ゴブリンは、醜悪だ。
標準的なものは子供くらいの大きさで、大の大人と純粋な力比べをしたならば、そうそう負けない。
だが現実には、ゴブリンは厄介で、一般人は腰を抜かすことも珍しくない。
ラトゥンは暗黒剣を振るい、向かってきたゴブリンを切り裂く。こいつらは野蛮だが、姑息だ。仲間の陰に隠れて盾にしたかと思えば、それを目眩ましにして側面に回り込んだりする。
体格で劣るが、その分、小癪だ。背が低いのを活かして、足などを狙ってくる。つまり武器での迎撃が難しく、パリィしにくいところを攻撃しようとするのだ。
こうなると防ぐのが難しいから避けるとかなくなるが、その回避の動作の分だけ、攻撃のタイミングが削がれるから、ゴブリンの数が多ければそれだけ袋叩きのチャンスを与えやすくなる。
「まあ、もっとも――」
足に、短剣を突き立てようとしたゴブリンの顔面に蹴り、ではなく、そのまま踏み台にするように前へとラトゥンは出た。左右、後方へ避けるのは、包囲されつつある中では悪手だ。
「前に、出る!」
顔面と頭を踏みつけ砕き、その後ろの、前進だけして姑息な手を考えている段階のゴブリンを強襲する。回り込み、ラトゥンの回避行動先を予想しながら動いていたゴブリンは、肩透かしをくらい、体格差もあって攻撃範囲からも逃してしまう。
「戦いの主導権を握る!」
斬撃。暗黒剣のひと薙ぎは、容易く二、三体のゴブリンを裂いた。
ラトゥンは一瞥する。
ギプスの機関銃は、まだ火を噴き続けていて、後続のゴブリンの数を減らしている。
左側で前進を阻むラトゥンに対して、ドワーフの右側ではエキナが舞うような軽やかさで、ゴブリンたちの間を抜けていた。
ポン、ポンとボールのようなものが飛んでいるのは、ゴブリンの頭だろう。相変わらずの処刑人。ゴブリンの細首が、どんどん刈られていく。
――あちらは今のところ大丈夫そうだな。
ラトゥンは、自分の受け持ち分のゴブリンを切り、蹴飛ばして、その進撃は阻止する。それを抜けて、ギプスへ向かおうとするゴブリンは――
ダークダガー――闇系投射魔法であるダークジャベリンの小型版。投げナイフサイズの魔弾が、ゴブリンの後頭部を貫いた。
「油断も隙もあったものじゃない」
これだからゴブリンは嫌いなのだ。
この体格に劣る小鬼どもは、戦い慣れている者にとっても面倒だ。個々で弱いなら、集団で。そして手が離せない、自分に攻撃できない位置などを見つけるとそこに優先的に回ろうとする。
ギプスの機関銃の射界の外に入ろうとした今の動きがそうだ。そして横合いから刺そうとする。ああいう小癪さがゴブリンであり、嫌われる要素の一つである。
――暴食になれば、もっと楽か……?
ラトゥンは、近くのゴブリンを蹴飛ばしつつ思う。独立傭兵として仕事をし、さらに複数の目がある中では、悪魔の姿にはなれない。これでも正体を隠しているのだから、それを気軽に明かすものではない。
人に化けているまま、その範囲で戦う。ちょっとしたハンデではあるが、ゴブリンは弱いが数が多いので、面倒さが募るのだ。
ふと耳に、剣戟が聞こえた。正面ではない。キャンプの裏側や側面だ。
――これは、そちらからもゴブリンが回り込んでいたか。
ハルスや志願兵たちの受け持ちにも、ゴブリンが現れたようだ。正面が厚いから、側面、背後へ。……実にゴブリンらしい動きだ。
――そちらは、そちらに任せておいて。
気味の悪い叫び声を上げて向かってきた敵の胴を暗黒剣で串刺し。その瞬間を狙って、またも回り込んで足元へ飛びかかるゴブリンを、串刺しにしたゴブリンそのままに剣を振るって叩きつける。
「ラトゥン」
エキナの声。
「ゴブリンが引き始めています!」
彼女の言うとおり、後続のゴブリンが森へと引き返しはじめた。正面からの突破は無理と判断したか。
「逃げるかぁっ! 卑怯者どもめーっ!」
ギプスが怒号を発しながら、機関銃を撃ちまくる。枯れ木を折るような音がして、背を向けて逃げるゴブリンを撃ち殺していく。
「かかってこい! 雑魚どもぉーっ!!」
「……元気なドワーフだ」
自分の周りにいたゴブリンも逃げに入りはじめ、手の届く範囲の敵だけ倒すと、後は放置した。
わざわざ追いかけることもない。キャンプの防衛が依頼だ。もしかしたら正面が引いたふりをして、こちらを誘いつつ、側面攻撃で一気にキャンプを攻略する作戦かもしれない。繰り返すが、ゴブリンは小癪なのだ。
「ラトゥン、追いますか?」
「それは、俺たちの仕事じゃない」
逃げる敵をギプスが撃っている。それの邪魔をすることもないだろう。
・ ・ ・
キャンプへのゴブリンの攻勢は防がれた。
ラトゥンら正面はもちろん、迂回して仕掛けてきたゴブリンの集団も、ハルスや志願兵たちはきちんと防ぎ、追い払った。
しかしそこは素人半分。負傷者が出たが、幸い命にかかわる者はいなかった。
「はーい、痛いですけど我慢してくださーい」
「えへへ、ネエちゃんに手当してもらえるんだなら、これくらい――イテテ」
怪我人を手早く応急手当をするエキナ。人体に詳しい処刑人らしく、治療の手際は早い。もちろん、周りは彼女が処刑人であることを知らないし、元貴族令嬢ということも知らない。
ベテランのハンターであるハルスは、ラトゥンのもとにきた。
「よく正面を支えてくれた。それがなかったら、キャンプは危なかった」
「結局、討伐に出ているハンターたちは来なかったな」
彼らが戻ってくるまで粘れば――などと言われたが、その討伐組が戻ってくる前に、今回の攻撃は凌げた。裏を返せば、凌げなければキャンプは終わっていた。
「ギプスは?」
「……あそこ」
ラトゥンは指さす。正面陣地――木箱の上に機関銃を載せて、ドワーフはまだ森の方に銃口を向けていた。
「仕事熱心なんだな、彼は」
「いいや、ただのジャンキーだよ」
ハルスはそこで苦い顔になる。
「彼は、人や獲物に銃を向けていたいのさ。それで肉塊を量産することに興奮する、頭のおかしい奴さ」
奇声をあげたり、笑っていた――それを思い出したが、ラトゥンは何も言わなかった。ひょっとして、ギプスが周囲との間に距離を感じたのは、そういう部分でよく思われていないからでは、と感じた。
ただ、そこは今回の仕事でたまたま一緒になった者の話だ。ラトゥンにとっては、割とどうでもいいことだった。
ともあれ、防衛依頼は、今のところは順調であった。