目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第17話、教会を暴く


 エクソシストの首に縄が食い込み、後ろへ引っ張ったのは、ラトゥン――暴食にも見えていた。


 エキナの処刑人の能力。以前戦った時に、一度食らったからわかる。ラトゥンを援護するつもりなのだろう。

 どうあれ、相手の態勢が崩れた隙を見逃さず、暴食の腕が、ようやくエクソシストを捕らえ、その体を食い千切った。


『助けられたな』

「余計なことをしましたか?」


 少し離れた位置で静観していた仮面の処刑人は、訓練された従者のようだった。

 エクソシストは、聖教会の中の悪魔掃除屋。相性で言えばあまりよくないが、あれで上級悪魔を仕留められたかは別問題。いくら目が良かろうとも、あのまま戦い続ければ、いずれは倒せたのではないか、とラトゥンは思う。


『時間の節約にはなったな』


 バウークの町の聖教会を潰しにきたが、あのエクソシストは本命ではない。この教会を預かる立場にある神父――おそらく悪魔が標的だ。


『神父を探さないと――』

「それなら、もう捕まえました」


 エキナが右手を上げると、首に縄をつけられた教会の男――神父が飛んできた。見えない絞首台に吊されているが如く、地に足がつかない状態で、ぷらーん、と。


『……』

「復讐して回っていた時もそうですけど、逃げようとする人が多くて……」


 エキナは当たり前のように告げる。仮面の奥で、どういう顔をしているのだろうか。彼女は経験上、ラトゥンが何をしようとしているか理解した上で、何もしていないように見えて、しっかり動いていた。


 ――これは、有能。


 上司と部下という関係のつもりはなかったのだが、エキナはラトゥンに雇われている体で同行しているのだ。そこできちんと有能さをアピールしている辺り、ラトゥンの好意に甘えているだけではなかった。


『神父は、死んでいるのか?』

「フリでしょう。手応えがないです」


 宙で首を吊られている神父。ぐったりして、パッと見、絶命しているように見える。瞳孔は開き、人間であれば死んでいるが――先ほどから臭う。悪魔の臭いが。


『一応、確認するがあれは人間か?』

「悪魔でしょう」

『まだ生きているというのは?』

「人間の死体なら、今頃漏らしているでしょうから」

『漏らす?』


 それはつまり――


「おしっことか糞とか。死体になると色々緩くなって、出てくるんですよ」


 死刑執行人は、死体の扱いについてプロである。しかし、かつての可憐なお嬢様の口から出る言葉とは思えず、ラトゥンは微妙な気分になった。


『だ、そうだが神父? いつまで死んだフリを続けているんだ?』

「……」

『まあいい。悪魔の臭いが漂っているお前は、ここで始末する』


 これ以上、人を拐かし、何も知らない者たちを食い物にさせないために。――俺みたいに、騙されて利用されないように。

 暴食が腕を伸ばした時、死んだフリをしていた神父が自らを吊すロープを切って、宙づりから脱出した。やはり生きていた。


「くそっ、暴食! それに処刑人が結託するとは!」


 床に着地した神父が両腕を悪魔のものに変える。


『どうして、聖教会の神父はどいつもこいつも死んだフリをするんだ?』


 ラトゥンが襲撃した聖教会の責任者は、人に化けていて、かなりの割合でやられたフリをする。ギリギリまで本性を隠しているのは、化けているプライドなのか。


『なあ、教えてくれよ』


 暴食の左胸が、神父が自らを守るように出した腕を喰らった。


「うわぁっ!」

『お前はここで、どんな仕事をしていた?』

「なに……?」


 神父は痛みに顔を歪めつつ、怪訝な声を上げた。


『お前たち聖教会が悪魔の隠れ蓑なのは知っている。総じて人間を食い物にしていることもな。……だが俺は思うわけだ。もしかしたら、どこかに善人のような悪魔がいて、世のため人のために奉仕している奇特な者もいるのではないか、と』

「……」


 きょろ、と悪魔の目があらぬ方向に動いた。暴食はため息をつく。


『お前、いま考えたな? どうやったらこの状況を抜け出せるか』

「!」

『時間切れだ』


 神父を演じていた悪魔の頭を砕き、その死骸を左腕が喰らう。エキナがやってくる。


「いつも聞いているのですか?」

『ん? ああ、まあな。見ての通り、聖教会は悪魔に支配されているが、こいつらがその土地土地で何をしているか知らないんだ』

「知らずに襲撃をかけているんですか?」

『そうだ』


 聖教会は、がっつり悪魔が支配している組織だ。一部に悪魔が浸透している、とかではなく、創設時から悪魔が管理運営し、自分たちに都合の悪い者を異端と認定して排除してきた。他の宗教を滅ぼし、国に取り入り、裏で暗躍する――そういう組織である。


『存在自体が、人を騙し、利用しているからな。そこにあるだけで潰すに値するが……。中には話のわかる奴もいるのではないか、と少し期待してしまうわけだ』


 自分が元は人間だったとか、悪魔の中にも人間のように良い者がいるのではないか。ラトゥンは自分という存在から、そう考える時があった。


「そういう悪魔はいましたか?」

『いや。……今のところ、全て外れだ』


 暴食の姿を見るなり、神殿騎士のように襲い掛かったり通報しようとしたり、敵対行動を取った。騙す意図なしで、会話を試みる悪魔は、皆無であった。


『少しは話してくれてもいいのに、何故か襲いかかってくるんだ、悪魔は。……何故だろうな』


 周囲の気配を探り、人の気配を感じられなかったので、ラトゥンは暴食の姿を解いた。


「さあて、この教会ではどんな悪事が働かれていたか、暴き出そうじゃないか。……手伝ってくれるか?」

「もちろん」


 エキナは頷いた。ラトゥンは、これまでやってきたように、教会の中を探り――祭壇の裏に地下への秘密の階段を見つけた。


「聖教会の建てた教会は、大抵ここから地下に下りる階段がある」

「共通なんですか?」

「今の所はな。ただ中の構造は別だ。……気をつけろ。ちょっとしたダンジョンになっていることもあるからな」


 ラトゥンは石の階段を下りる。聖教会の悪魔たちの秘密の部屋。この先にあるのは、ろくでもないものばかりなのだ。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?