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第16話、対エクソシスト


 バウーク聖教会の乗り込んだラトゥンとエキナ。

 夜の訪問に応対した助祭は、レッサーデーモンが化けていたもの。ラトゥンは挨拶もそこそこに一刀両断にした。

 静謐な教会内に、悪魔の死体が落ちて重々しく響く。


「さあ、出てくるのは悪魔か。悪魔に騙されている人間か」


 ぬっと、ラトゥンは、その姿を暴食に変える。出迎えの助祭が悪魔だったことで、この教会はほぼ黒。正体を隠す独立傭兵の姿をするより、悪魔の姿でいたほうが、都合がいいのだ。

 ドン、と奥の扉が開けられた。バタバタと教会の侍者――アコライトたちが現れた。若い彼らは、暴食の姿を見て、恐れおののく。


「あ、悪魔だっ!!」

「あぁ……何で!」


 ――こいつらは、悪魔じゃないな。


 人間の、まともな反応だ。

 暴食は一歩を踏み出せば、聖教会のシンボルの護符を向けてきた。魔を祓うお守りだが、そもそも悪魔が巣くっている教会が、悪魔に効果のあるアイテムを信者らに配るはずもなかった。


 何も知らない侍者に用はない。逃げるなら見逃してやる。暴食がノシノシと奥へと近づけば、彼らは悲鳴をあげて逃げ惑った。


 ――さあ出てこい、悪魔。


『いるんだろう? そこに』


 奥の扉から、臭うのだ。悪魔の臭いというものが。


「いやはや、まさか、本当にいらっしゃるとは――」


 奥から涼やかな若い男の声がした。


「本当に暴食が、教会巡りをしているとは。カラド神父の仰った通りだ」


 ――違うな。こいつは人間か。


 現れたのは、黒衣をまとう長身の男。その制服は――


『エクソシストか』


 人に取り憑いた悪魔を追い出し、人を正しい状態に戻すという教会の役職の一つ。討伐中心の神殿騎士とは異なり、被害者の状態確認や診察も職務に含まれている。


 とはいえ、神殿騎士より弱いかと言えば、そんなこともない。悪魔を追い出すことができるほどなのだから、多かれ少なかれ、戦う術を持っている。その前身は教会の教えに忠実な元傭兵やハンターだったりするのだ。


 ――精々、狂った死霊や下級悪魔を追い出す程度の実力しかないだろうがな。


 本人たちが自覚しているかは知らないが、狂った悪魔や霊の後始末をしているのがエクソシストだ。そもそも悪魔が支配する教会が、本気の悪魔祓いなどするわけがない。


『失せろ』


 人間には興味がない。暴食はさらに前へ。するとエクソシストはホルスターから大型拳銃を抜き放った。


「そうはいかないのですよ、暴食!」


 猛牛も殺せそうな一発が轟いた。頭を狙った一撃は、暴食が頭を傾けたことで外れた。


『音だけは一丁前だが』


 暴食は、自身の左胸を親指で指した。


『狙うなら、ここだ』


 頭なんて被弾面積が小さくて当たりづらい。的が大きくなる胴体を狙うのが一番命中しやすい。


「騙されませんよ、暴食。悪魔の心臓の位置はそこではないのでしょう!?」


 さて、どうかな――暴食は飛び込んだ。エクソシストは次弾を装填しつつ横っ飛びで、突進を躱す。一発ずつ球を込めないといけないのは面倒ではあるが、拳銃としては破格の威力がある代物だった。


『お前と遊んでいる暇はない』

「そう連れないことを言わないでくださいよ、暴食。わざわざ中央から送られてきたんですから!」


 バン、とまた耳に響く轟音と共に銃が放たれた。

 無益な殺生はしたくはないが、攻撃してくる者に対して慈悲をかけるほど、ラトゥンも優しくはない。戦場の鉄則、武器を持って襲ってくるなら殺しても構わない。……エキナについては、知り合いだったこともあって例外。


 暴食はエクソシストの懐に飛び込む。目にもとまらぬスピード。しかしエクソシストの目は暴食を捉えていて。


「はいっ!」


 真上に拳銃を放り出し、腰から短剣をそれぞれの手にとっての、瞬きの間の斬撃が暴食の体を刻んだ。


『ほう?』


 ――暴食に傷をつけた。中々やるじゃないか。


 わずかに走った痛みは、しかし浅い。

 上に放った拳銃が落ちてきて、エクソシストはそれをキャッチ。至近距離。必殺の間合い――にもかかわらず、彼は素早く後退した。


 弾を込めねば撃てないのだ。一発撃って、装填の余裕がなく、暴食が飛び込んできたから。

 飛び退きながらエクソシストは、弾を込めて、銃口を悪魔に向ける。その素早さは熟練のそれ。だが暴食の腕が早かった。


『そうそう、好きにさせるはずがないだろう……?』


 暴食の左腕が、大型拳銃を噛み砕いた。


「うわっ、とっ!」


 エクソシストはさらに下がる。暴食はニヤリとした。


『俄然、お前に興味が出てきたぞエクソシスト。お前、悪魔と契約したな……?』

「やはり、わかりますか。……ええ、私は悪魔と契約し、この目をいただいたのですよ。どのような速度も追従できる目をね」


 人の目ではないそれに変わるエクソシスト。そういうことならばラトゥンとしても話は変わってくる。


『わかっているのか? お前の願いが何かは知らんが、それが果たされた時、未来永劫、悪魔の奴隷として死ぬこともできないようになるんだぞ』

「それをあなたが説きますか。私は私の都合で生きている! あなたには関係ありません、ねっ!」


 エクソシストが短剣を二刀流として向かってきた。暴食は口元を歪めた。


『確かに、俺には関係ないな』


 そちらがそのつもりなら、遠慮はいらない。聖教会にいて、悪魔と契約して、全てを承知しているのならば、人間とはいえ『敵』だ。

 暴食は向かってきたエクソシストに右のパンチを叩き込む。だがエクソシストは――


「止まって見えますよ! そんな攻撃!」


 悪魔から得た目は、相手の攻撃モーションを捉える。近接戦闘に関して、攻撃を全て回避できる自信がエクソシストにはあった。


「悪魔は聖属性に弱い!」


 エクソシストの両手のダガーの刀身が煌めく。


「聖教会の中でも対悪魔に特化したエクソシストと舐めないでいただきたい!」


 暴食の攻撃を躱し、カウンターとして二つのダガーが悪魔の首もとを狙う。勝ちを確信するエクソシストだが、その瞬間、首根っこを後ろから引っ張る猛烈な力を受けて、一瞬で意識を失いそうになった。


「ぐぇっ――!」


 変な声が出た。首にかかった縄。何が何だかわからないエクソシストの体は宙へと浮き上がりかけ、暴食に捕まった。

 そしてその左腕に食われる。最後の瞬間、彼のよく見える目は、教会の端で影のようにたたずむ仮面の女を捉えた。

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