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第21話、それを別世界の言葉でマッチポンプという


 案の定、宿の部屋が空いた。ラトゥンは、さっそく休憩のために部屋を借り、二階のその部屋へ。


「昼まで寝る」


 そう宣言したラトゥンは長椅子に、エキナはベッドに。


「わたしが椅子の方で寝ますから、ラトゥンがベッドを使ってください」


 予想はしていたが、エキナはベッドを譲られたことに辞退しようとした。ラトゥンは――


「次に一部屋しか借りない時は、そうしよう」


 今回はこうだがこの割り当ては順番だ、ということにした。それなら、とエキナは納得した。

 後は昼まで休み、実際眠った。起きて、少々遅い昼食を摂りに行くと、やはり教会の惨事が話題になっていた。


 神父と助祭が悪魔だった。

 行方不明になっていた者たちが、教会の地下で監禁されていた。

 助かった者もいたが、犠牲になった者の方が多い――云々。


「やはり、町に知れ渡ったみたいですね」

「町の中の教会で起きたことだからな」


 ラトゥンはそこで言葉を切る。明らかに何か用があるとおぼしき若い男が近づいてきたからだ。


「ほらきた」

「?」


 きょとんとするエキナ。青年がすぐそばで立ち止まった。


「旅の剣士の方とお見受けしますが、今よろしいでしょうか?」

「何だ?」

「失礼ながら、ハンターの方ですか?」

「独立傭兵だ。要件は?」


 ラトゥンが、立っている青年を見上げる。


「昨夜、町の教会に悪魔が侵入したようで――」

「らしいな。食べている時に、話は聞こえた。それで?」

「その、悪魔が町に潜伏しているかもしれないので、捜索と、できれば退治をお願いしたく」

「ふむ――」


 ラトゥンは考える仕草をとる。内心では、想像通りの仕事依頼にほくそ笑む。


「町にはハンターもいるだろう? そちらに頼まないのか?」


 わざわざ、よそ者に依頼する意図は?――と、ラトゥンは白々しくも言うのだ。


「ハンターギルドは、ゴブリンの鎮圧にかかりっきりなので」

「ゴブリン」

「ええ、ちょっと大きな集団ということで、バウークのハンターギルドは、それに動員しているんです」


 知っている。ラトゥンは、昨夜の情報収集でゴブリンの件は把握している。それをさも今知ったような顔をするのだ。


「それは大変だな。わかった。こちとら傭兵だからな。報酬さえもらえれば、やろう」

「ありがとうございます。では私の主人に報告して参りますので、しばしお待ちいただけますか?」


 ――主人ね。


 町のお偉いさんに仕える者のようだ。町長か、あるいは町に関係している貴族辺りか。


「後でどうせ会うことになるなら、こちらから出向こうか? それとも、先に現場である教会を見てもいいが」

「あっ、わかりました。では教会の方で待ち合わせと致しましょう」

「わかった」


 青年は一礼すると足早に出て行った。ラトゥンは席を立つ。


「じゃあ、俺たちも教会へ移動するか」

「ラトゥン……」


 とても微妙な表情をしているエキナである。


「仕事が出来ているって、この事だったんですか?」

「まあ、可能性の一つだな」


 ラトゥンは、さっさと宿兼食堂を出る。エキナもついてきた。道行く人が、エキナを目にして息を呑んでいる。

 貴婦人めいた女性が大剣を背負っているから、と何ともアンバランスな部分か、普通に美人だからか。両方かもしれない。


「こういうの、自分で事件を起こして、依頼を作ってません?」


 自作自演とでも言うのか。エキナの指摘に、ラトゥンは気のない調子で返す。


「別に依頼にするつもりはないが、一般人が依頼にして、それで頼りになりそうなところに仕事を持ってきているだけだ。……俺は頼んでないよ」


 依頼自体、最初はハンターギルドに持ち込まれたわけで、別に発生する依頼が自分のところに来なくても何の問題はない。

 もっとも、自分のところに依頼が来る確率は高いと、ラトゥンは予想はしていた。


「ただまあ、犯人に犯人探しをさせるのは、これは依頼する相手を間違えているよな」

「……そうですね」


 聖教会を襲った暴食であるラトゥンである。自首する気などまったくないラトゥンだから、犯人は絶対に見つからない。



  ・  ・  ・



 教会の表は、野次馬とその侵入を阻止する警備の者が対峙していた。ラトゥンは警備の一人に声をかけた。


「悪魔討伐を頼まれた独立傭兵だ。現場を見たいが入ってもいいか?」

「どうぞ」


 あっさり通してもらえた。どうやらハンターや傭兵を雇おうとした青年の主人のところと関係のある者たちのようだ。彼らの主人がそういう依頼を発行し、現場検証にその者がきたら通すよう話が行っていたのだろう。


 ――準備のいいことだ。そこまでしてもらっても、犯人の悪魔は見つからないが。


 ラトゥンは心の中で呟いた。

 中には貴族風の衣装をまとった中年男と、先ほどの青年。そして昨夜、この教会にいたアコライトの一人がいた。


 アコライトが現れた時、ラトゥンはすでに暴食の姿で、エキナは仮面もなく、衣装が変わっているので、おそらく気づかれないだろう。

 堂々と教会の中を進めば、青年が主人だろう貴族風の中年に頷いた。


「独立傭兵ね。……悪魔を相手にしたことはあるのか?」


 疑うような目で、その中年男は言った。傭兵への偏見がありありと見てとれるが、いつものことなので気にしない。一瞬、エキナに見とれたようだが、すぐに真顔を作る中年男。


「悪魔なら、何体も倒してきた」


 そこで死んでいる悪魔も含めて――とはさすがに言わない。男は鼻をならす。


「ふん、独立傭兵は、それを証明する手立てがないからな。口先だけでないことを祈るばかりだ」

「冷やかしなら帰るぞ」

「あぁ、わかった。貴様に依頼だ、独立傭兵。この教会の神父が悪魔と入れ替わっていたのだがな、それはそれで問題だが、貴様に頼みたいのは、その悪魔を殺した悪魔の捜索だ」


 中年男は、アコライトに顎をしゃくった。


「生存者の話では、暴食とかいう上級悪魔が犯人らしい」

「暴食か。噂は聞いている」

「ほう……」


 ――何せ、俺自身だからな。


「しかし相手が暴食となると、もうこの町にはいないかもしれないな」

「どういうことだ?」

「暴食は悪魔を喰って回っているって話だ。ここの神父が悪魔だったのだろう? だから襲われたんじゃないのか?」


 そしてその悪魔を喰ったら、暴食は次へ向かう。


「探してみるが、見つからない場合でも捜索に対する報酬は出るんだろうな? それなら依頼を引き受けるが? もちろん、暴食がいれば討伐するが」

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