案の定、朝にお祈りにきた町の住人が、意識のない被害者と、悪魔の死体を発見して大騒ぎになった。
朝早く、宿屋の食堂でラトゥンとエキナは、朝食を摂りながら、人が少ないながらも教会の惨事を話す住人と店員の話に耳をすませていた。
やはり行方不明になっていた子供が見つかったこと、それが虐待されていたこと。悪魔が聖職者に化けていたことが話題の中心になっていた。
とはいえ、まだ見たままを話している感じで、事の重大さを把握し、町を震撼させる事態となるのは少し先になるだろう。
それはそれとして――
「旅費を稼がないといけない。君も手伝ってくれ、エキナ」
ラトゥンが声をかけるが、彼女は、どこかそわそわしていた。仮面を外していることが原因だろうか? まだ処刑人だった頃の癖があって、自分が公衆の面前で食事をしているということが落ち着かない原因になっているのかもしれない。
「エキナ」
「はい!」
「堂々としていろ。君は独立傭兵なんだ。傭兵がビクついていたら、仕事にならない」
「……はい」
言葉では理解しても、体はすぐに適応しない。彼女が独立傭兵の自覚が出るのに、しばし時間がかかるだろう。
「それより、仕事をしないとな。旅費を稼がなければいけないし、これから宿に泊まる時もふた部屋とらないといけなくなる」
「ひと部屋でいいですよ! ……そんな、わたしにお金を使わなくも」
エキナは顔を逸らした。処刑人とは、皆こうなのだろうか? 彼女だけかはわからないが、割と差別が身に沁みているのか、卑屈になっているところがある。
「若い男女が同じ部屋というわけにもいかない」
「ですが……!」
「雇い主のメンツってものがあるからな。きちんと給料出せない分、身の回りの面倒は見ないといけない」
「……」
申し訳なさそうな顔で俯くエキナ。仮面がないおかげで表情がよくわかる。そう思うのんであれば――
「俺のために働け。堂々と胸が張れるようにな」
「……はい!」
申し訳ないと思うなら、世話になっている分、逆に養えるくらい働く――くらいの気持ちでいてくれたほうが楽だと思うラトゥン。
一応の幼馴染みであるから、彼女が昔のように笑顔でいてくれるほうが安らぐというのが、ラトゥンの本音だった。
「それで、ラトゥン。いくらお金が必要なんですか?」
エキナは質問した。真面目である。
「上限はない。王都に行くだけなら大体の金額はわかるが、どうせ急な出費はあるだろうし、それがどれくらいか予想できない。それに、魔女探しで王都以外にも行くことになるだろうし、金はいくらあっても困らない」
あまりに多額の金を持っていると、道中襲われるリスクも高くなる。野盗はもちろん、傭兵なり手癖の悪いハンター、悪徳騎士などなど。独立傭兵は武装しているが、後ろ盾がないから、金額によってはリスクを承知で襲ってくることもある。
「……」
「どうしました、ラトゥン?」
「すごく今更なんだが。君は処刑人時代、どういう呼ばれ方をした?」
「呼ばれ方、ですか?」
要領を得ない顔になるエキナ。
「聖教会で死刑執行をしていた時は、処刑人とか執行人とか、ですね」
「名前では呼ばれなかった?」
差別ここに極まれり。個人の名前すら呼ばれていなかったのか。
――まあ、聖教会は悪魔の巣窟だからな。悪魔の奴隷になった人間の名前など、いちいち覚える気もないか。
「何か?」
「ん? いや、もし君の名前が有名であれば、場合によっては偽名で呼んだほうがいいかなと思っただけだ」
名前から足がつくのではないかと思ったが、さほど知られていないのであれば、これまで通りでいい。
「そういえば、君、王都では有名だって言っていなかったか?」
「ええ。でも銀髪の処刑人という風に呼ばれていたので、名前で有名だったかと言われると自信がないです」
「今の場合だと、むしろ都合がいいけどな」
ではこれまで通り『エキナ』と彼女のことを呼ぶことにする。
「食べたか?」
「もちろんです」
綺麗に豆スープと硬い黒パンを完食。見ればわかるという意味ではなく、腹は膨れたかというつもりだったが、伝わっているか怪しいとラトゥンは思った。
「そろそろ人が増えてくる。移動しよう」
「はい。まずは仕事探しですね。でも――」
「いや、まずは寝れる場所を探す」
この宿屋は満室で、部屋がとれなかった。食堂も兼ねているから食事はできたが、部屋に戻って――ということはできない。
「もう少しまてば部屋が空いて、休憩はできるかもしれないが……」
――とにかく、俺もエキナも徹夜だったからな。
悪魔であるラトゥンは、まだ余裕があるが、一応人間であるエキナには負担なのではないか。
「わたしなら、平気ですよ!」
「いや、今は休む。俺が休みたい」
それに――
「昼頃になれば、俺たち独立傭兵向きの仕事が出来ているかもしれない」
「出来ている……?」
エキナは怪訝な顔になったが、ラトゥンは微笑んだ。
「まあ、そのうちわかるさ」