでいるなど、とかく悪い印象をもたれているに違いない。


 ハンターだった頃の経験、独立傭兵としての経験が、短い付き合いながらも、ラトゥンにギプスと周りの関係をそう思わせた。


 本来、先の討伐はこうならないように巣とゴブリンを壊滅させるはずだった。だが攻撃は中途半端だったのだろう。それで激昂したゴブリンが報復に出てきた。これはハンターギルドの偵察不足が原因で、戦力の見積もりの甘さが招いた事態だ。ラトゥンたちや、町の守備隊は、その尻拭いをさせられるわけである。


「俺は、ハンターギルドの巻き添えはごめんだ。あんたはどうだ?」

「……フン、まあ、わしを正面に置かなかったギルドの連中のツケを支払うのも馬鹿らしいからの。……いいじゃろ、お前の話に乗ってやる」


 ギプスは立ち上がった。相棒の機関銃を担ぎ、ラトゥンに言う。


「で、ガードが言うには、もうじきゴブリンどもが来る。町を出るなら、早いほうがいいぞ」

「わかっている。だから、ここから飛び降りる」

「は? 冗談じゃろ」


 ギプスは外壁を見下ろした。


「十メートルはあるぞ。お前らはともかく、ドワーフにこの高さは――」

「大丈夫。あんたはロープで固定して、そっと下ろしてやるから。……エキナ」

「はい、お兄様」


 事情を知らないギプスの前では、兄妹設定を使うつもりらしいエキナである。


「ちょちょちょ、本気か? おい――マジかぁ」


 ギプスは、ロープを見て、諦めたようにため息をついた。ドワーフの太い腰にロープをかけて、外壁の上から吊り下げる。


「わしは重いが、お前たちで支えられるのか!? 大丈夫なんだよな!?」

「心配するな。こう見えて力はあるぞ」


 化けてはいるとはいえ、ラトゥンは暴食の悪魔。その身体能力は人間のそれとは違う。もちろん筋力も桁が違う。


「あ、お兄様、心配いらないですよ。このロープにかかっている限り、わたしの力でどうとでもなりますから」


 エキナはにっこりそう言った。このロープは彼女の処刑術が作り出した魔法のようなもの。絞首刑や拷問などで用いるロープの長さの調整や、時に対象を処刑人自ら引くこともあるゆえ、力加減も調整がきく。


 ドワーフを下ろしたら、ラトゥンとエキナの番だが、二人はそのまま飛び降りた。これで町の外である。

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