ハンターギルドのフロアに緊張が走る。ラトゥンとエキナは、件のドワーフスタッフに歩み寄る。
「独立傭兵を金で丸めこもうというなら、大金を積むものだが、契約にあたってそれを履行しない雇い主には、きちんと報酬を要求する権利ってものがある」
ラトゥンはその場でくるりと周り、剣呑さを感じ動こうとするハンターたちを牽制した。
「これは俺たちと、ギルドの報酬不払いに関する個人的な話だ。部外者は首を突っ込まないでくれ。お前たちもきちんと報酬が支払われなければ怒るだろう?」
それを聞いて、地元ハンターたちの動きが止まる。ギルドの不払いに関しては、個々のハンターたちには関係がない話である。
先ほどギプスは、このドワーフスタッフがケチと言っていたから、お金勘定に関しては地元民たちも口出しをしないとラトゥンは見た。ケチということは、そのことでトラブルか、それになりかけたハンターも何人もいると予想したからだ。
一言牽制したラトゥンは、ドワーフスタッフを見下ろす。
「払ってくれよ。契約を守らないギルドとして、バウーク・ハンターギルドの名前がよそに知れ渡るのは、あんたも本意じゃないだろう?」
「わしを脅すつもりか!?」
「脅すも何も、事実だろう? 独立傭兵だからといって、半額だと後出しで難癖をつける嘘つき、卑怯者がいるギルドというのは」
「傭兵半額は、本当にあるこのギルドのルールで――」
「あんたは! 他ハンターと同じ金額を払うと約束した!」
ドン、と床を踏みしめる。
「事前に半額になるという説明をしなかったのは、ギルドの落ち度だろう? 契約前に説明が不足であったなら、その埋め合わせをするのが筋ってものだ」
ラトゥンは、ドワーフスタッフに顔を近づけた。
「いいかな? 俺たちは弁償しろとか、倍額を出せと言っているんじゃない。本来貰うはずだったものを貰えればそれでいいんだ。……この要求は不当か? 教会や商業ギルドに話を持っていっても、払うべきものを払っていないあんたの味方をしてくれる奴は、いないぜ?」
「ぐぬぅ……」
ぐうの音も出ないようだった。日頃、常習的に独立傭兵を嫌っているから、いざそれを前にした時に、相手がどうとか考えず自分の思い込みでやったのだろう。
自分たちで勝手に歪めた独立傭兵像で、悪く言われたり八つ当たりされるのもたまったものではないが、ここは社会のルールをきちんと教育してやろう。
「よしわかった。あんたが、約束を守らず、報酬満額出さないのであれば、神の名のもとに裁きを下すしかない」
「な、何を――」
「あんた、名前は? ……コーレだったか?」
先ほどギプスが言っていた。
「コーレ、あんたは、独立傭兵だからというつまらないローカルルールのもと、人を騙した。事前説明を欠いた上でのこれは、詐欺罪にあたる。いいか、詐欺罪だ。犯罪なんだよ」
それを聞いたエキナから、いいしれぬ空気が漂う。一瞬、場の空気が冷え込んだのを感じたのは、ラトゥンだけではなかった。数人のハンターも、何故か身震いした。
「汝、ドワーフのコーレ。詐欺を働いたあんたは、罰を受ける。犯罪者は裁かれるものだ」
「いやいや、詐欺なんて、わしは、しとらんぞ!」
「あんたはそのつもりがなくても、詐欺なんだよ、これは。知らなければ罪に問われないと思ったか? 世の中、そんなに甘くない」
ラトゥンは、指先をくるくると回した。
「聖教会に告訴しよう。……いや、今、この町の教会に神父様はいなかったな、そういえば」
「いや、いやいや告訴って、正気か!?」
「罪からは逃れられないんだよ、詐欺師のコーレ。だが俺たちは寛大だ。正しく払われるはずだった金額をもらえれば、告訴もしないし今回の件は水に流そう。……なに、慰謝料も要求しないから安心してくれ」
「断ったら? このギルドのルールが――」
「そんなローカルルールが通用するわけがないだろう!」
寛大に譲歩しているにもかかわらず、まだわかっていないようだ。
「エキナ。コーレの首を吊れ」
その瞬間、絞首刑のローブが現れ、ドワーフの首を吊った。
「!?」
周りが驚き、コーレ自身も宙でジタバタ足を動かす。このままでは息ができず、死ぬことになる。ラトゥンは近くの椅子を引いて、コーレの足が届くギリギリの位置に置いた。
「罪の自覚もなく、公正の兆しもないのでは、悪質この上ない。この詐欺師は、世の中のために死ぬべきかもしれない。本当ならあんたに不足分の怪我を負わせて、その分を制裁としようとも思ったが……ほら、あるだろう? 鞭打ちの刑ってやつだ――」
「待て、いったい何をやっている!?」
ギルドの奥から、年配の男が出てきた。スタッフの誰かがギルド長と言った。
「なにって、報酬の件で人を雇いながら、それを払わない詐欺師を裁いていたんだ」
「ここはハンターギルドだ! さっさとコーレを放すんだ!」
「罪人を裁いているんだ。あんたに命令権はないよ。こちらは被害者であり、訴える権利はこちらにあるんだ」
足場を得たコーレが、首の縄をほどこうとするが、立っている位置がギリギリすぎて、上手くいかない。そもそもエキナの処刑術から、素手で逃れられるはずもない。
「そうそう、独立傭兵には半額のローカルルールを決めたのは、あんたかギルドマスター? このコーレはそれを利用して詐欺を働いたんだ。もしこの男を庇うのなら、あんたも同罪で、首を吊るか?」
独立傭兵を舐めるなよ――ラトゥンの殺気に、ギルド長は手を振った。
「わかった、わかった。報酬は出す! 二倍でも三倍でも出してやる! だからコーレを放してやれ、本当に死んでしまうぞ!」
「二倍も三倍もいらん。それだとこちらが脅迫したように見えるじゃないか。他のハンターと同じ、正しい金額だけで結構だ。……エキナ。放してやれ」
ラトゥンの指示を受けて、エキナがパチリと指を鳴らすとロープは消えて、コーレはバランスを崩すと椅子から落ちた。
本来もらうはずだった報酬を受け取るラトゥン。コーレは忌々しそうな顔をしているが、まだ懲りていないのだろうか。ギルド長は厳しい顔で、ラトゥンに言った。
「もう二度と来ないでくれ」
「来たくて来たんじゃない。町の危機で呼ばれただけだ」
ラトゥンはギルド長を指さした。
「二度と呼ぶなよ。そこのところを勘違いするな。誰が半額で働いてやるかよ」
ラトゥンはエキナに頷き、ギルドフロアを後にする。出口まで後、数歩というところで、町の守備隊とおぼしきドワーフ兵が駆け込んできた。
「ギルド長はいらっしゃいますか!?」
「何事かっ!?」
ハンターギルドの長は、負けないくらいの声で返した。兵士は背筋を伸ばす。
「ゴブリンの大群が、町に迫っています!」
兵士の後ろから、指揮官らしいドワーフが現れる。
「先ほどハンターギルドでは、もうゴブリンの心配はないと報告を受けたが、これはどうないうことですかな? 今すぐ迎撃の準備をされたい」
「どういうことだ!?」
ギルド長は、フロアに残るハンターたちを見回した。
「討伐したのではなかったのか?」
場に気まずい雰囲気と、戸惑いが広がった。
――言わんこっちゃない。
ラトゥンは、ゴブリンを追撃しなかったことでこうなる予感はあった。討伐部隊も限界だったと聞くから、それについては責めないが……そんなろくに休む間もなく、ゴブリンが攻めてきたが、バウークのハンターギルドはこれからどうするつもりなのか。
――まあ、俺には関係ないか。