エクソシストの首に縄が食い込み、後ろへ引っ張ったのは、ラトゥン――暴食にも見えていた。
エキナの処刑人の能力。以前戦った時に、一度食らったからわかる。ラトゥンを援護するつもりなのだろう。
どうあれ、相手の態勢が崩れた隙を見逃さず、暴食の腕が、ようやくエクソシストを捕らえ、その体を食い千切った。
『助けられたな』
「余計なことをしましたか?」
少し離れた位置で静観していた仮面の処刑人は、訓練された従者のようだった。
エクソシストは、聖教会の中の悪魔掃除屋。相性で言えばあまりよくないが、あれで上級悪魔を仕留められたかは別問題。いくら目が良かろうとも、あのまま戦い続ければ、いずれは倒せたのではないか、とラトゥンは思う。
『時間の節約にはなったな』
バウークの町の聖教会を潰しにきたが、あのエクソシストは本命ではない。この教会を預かる立場にある神父――おそらく悪魔が標的だ。
『神父を探さないと――』
「それなら、もう捕まえました」
エキナが右手を上げると、首に縄をつけられた教会の男――神父が飛んできた。見えない絞首台に吊されているが如く、地に足がつかない状態で、ぷらーん、と。
『……』
「復讐して回っていた時もそうですけど、逃げようとする人が多くて……」
エキナは当たり前のように告げる。仮面の奥で、どういう顔をしているのだろうか。彼女は経験上、ラトゥンが何をしようとしているか理解した上で、何もしていないように見えて、しっかり動いていた。
――これは、有能。
上司と部下という関係のつもりはなかったのだが、エキナはラトゥンに雇われている体で同行しているのだ。そこできちんと有能さをアピールしている辺り、ラトゥンの好意に甘えているだけではなかった。
『神父は、死んでいるのか?』
「フリでしょう。手応えがないです」
宙で首を吊られている神父。ぐったりして、パッと見、絶命しているように見える。瞳孔は開き、人間であれば死んでいるが――先ほどから臭う。悪魔の臭いが。
『一応、確認するがあれは人間か?』
「悪魔でしょう」
『まだ生きているというのは?』
「人間の死体なら、今頃漏らしているでしょうから」
『漏らす?』
それはつまり――
「おしっことか糞とか。死体になると色々緩くなって、出てくるんですよ」
死刑執行人は、死体の扱いについてプロである。しかし、かつての可憐なお嬢様の口から出る言葉とは思えず、ラトゥンは微妙な気分になった。
『だ、そうだが神父? いつまで死んだフリを続けているんだ?』
「……」
『まあいい。悪魔の臭いが漂っているお前は、ここで始末する』
これ以上、人を拐かし、何も知らない者たちを食い物にさせないために。――俺みたいに、騙されて利用されないように。
暴食が腕を伸ばした時、死んだフリをしていた神父が自らを吊すロープを切って、宙づりから脱出した。やはり生きていた。
「くそっ、暴食! それに処刑人が結託するとは!」
床に着地した神父が両腕を悪魔のものに変える。
『どうして、聖教会の神父はどいつもこいつも死んだフリをするんだ?』
ラトゥンが襲撃した聖教会の責任者は、人に化けていて、かなりの割合でやられたフリをする。ギリギリまで本性を隠しているのは、化けているプライドなのか。
『なあ、教えてくれよ』
暴食の左胸が、神父が自らを守るように出した腕を喰らった。
「うわぁっ!」
『お前はここで、どんな仕事をしていた?』
「なに……?」
神父は痛みに顔を歪めつつ、怪訝な声を上げた。
『お前たち聖教会が悪魔の隠れ蓑なのは知っている。総じて人間を食い物にしていることもな。……だが俺は思うわけだ。もしかしたら、どこかに善人のような悪魔がいて、世のため人のために奉仕している奇特な者もいるのではないか、と』
「……」
きょろ、と悪魔の目があらぬ方向に動いた。暴食はため息をつく。
『お前、いま考えたな? どうやったらこの状況を抜け出せるか』
「!」
『時間切れだ』
神父を演じていた悪魔の頭を砕き、その死骸を左腕が喰らう。エキナがやってくる。
「いつも聞いているのですか?」
『ん? ああ、まあな。見ての通り、聖教会は悪魔に支配されているが、こいつらがその土地土地で何をしているか知らないんだ』
「知らずに襲撃をかけているんですか?」
『そうだ』
聖教会は、がっつり悪魔が支配している組織だ。一部に悪魔が浸透している、とかではなく、創設時から悪魔が管理運営し、自分たちに都合の悪い者を異端と認定して排除してきた。他の宗教を滅ぼし、国に取り入り、裏で暗躍する――そういう組織である。
『存在自体が、人を騙し、利用しているからな。そこにあるだけで潰すに値するが……。中には話のわかる奴もいるのではないか、と少し期待してしまうわけだ』
自分が元は人間だったとか、悪魔の中にも人間のように良い者がいるのではないか。ラトゥンは自分という存在から、そう考える時があった。
「そういう悪魔はいましたか?」
『いや。……今のところ、全て外れだ』
暴食の姿を見るなり、神殿騎士のように襲い掛かったり通報しようとしたり、敵対行動を取った。騙す意図なしで、会話を試みる悪魔は、皆無であった。
『少しは話してくれてもいいのに、何故か襲いかかってくるんだ、悪魔は。……何故だろうな』
周囲の気配を探り、人の気配を感じられなかったので、ラトゥンは暴食の姿を解いた。
「さあて、この教会ではどんな悪事が働かれていたか、暴き出そうじゃないか。……手伝ってくれるか?」
「もちろん」
エキナは頷いた。ラトゥンは、これまでやってきたように、教会の中を探り――祭壇の裏に地下への秘密の階段を見つけた。
「聖教会の建てた教会は、大抵ここから地下に下りる階段がある」
「共通なんですか?」
「今の所はな。ただ中の構造は別だ。……気をつけろ。ちょっとしたダンジョンになっていることもあるからな」
ラトゥンは石の階段を下りる。聖教会の悪魔たちの秘密の部屋。この先にあるのは、ろくでもないものばかりなのだ。