討伐部隊が倒した以外にもゴブリンがまだ大量に残っていた。
バウークの町の守備隊は、敵の襲来に備えて守りを固める。そしてまだ仕事半ばのハンターギルドに再度の出動を要請した。
消耗から回復しきっていないハンターギルドであるが、ラトゥンには関係ない。エキナと共に、ギルドフロアから出ようとしたら、ドワーフ兵に止められた。
「待て。町のハンターは防衛戦に参加してもらう。我々ガードの許可なく、出ることは許されん」
騎士のような出で立ちの指揮官ドワーフが、もっさり顎髭を撫でつけながら言った。この事態を招いたのがハンターにあるように、睨みつけてくるが――
「それなら、俺には関係ない。俺と相棒は独立傭兵だ。ハンターじゃない」
「独立傭兵……。それは失礼した。……町の防衛に加わってはくれないのか?」
「報酬次第、というところだが――」
ラトゥンは、ちら、とギルド長を睨んだ。
「ここのハンターギルド、独立傭兵はハンターの半分しか報酬を出さないという決まりがあるそうだ。……そんな安い仕事で命を張れない」
「……」
指揮官ドワーフもまた、ハンターギルドのマスターを睨む。ラトゥンは続けた。
「あと、ギルマスからは、二度と来るなと言われたんでな。頼まれたってハンターの仕事はしない。恨むなら、つまらないローカルルールで俺たちを馬鹿にするギルドを恨んでくれ」
それにこちらは、領主の暴食探しの依頼もやらねばならない。ということで、ハンターではないラトゥンとエキナは、ギルドを出て、さらに殺気立っている町中を歩いた。
「……まあ、探しても暴食は見つかるはずがないんだけど」
ラトゥンは呟く。
店は固く閉ざされ、武装した兵や雑務にかり出されたとおぼしき民しか見当たらない。時々怪訝そうな視線を向けられたが、皆忙しいのか声をかけてくることはなかった。
「ラトゥンは、どう思います?」
エキナが声をかけてきた。
「何がだ?」
「この町です。ゴブリンの攻撃に対して、耐えられるでしょうか?」
「……そうだな」
足を止めて、グルリと周囲を見回す。そこそこ高い外壁に囲まれた町。煙突から流れる煙は、昨日より心なしか少なく見える。
「キャンプではそこそこ逃げていくゴブリンを見たし、あれが全てではないだろうから、危機感を抱くほどは、まだ敵が残っていると見ていいだろう」
そうでなければ、町のガードたちがああも慌てて守りを固めたりしない。ハンターの討伐部隊は、きちんと巣を始末したのかと疑いたくなるレベルだが、おそらくゴブリンのこと、まだ他に巣があるほどの大規模集団だったかもしれない。
「とはいえ、ゴブリンがこの町の外壁を突破できるとは思えない。籠城すれば、少なくとも町は守られる……と思いたいが」
「思いたいが……何です?」
「ゴブリンは狡賢いからな」
ラトゥンは眉間にしわを寄せた。
「どこか抜け穴を見つけて、入り込み、仲間を引き入れるかもしれない。油断は禁物ということだ」
俺たちに関係ないことだが――ラトゥンは言いかけ、ちらをエキナを見れば、彼女は若干の苦悩を滲ませた顔をして、何か考えていた。
――本当、仮面がないとわかりやすいな。
おそらく、故郷が滅ぼされた時のことを思い出し、この町を守れないものか考えているのだろう。赤の他人とはいえ、民が悲惨な目に遭うのは見たくないというところか。
「エキナ」
「あ、はい!」
物思いから引き戻されるエキナ。ラトゥンは歩き出す。
「領主のところへ行くぞ。暴食はいませんでしたと報告する」
「いいんですか? 町全体を見回っていないですけど」
「いないことがわかっているからな。町を出るのに、依頼を抱えたままだと逃げたと思われるからな」
「……そうですね。町が、こんな状況ですし」
エキナは、そっと視線を逸らして、街並みを見やる。言いたいことがあるが、言えない、我慢する、という横顔に見えた。お優しい彼女のこと、町を守るのに手を貸すべき、というところだろう。
「そう、こんな状況だ」
ラトゥンは前を向いた。
「領主に依頼報告をしたら……新しい依頼が来るだろう。ゴブリン退治に協力してくれってな」
「!」
「領主ってのは、そういうものだろう?」
「……はい!」
打って変わってエキナの顔が綻んだ。まだ受けるとは言っていないが。
――わかりやすい。
・ ・ ・
領主の館に行き、暴食捜索依頼を出してきた領主に『暴食』はいないと報告した。
「……いささか、報告に来るのが早いんじゃないか?」
「暴食が出たら、俺を殺してもいい。それだけ確実な話だ」
「ふむ……。その言葉、忘れるなよ」
相変わらず高そうな服をまとう中年領主は、従者の青年に合図を報酬を用意させた。
「もし貴様の言葉が嘘だったら、ごまんと懸賞金をかけて、地の果てまで追いかけてやる」
「信用しろとは言わないが、天地がひっくり返っても、当面は暴食は現れないさ」
「当面とは……?」
「言ったろう? 暴食は悪魔を喰って回っていると。……また聖教会が人に化けた悪魔を送り込んできたら、もしかしたら現れるかもしれないぜ?」
「……」
領主は押し黙る。それとなく聖教会を疑え、と臭わせたが、果たしてどこまで対応できるやら。
この国では聖教会の権威は高い。民の大半が信仰し、関わりが強い分、疑うというのは難しくはある。日常生活においても、祝日の礼拝やらお祈りで教会に通うのも珍しくない。
「ところで、独立傭兵。貴様は、これからどうするのだ?」
「どうするって? それがあんたに関係あるのか?」
「……単刀直入に言おう。ゴブリンに町が襲われようとしている。防衛に協力する気はあるか?」
「俺たちは独立傭兵だ。払うものを払ってくれるなら、やるぞ」
ラトゥンは、領主を睨むように見えた。
「ただ、安い仕事はしない。ハンターギルドからは二度と来るなと言われているしな。連中とお手々繋いでってのは協力しかねる」
「報酬は、こちらで出す。それでどうだ?」
「いいだろう。報酬は弾んでくれよ。……安い仕事はしない主義だからな」
念押ししつつ、思った通り、ゴブリン退治の依頼を受けることになるラトゥンだった。