「悪いが、衣装を変えてくれ」
ラトゥンは、真顔だった。言われたエキナは例によって仮面で素顔はわからないが、かなり困惑していた。
「これは、わたしが処刑人であることの――」
「それはわかっているが、今もそれに固執することはないんじゃないか?」
エキナが死刑執行人になったのは、悪魔との契約によるものがきっかけであり、彼女自信がそれを選んだのかというと、大いに疑問がある。
ミゼリコーディ領に不当に攻め込み、滅ぼした敵への報復。それはさながら死刑執行人のようであり、契約が果たされた後、悪魔の奴隷となったエキナは、聖教会の処刑人の一人として使われた。
正規の執行人となったのは、彼女の意思ではないと、ラトゥンは思っている。
「それに、もう聖教会に戻るつもりはないんだろう?」
「はい」
エキナは頷いた。
「……というより、わたし自信、いつの間にか聖教会の処刑人になっていましたけど」
そこも本人の意思というより、契約した悪魔のせい、とも言える。ならばこそ――ラトゥンは語気を強めた。
「やはり処刑人の格好は控えたほうがいい。少なくとも、俺と町中を歩いても問題ない程度に抑えてほしい」
「……迷惑をかけているんですね」
世間の処刑人の見方は、エキナとて理解している。どれだけ人から嫌われ、避けられているかも、身に沁みている。
極力迷惑をかけないように動いたつもりだが、やはり面倒はあったのだろう。だから、自分はともかく、ラトゥンに迷惑をかけているということが、エキナには心苦しい。
忌避されている処刑人にも対等に話してくれる『善い人』だから、余計に迷惑をかけているというのは、エキナは負い目を感じるのであった。
一方で、ルールを破ることに関して、エキナは後ろめたさもあった。だから、処刑人の服装やその証の携帯は自分に不利になると承知していても、変えることは苦痛であり、自分が処刑人であるのを隠す行為は、フェアではないと考える。
真面目過ぎるのだ彼女は。
「俺は構わないんだがな。周りが許さない」
ラトゥンは淡々と言う。
「俺に、君への職業差別をする奴を、いちいち殴り倒していいというなら、そのままでも構わないが」
「それは、さすがに……」
エキナはブンブンと首を横に振った。処刑人が差別されているのは周知の事実。それに怒って暴力はさすがにやり過ぎだし、ラトゥンも差別対象になる。
「どうして、そこまで……」
「俺が嫌だからだ」
かつての友人が悪く言われて、気持ちのいいものではない。もちろん、エキナには、兄弟子だった『ラト』であったことは黙っているラトゥンではある。
少し戸惑っているように視線が定まらないが、エキナは頷いた。
「わかりました」
「そうか。じゃあ、これからの君の『設定』だけど、俺の考えを言っても?」
「はい」
設定?――と首をかしげるエキナである。ラトゥンは言った。
「君はこれからは、独立傭兵だ」
・ ・ ・
エキナの新しい格好は、黒一色であり、見ようによってはシスター服のようであり、喪服のようであった。
「やはり仮面はない方がいいな」
「そ……そうでしょうか?」
エキナの白い肌は羞恥のせいか血色がよかった。吸い込まれそうな綺麗な瞳。整った顔立ちは、黒一色の衣装なのに優雅さと上品さを感じさせた。
「生まれは隠せないな。そちらのほうが君らしい」
「わたしのことを、よく知っているような口ぶりですね?」
少し睨んでも、身長の差から上目遣いになるエキナである。仮面がないだけで表情が見えるという安心感がある。
「だが、美人過ぎるな。……そうだ、帽子がいい」
ラトゥンは、魔力でつばの広い帽子を形成すると、エキナの頭に乗せた。
「いいか、エキナ。独立傭兵というのは、ある種ハッタリも大事だ。華奢に見えて、エクセキューショナーズソードを持っているなんて、そのアンバランスさに周りも一目置くだろうさ」
「いいのでしょうか?」
「何が?」
「処刑人とわからないように、というコンセプトですよね? この格好」
「いいや、処刑人の意匠は残す」
エキナが、生粋の生真面目さで、処刑人の仕来りを破るのに抵抗があるのは、ラトゥンは感じ取っていた。だから、その処刑人の証を身につけても、それが不利ではなく、むしろ有利になるものはないかと考えた。
それが、何の縛りもない『独立傭兵』というスタイルだ。
徒党を組んで団に所属する傭兵と違い、全てを己自身でこなさなければならない独立傭兵。人数や組織で頼れない分、通常の傭兵より小回りがきき、雇う側も費用も安く済むというメリットがある。
何より個人だから、ギルドのようなものと関係がない。単独である分、スタイルは自由で、相手になめられないようハッタリを利かすのも仕事のうちだ。
「いいか、エキナ。傭兵と処刑人の違いは、気にいらないことに怒っていいし、ぶん殴っても文句を言われないことだ」
処刑人は被差別職で、下に見られているから、どれだけ暴言を浴びせていいものと人々は思っている。
が、武器を携帯する傭兵に、暴言を浴びせようものなら、殴る蹴るは当たり前、最悪身包み剥がされて殺されることも普通にある話だ。
「この場合な、傭兵に喧嘩を売った方が馬鹿だって周りも判断する。傭兵が手荒な乱暴者なのはわかりきっているからな。君も、これからは不快なことをされたり言われたら、睨み返して、叩きのめしてもいい。……ま、処刑人装備の独立傭兵のいる前で悪口を言う奴なんていないだろうけどな」
少しお喋りだったか。ラトゥンは、自分を見るエキナが、頬を紅潮させながら感心を露わにしているのに気づいた。
「ラトゥン、この格好の意味って――」
「勘違いするな。一緒に行動するからには、相棒がなめられるのは俺の格も落ちるからな。それだけだ」
「相棒……」
気を遣ってはいるのだが、それで変に意識をされても困る、というのがラトゥンの本音である。少なくとも、暴食である間は、幼馴染みのラトではなく、独立傭兵のラトゥンとしてエキナとは接するつもりである。
「戦う時は仮面をつけてもいいからな。その方がやりやすいだろう」
醜い顔云々と言っていたエキナである。おそらく戦闘の時がそうなのだろうが、傭兵が周囲をビビらせるのに、処刑人装備は効果大だから、仮面については彼女の好きなようにさせる。
「外が明るくなってきたな」
荒れた教会の窓から、朝日が差し込みしつつあった。
「そろそろ離れるか」
「生きている子は、連れていかないのですか?」
地下で悪魔に玩ばれた被害者たち。何人かは衰弱しているがまだ生きていた。
「教会に祈りに来る奴が、見つけるから問題ない」
同時に、この聖教会の惨劇と、悪魔の死体の一部が見つかるという寸法だ。