キャンプは開けた場所にあった。
いくつもの天幕があって、そこに物資が積まれ、食事係や雑用と、低ランクハンターが数人いた。
援軍である志願兵たちを束ねる古参ハンターが、現場リーダーと打ち合わせをして、ラトゥンたちに配置を指示する。
「ギプスと、傭兵のラトゥンと、エキナだったか。その三人で東を頼む」
「正面だな」
ラトゥンは思ったことを口にした。ゴブリンの集落が確認されている方向で、別動隊がもっとも来る可能性が高い場所だった。
古参ハンター――ハルスという年配戦士は、表情を一つ変えず淡々と言う。
「不満か」
「いいや。素直な感想というやつだ」
「ならいい」
ハルスは地面に、簡単なキャンプの図を書くと、他の志願兵たちの割り振りを続けた。
「――個々のゴブリンは力押しでどうとでもなる。特にバウークで日頃、ハンマーになれているお前たちならな。ただ、集団のゴブリンは狡猾だから、こちらも仲間と連携を忘れるな」
「おう」
「そうじゃな」
一応、ゴブリンや獣との交戦経験のあるバウークの町の志願兵たちは、ハルスの確認に頷いた。反対意見や文句は出ない。
「では、配置についてくれ」
志願兵たちがそれぞれの位置へ移動する中、ハルスはラトゥンを見た。
「お前の実力がわからないが、相応の実力者とみて正面に配置した。不安があるなら今のうちに言ってくれ」
「評価してくれてありがとう」
皮肉げにラトゥンは言った。ハンターは独立傭兵を毛嫌いしている者が多いが、ハルスはベテランだけあって、そういう感情があったとしても今はそれを出すべき時ではないとわかっているようだった。
最初から偏見や毛嫌いを持たない聖人かもしれないが、会ったばかりではわかりようがない。
「その評価分は、きっちり仕事を約束する」
「頼む。おれの見立てだと、お前とエキナ、相当のやり手だろう? 他が半分素人だから、それぞれの場所で手一杯になると思う。正面は、任せたぞ」
・ ・ ・
正面を任されたラトゥンとエキナ。そしてもう一人は、ドワーフの戦士、ギプス。例の馬車に乗り合わせた、一人周囲との距離を感じたドワーフだ。
ドワーフの外見と実年齢を推測するのは難しいが、髭をたっぷり蓄えた中年から初老あたりではないかと推測する。
彼がカバーをかけていた長物は、銃だった。だが拳銃でも単発の長銃でもなかった。
「こいつは機関銃と言う」
ギプスは、ラトゥンの視線を受けて説明を始めた。
「古代文明の発掘品をもとに、わしが修理、改造したもんだ。一分の間に五百発の弾を吐き出す」
「五百! 凄い射撃速度ですね」
エキナがビックリした。ギプスは口元をニヤリと形作る。
「おっ、銃について多少話せる人間だったか。一般に出回っている銃とはモノが違う。同じレベルのモノを、持っているヤツはおらんだろう」
キャンプから手近な木箱を持ってくると、その後ろに回り、機関銃を置く。
「その分、弾の消費が凄まじいことになるが……まあ、それはお前さんたちには関係ないだろう。わしの前に出るな。蜂の巣になりたいなら止めんが」
そういうとギプスは機関銃の先端、銃口を左右に振った。
「今振った範囲の敵は、わしの機関銃が撃ち倒す。ゴブリンなら一発当たっただけでミンチだ。お前さんたちは、わしの横におって、弾幕を抜けてきたヤツを始末してくれ」
ラトゥンは、エキナを見る。彼女がコクリと頷いたので、ラトゥンは、ギプスの作戦に乗った。
「わかった」
威力や射程など、実際のところはわからないラトゥンだが、銃について多少理解があるエキナが認めたこと、そして古参ハンターのハルスが、正面をギプスに任せたことで、そういうものだと理解した。
こちらとしては、仕事分働けばいい。倒した数でボーナスがつくとも言われていないから、役目を果たせればそれでよかった。
そこからしばし待機。エキナが見張りを志願したので、ラトゥンは敵が来るまで、力を抜いて休んでいた。
同じく待機するギプスだが、彼は無口なのか、お喋りはしなかった。
やがて、それはやってきた。耳障りな獣のような声。それが連続し、数の多さを聞く者に感じさせる。
「来ました!」
エキナが報告した。ゴブリンの集団だ。キャンプに到着したのだ。
「見晴らしのいい場所に正面から」
ギプスの口元が三日月の形に吊り上がる。
「わしの機関銃が、挽肉にしてやるわい!」
先ほどまでの無口っぷりが嘘のような変わりようだった。やがて、森を抜けて、醜悪な小鬼――ゴブリンが群れで現れた。棍棒やら石槍、弓などで武装した蛮族が、耳障りな咆哮を上げて駆けてくる。
「ふははははっ、肉塊になれぃっ!」
その瞬間、ドドドドッと腹に響く重音を響かせて、機関銃が火を噴いた。思ったよりうるさい、とラトゥンは片耳を塞ぐ。
そしてゴブリンは、バッとその体が消えた。銃弾の威力は凄まじく、小柄なゴブリンの体が四散したのだ。細かな赤い飛沫は、血だろうか。
銃と言えば、標的の体に穴を開けるもの、という認識だったが、機関銃の攻撃力はそれとは乖離していた。
体の一部が根こそぎえぐられ、骨を砕き、肉や臓器を欠片にしてしまう。当たりどころによっては、頭や手足がちぎれ飛び、その生命を奪った。
たった一丁の機関銃が、迫り来るゴブリンを次々に肉塊に変えていく。
「ふははははっ! フハハハハハァ!!」
機関銃を撃ちまくりながら、ギプスはそれに負けない笑い声を響かせる。ミンチになるゴブリンを見て愉快な気分になっているのだろうか。ラトゥンには理解ができないが、それを別にすれば、ゴブリンの大群はそのキャンプに近づく前にその数をすり減らしていく。
――このドワーフも、ちょっとおかしいが、ゴブリンどもも相当狂っているな。
あれだけ仲間が目の前で四散しているのに、かまわず前進してくる。小狡く、個々ではどちらかと言えば臆病な種族であるゴブリンだが、集団になった時の蛮族度は跳ね上がるようだ。
単に、仲間が粉々になっていることに気づいていないのかもしれない。――いや、それはないか。
「これは出番がないかもな」
呟くラトゥンだが、ギプスの機関銃の連射が緩やかになった。気のせいか銃身から蒸気が上がっているような。
ゴブリンの集団はなおも前進する。それなりの数が肉片となったはずだが、それでもまだまだ数が多い。これは討伐部隊のハンターたちが殲滅できないだけのことはある。
「前言撤回」
ラトゥンは暗黒剣を構える。
「エキナ、近づいてきた奴らをやるぞ」
「了解です」
斬撃専用の重量剣を片手で振り回し、エキナも身構えた。