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第15話、教会訪問


 夜も賑やかな町と言ってもその光の届かない場所はある。

 裏手に回り、人の気配がないのを確かめ、ラトゥンは顔をあげれば、白い仮面が闇の中、民家の屋根から見下ろしていた。


「怖っ」


 思わず声に出た。何も知らなければ、ちょっとしたホラー展開である。ちょいちょいと指で『来い』とジェスチャーを送ると、エキナはさっと飛び降りた。

 食事処で手に入れた夕食を渡せば、彼女はうれしそうにそれを受け取り、仮面を上にずらした。


 ――やっぱり顔が見えるほうがいいな。


 ラトゥンは思ったが、口には出さなかった。エキナは、妙に顔を見られるのを嫌うというか、避けている節があるので、これでまた顔を背けられるのももったいない。

 それはそれとして。


「俺は情報集めをしてくる」


 ついでに仕事を探してくると心の中で呟く。口に出しても意味がないからだ。エキナでは職探しはできないし、それを承知の上で同行しているので、申し訳ないと謝られても面倒なのである。


「適当に休んでいていいぞ」

「わかりました」


 エキナは素直だった。ラトゥンは頷くと、まだまだ明るい夜のバウークの町に戻った。

 適当な通行人に声をかけ、酒場の場所を聞き出すと、そちらへと赴く。情報収集の基本は酒場だ。


 これがもしハンターであったなら、ギルドにいけば適当な仕事がいくらでもあるのだが、それが利用できるのはハンターのみ。独立傭兵は自らの足で、仕事を採りにいくのだ。


 賑わう酒場は、雑多な人々で溢れていたが、ドワーフが多く、うるさいくらいだった。ここから必要な情報に聞き耳を立てるのは、骨が折れそうだった。


 人よりも背は低いが、がっちりしていて横幅のあるドワーフは、酒豪の傾向があり、それらが酔っ払うのだから、人が飲むには度が強すぎる。幸い、バウークはドワーフオンリーではないから、人間用の酒もあるので助かった。


「マスター、最近どうだい。町で何か厄介事はあるかい?」

「傭兵ですかい?」

「独立傭兵だ」


 酒場のマスターは、短いやりとりでラトゥンの職業を言い当てた。格好からして旅人。そしてハンターか傭兵と連想するのは難しくない。が、ハンターと言わなかった時点で、少なくとも素人ではないのは確かだ。


「それじゃあ、あんたは知らないな――町の近くでゴブリンの集団がいるらしいということで、ギルドがハンターを集めていますよ」

「ほう……」


 ゴブリン。小鬼とも言われ、集団で行動する。亜人と分類されると他の亜人系が怒り出すほどの蛮族だ。基本、どの種族に対しても敵対的で、特に人型種のメスに目がなく、人類含めて、様々な種からヘイトを重ねている。繁殖力が強くて、害しかあたえないので、ゴキブリ並に嫌われている。


「そりゃ一大事だ」


 しかしハンターギルドが動いているなら、独立傭兵の出番は怪しい。熟練ハンターを含めた複数ハンターがかかれば、ゴブリンの集団の掃討は難しくないからだ。それで収まるならばよし。だが収まらないと――


「聖教会は動いていないのか?」


 そういう一大事には、神殿騎士や駐留する教会の武装信者が、町の防衛やギルドのサポートに入る傾向にある。


「今回は、兵は出していないようですよ。……例の暴食騒動で、人員を取られているって噂です」

「へぇ……」


 つまり、普段より手薄なわけだ。どこもかしこも、暴食の悪魔探しで忙しいということだ。

 ラトゥンは自分のことでありながら、聖教会が探している暴食が、そのお膝元で酒を飲んでいる事実に笑い出したいのをこらえた。


 ――町の防衛に加わる戦力がないなら、ここの教会も今のうちに潰しておくか。


 悪魔に支配されている聖教会である。表向きは人のために祈り、救い、守っているが、それは人々を懐柔して、支配するためだ。悪の巣窟は、取り除かねばならない。



  ・  ・  ・



 ラトゥンが酒場を出ると、正面の建物の屋根の上に、光が反射して浮かぶ仮面が見えた。


「……だから怖いよ、それ」


 聞こえない程度の声で呟きつつ、ラトゥンは、酔っ払いたちの群れを躱して、町の教会へと足を向ける。

 ちらと通りの建物の屋根を見れば、やや距離を置いてエキナがついてきていた。休んでていいと言ったのだが、護衛役の如くラトゥンから目を離すつもりはないらしい。


 構わず町を行き、尖塔の目立つ建物――バウークの町の教会へと辿り着いた。町の中央から外れていることもあって人の気配はない。夜ということもあり、明かりはなく、門も閉ざされていた。

 すっと、ラトゥンの背後にエキナがやってきた。


「夜の教会というのは不気味なものだ」

「そうですね」


 彼女は同意した。


「どうするんです、ラトゥン?」

「お邪魔するさ」


 ラトゥンは門を押し開ける。夜に教会に駆け込む者もいるから、基本的に鍵はかけないのが教会というものだ。

 教会までのスペースを突っ切り、木製の扉を押す。ガタリ、と重い音を立てて、扉は開いた。起きている当直の者が、音を聞きつけて現れるだろう。その間に、ラトゥン、そしてエキナは、長椅子の整列している教会内を進む。中は真っ暗で、外の明かりが窓から差し込む程度であった。


「――どうされました?」


 ランプを手に神父らしき男が現れた。いや、若いから助祭かもしれない。ラトゥンは別段急ぐまでもなく、ゆっくりと近づく。


「いやなに、ちょっと近くまで寄ったものでね……」


 右手を挙げて、その手を悪魔のそれに変える。


「ちょっとしたお使いだよ」

「そうですか、それはご苦労様です」


 助祭は、悪魔の手を見ても驚かなかった。彼も真似て右手を挙げると、赤褐色の腕に変化させた。


 ――はい、レッサーデーモン確定!


「神父様はいらっしゃるかな?」

「奥にいらっしゃいます」


 助祭は頷いた。


「それで、とちらからのお使いでしょうか?」

「地獄からだよ」


 その瞬間、ラトゥンは左腕から暗黒剣を取り出し、助祭に化けている悪魔の胴体を両断した。


「ぐわっ!?」

「悪魔を狩るのも、ハンターの仕事でね。――あぁ、元ハンターだけど」

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