バウークの町のハンターギルドは、周りの建物に負けないほど武骨だった。密閉された内装は鉄色で、昼間も関係なく明かりが灯されている。
全体的に薄暗い、いや夜の酒場という雰囲気があって、テーブルが並べられていれば、そういう店と勘違いしそうなフロアだった。
人間とドワーフが半々というところで、戦いを前に皆、緊張感を漲らせている。入ってすぐに、ギルドスタッフが立っていて、ラトゥンとエキナに気づいた。
「旅のハンター?」
「いや、独立傭兵だ。町を歩いていたら、戦える戦士だろうと声をかけられた」
「……そうか」
何か言いたげな顔になるギルドスタッフ。大方、傭兵にいい印象を持っていないのだろう。
このスタッフが、過去に直接何かあったかはわからないが、ハンターギルドの全体の雰囲気がしては、独立傭兵を目の敵にしている節が見られる。商売仇という印象があるのだ。
「帰っていいなら、帰るぞ」
「悪いが、今はエルフの手も借りたいところなんでね。悪いが付き合ってほしい」
人間のスタッフなのに、ドワーフのようなことを言う。
亜人にはドワーフがいて、エルフという長身美形種族がいる。そして大地の精霊を崇めるドワーフと、風の精霊を崇めるエルフは、古くから仲が悪い。
職場の環境にドワーフが多いようだから、この人間も口癖のようなものに慣れてしまっているのだろう。相手の癖や傾向がわかれば、意思疎通しやすくなるという典型だ。
スタッフが指した方向へ歩くラトゥンは呟く。
「エルフの手も借りたいなんて、よほど切羽詰まっているんだろうな」
「ドワーフが言っていたなら、相当ですよ」
エキナも同意した。宿敵のような種族の手を借りたい、などと、ドワーフは普通は口にしない。それでも出るのは、かなり状況は悪いと捉えるべきである。
フロアの一角に集められた人々――武装した人間の戦士やドワーフたちであるが、一部町の住人が自前の装備で集まった感があった。おそらくハンターではない。ラトゥンのような傭兵か、元戦士、またはボランティアだろう。
「諸君、町の危機によく集まってくれた」
ヒゲもじゃドワーフのギルドスタッフが、野太い声を響かせてやってきた。
「知っての通り、町にゴブリンが迫っておる。奴らの巣に精鋭のハンターたちを送ったが、どうやらそれとは別動のゴブリンどもがいたようだ。残っている者で防衛戦をやるので、ついては諸君らにもその支援をお願いしたい」
ドワーフスタッフの説明では、ゴブリンの集落を迂回したと思われるゴブリン集団が、ハンター討伐部隊のキャンプへ向かっているらしい。
そこは最低限の防備しかなく、現状では守りきれないという。ここをやられると、討伐部隊が孤立、補給を絶たれ、包囲される恐れがある。
「じゃが、怖いのはキャンプをやられた後、この町へ真っ直ぐ攻め込んできた場合だ」
キャンプ喪失は、次にバウークの町がやられることになる。討伐によって主な戦力がいない今、この町は外壁と、領主の警備部隊――ドワーフ兵しか残っていない。
「キャンプを守りきれれば、討伐部隊も戻ってこられて、町を守ることにも繋がる。じゃから、諸君らはハンターキャンプへ向かい、そこを守ってもらいたい。討伐部隊にもこのことは伝えてあって、キャンプに戻りつつあるが、それまでの時間稼ぎを頼む」
依頼内容は理解した。やってくるゴブリンを叩けばいい。実にシンプルだ。
「何か質問はあるか?」
「報酬は、きちんと払われるんだろうな?」
ラトゥンが言えば、周りは「ん?」と首をかしげた。ドワーフのギルドスタッフは眉をひそめた。ラトゥンは続ける。
「空気が読めなくてすまんな。見ての通り、俺たちは旅の途中でね。仕事はするが、タダ働きはごめんだ」
「もちろん、協力してくれた者にはギルドから報酬は払わせてもらう」
憮然とした様子のドワーフスタッフに、しかしラトゥンは事務的に言った。
「依頼に参加するハンターと同額程度はもらえるんだろうな? 安い仕事はやらないぞ」
「もちろん、払うと言っているだろう! 心配せんでも、ヨソの奴にも同額は出す! 心配するな!」
ラトゥンはエキナを見る。
「聞いたな?」
「しっかり、聞きました」
言質をとったところで、他の質問。地元ドワーフだろう、怪我をした時の治療費について出るのかと聞いたので、ドワーフスタッフは少々イラつきながらも、保障するから安心しろと答えた。
質問の時間は終わり、ラトゥンら志願兵グループは、馬車に乗って移動ということになった。
乗り合わせた者たちは、ハンターキャンプ防衛という同じ場で戦う者たちである。道中に気になったことなどを、それぞれ口にした。……戦場に行く緊張を紛らわせたいというのもあるのだろう。
「ネエさん、随分とごつい剣を持っているね」
ドワーフたちは、さっそくエキナに食いついた。
「これはアレだろう? 断頭剣ってやつ」
「独立傭兵です」
にっこり、愛想よくエキナは答えた。こういうところは貴族育ちが顔を覗かせる。
「へぇ、独立傭兵……」
「最近の傭兵は、またごっついモン使っているんだなァ」
「独立傭兵は自由だからな」
ラトゥンは口を開いた。
「時にはハッタリをかますものさ」
「おいおい、頼むぜニイさん。ここじゃあんたが一番強そうなんだから、ハッタリとか言ってくれるなよ」
聞けば、元戦士もいるが、大抵は力自慢で、個々でゴブリンを倒したことがあるものの、一般人であった。
「実力の方は心配しなくていい。そっちはハッタリじゃない」
「それはよかった。……ところで、お二人はどういう関係?」
これか?――と一人のドワーフが指を意味深な形にする。エキナが、隣に座るラトゥンの腕をとった。
「兄妹です! 彼はわたしのお兄様なんです」
おに――面食らったのはラトゥンの方だった。兄妹かぁ、と安堵したような、残念そうな声が、馬車の中に広がった。
「ネエさんは、めんこいけど、よかったんかい? ゴブリンといえば、女子に集まる害獣だぞ?」
ゴブリンが忌み嫌われ、かつ脅威的である存在である代名詞。ラトゥンは腕を組む。
「集まってきたところを、一網打尽にしてやるさ」
「おおっ……」
「さすが傭兵のニイさんだ」
適度に緊張感をはらみつつ、和やかな空気。いかにも熟練の戦士といった風のラトゥンがいることで、素人に毛が生えた程度の志願者たちは、勝手に頼りにしているのだろう。
その中に、一人だけ話にも加わらず長物を抱えているドワーフがいた。熟練といえばそのドワーフも同じだが、何故か周りとの距離を感じた。
訝りつつ、着けばわかるだろうとラトゥンは追求はしなかった。
やがて、志願兵たちを乗せた馬車の一団は、ハンターキャンプに到着した。