当然、バウークの町を捜索したところで、暴食が見つかるはずもなかった。
聖教会が襲われ、その犯人が暴食とあれば、その情報を受けた神殿騎士団も騎士を派遣してくるだろう。
それまで適当に町をぶらつく。日は高いが厚い雲が流れ、日向と日陰が交互にやってくる。
工房からハンマーが金属を打ちつける音が響き、何らかの機械が音を立てている。蒸気が流れて、ところによってはその排煙のせいか暑くも観じる。
昼時を過ぎ、少し暇な時間帯か、通りの店も客が少なく、休憩しているところが多かった。とはいえ店番がいて、店を覗くことはできたが。
「あっ」
エキナが唐突に声を上げた。見れば、武器屋の展示物を彼女は見ていた。
「銃か……?」
「そのようです」
エキナは、いくつも並べられている銃を眺める。
「興味があるのか?」
「うーん、興味というか、わたしの処刑技にあるんですよ、銃が」
処刑技とかいう、物騒なワードが出てきた。ラトゥンは首をかしげる。
――あれか、絞首刑のロープとか、断頭台の刃の攻撃。あれも処刑技だったりするのか。
「エキナは、銃を撃ったことがあるのか?」
「数えるくらいは」
エキナは手の平を向ける。指五本、だろうか。
「ただ、これあまり使えないなって。たぶん、普通に撃った方が早いし確実かなって」
彼女曰く、処刑技での銃は、単発式で連射は効かないが、五丁の銃を同時発砲して攻撃するというものらしい。
「でもまあ、五発を撃つなら……」
「実際に撃つのは最低一発、最高四発でランダムなんですよ。残りは空砲です。なので見た目だけなんですよ」
エキナの処刑技は、悪魔の契約で得たもので、いわゆる古今東西の処刑方法を技として作り出したものという。その中で、いわゆる銃殺刑という処刑方法があったのだが……。
「専門の執行者がやるものではないので、誰が実際に撃って殺したのかわからないように細工するんです。……人を殺すのって、かなり胸にきますから」
遠い目をするエキナである。数多くの死刑を執行してきた彼女は、そんなふうに執行者の気持ちがわかるのだろう。古来より、処刑人たちが仮面や頭巾なのは、それらを押し隠すための必需品だったのかもしれない。
「ラトゥンは、銃は……?」
「いや、俺はないな」
騎士たちが銃を嫌うというのは知っている。ハンター時代でも、銃を使う者もいて、そういうものもあるのか、と、ラトゥンにとってはその程度の認識だった。
銃を持っている敵と戦っていたら、また印象は違ったかもしれないが、ハンター時代は銃は魔獣などに向けられ、人に向くことは滅多になかった。それが暴食になってから、銃を向けられている。
その感想でいえば、煩わしい、鬱陶しいというところだ。悪魔になっている影響か、銃を食らったところで致命傷にならない。だからその程度で済んでいるのかもしれなかった。
――バウーク教会のエクソシストも、銃を使っていたな。
割と、ラトゥンの中では銃は軽かった。
「俺はあまり詳しくないんだが、エキナはわかるのか?」
「わたしも、単発式の滑空銃とライフル銃とか、拳銃くらいしか知らないですね」
――そ、そうか。
拳銃と、銃身が長い狩猟銃程度のラトゥンである。
「こういうは、ドワーフが詳しいんですよ。そもそも銃って、古代文明時代の発掘品が元になっているそうですし」
「へぇ……」
新しい知識に感心していると、人が走る足音に気づき、不意に声をかけられた。
「あんた、戦士だろう? 旅の人か?」
ドワーフの兵士だった。
「ハンターか?」
「独立傭兵だ」
「どっちも同じようなモンだろう。町が危ないんだ。手を貸してくれ!」
「具体的には?」
「ゴブリンどもじゃ!」
ドワーフの兵士は、足早に去ろうとする。
「ハンターギルドに行ってくれ! そこで戦えるもんを集めちょる!」
そう言い残して、兵士は駆けていった。改めて見れば、町の住人たちの動きが慌ただしくなりつつある。
「ゴブリンか」
「確か、ハンターギルドが対処しているんじゃありませんでしたっけ?」
エキナが思い出しながら言った。ラトゥンは頷く。
「そうだ。それでこれでは、対処にしくじったか、想定以上の規模だったということだろうな」
この蒸気の町バウークに、ゴブリンの集団が迫っている。町の警備はもちろん、旅人で戦えそう者にも声をかけて、防衛しようということだろう。
「モンスタースタンピード的な規模、ということか」
魔物の大発生。ダンジョンと呼ばれる地下迷宮などで、似たようなモンスターの大発生と吐き出し現象が発生することがある。モンスターの大群が町や村を襲い、甚大な被害をもたらす。
ひとたび起きれば、鎮圧には相当な戦力の投入を必要とする。町単独ではなく、近隣の集落や、領主の軍勢の応援が求められることも多い。
「相手はゴブリンという話ですから」
エキナは眉をひそめる。
「スタンピードでなくても、大群を形成することはあります」
「あいつら、繁殖力が異常だからな」
ラトゥンは腕を組む。
「さすがに報酬を受け取る前に、町が滅びるようなことになっても困るからな。防衛協力はしてもいいが……報酬は受け取らないとな」
「報酬、ですか」
「傭兵は報酬が全てだ。特に交渉役のいる傭兵団と違って、独立傭兵は全部自前だ。善意でやっていると、あっという間に食い扶持がなくなって死ぬぞ」
個人でやるというのは非常にシビアなのだ。守銭奴などと陰口を叩かれることもある傭兵だが、人の用意したもの、組織の中で、面倒を誰かがやってくれているという立場に甘んじて仕事をしている人間には言われたくないものである。
「ハンターギルドに行ってやるが、報酬が出なければ手を貸さない。この仕事は体が資本だ。金にならない依頼で怪我をして治療費かかるとか、馬鹿らしいしな」
それで聖教会と神殿騎士団、そこにいる悪魔に復讐できないのでは、本末転倒だから。