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第14話、機械の町


 バウークの町は、夕焼けに照らされ、一種の城塞のようにも見えた。

 尖塔の如く突き出た塔のようなものは、巨大な煙突であり、煙を吐き出している。


「蒸気の町だ」


 ラトゥンは人型へと戻る。


「『機械』を扱う技術者と、ドワーフの町だ」


 ドワーフ、地底の民と言われる亜人。かつて栄えた古代文明の遺産である機械を研究し、今の魔法と蒸気の合わさった独自の機械技術を発展させている種族。その機械は、人間の社会でも取り入れられ、蒸気と魔力で動く自動車などがある。


「電気もあります」


 エキナは、町の至る所で点灯を始めた光をじっと見つめているようだった。仮面のせいでいまいち表情はわからないが。


「仮面は外さないのか?」

「処刑人ですから」


 もったいないな――ラトゥンは、エキナに預けていた装備を受け取る。


「俺は町へ行くが、それだと町に入れるのか?」

「町の中についてこいと?」

「一人で外で待っているのか?」

「大丈夫ですよ。最初から野宿のつもりでしたし」


 エキナは平気だと言った。外壁の外側に一人で残しておくのはどうなのか、とラトゥンは思う。

 町や村の外は、基本危険な魔獣などが徘徊している。畑などは、共同で購入した自動人形やゴーレムなどが守っているが、ハンターでもなければ夜に集落の外にはいないものだ。


 ラトゥンが狼の姿をとって、道中をかっ飛ばしたのも、夜の危険性を知ればこそであり、日の出ているうちに町へ着きたかったからだ。


 ――エキナが俺と戦った時の力が出せるのなら、そこらの魔物や獣程度、相手にならないんだろうが……。


「心配、しているのですか?」


 エキナが小首をかしげる。仮面の奥で困惑顔をしていたら、可愛いかも、とラトゥンの脳裏によぎる。子供の頃の彼女はそうだった。


「まあ、そんなところだ」


 お貴族様の子供だったから、というのは過去の話。ただ昔の印象というのは、そう簡単には拭えない。


「……そうですか」


 仮面の処刑人は少し考える。


「わかりました。ならば、ご迷惑にならない程度について行きます」


 町に忍び込んで、屋根の上などから、ラトゥンを見守るようについていくと、彼女は提案した。ラトゥンから離れていれば、処刑人同伴と思われることはないし、一応、町の中ではある。


「わかった。それでいこう」


 思えば初遭遇が、教会の屋根を突き破っての登場だった。エキナの能力ならば、建物の屋根づたいの移動などもできるのだろう。

 ラトゥンは、一時エキナと分かれて町へと急いだ。地平線に太陽が沈み、夜が訪れる。普通に考えれば、外壁持ちの町の門は閉まる。


「……あぁ」


 ジャラジャラと音を立てて、巻き上げ式の門が、ラトゥンの目の前で閉じてしまった。門の上の歩廊に、人の気配があったが、それも去って行く。

 こういう開け閉めに面倒な門は、人が一人いるくらいで、ホイホイと開けてくれるものではない。貴族や王族の一行なら話は違うが、独立傭兵ごときでは話にならない。


「外でぼっちは俺の方だったか」


 さて、エキナには町に入るように言ったが、もうこの外壁を飛び越えて入っただろうか。外で待たせておけば合流して、一緒に野宿だったのに、物事は上手くいかないものだ。


 ――どこか見張りが手薄そうな場所を見つけて、俺も外壁を超えるか。


 などと考えていると、斜め上からエキナの声がした。


「――ラトゥン。こっちへ」


 思った通り、彼女は外壁の上にいた。他に見張りがいないのだろう。ラトゥンは彼女の下へと移動すれば、縄が落ちてきた。


「……嘘だろう?」


 どう見ても絞首刑に使うロープだった。ご丁寧に首を絞める輪っか付きで。


「これで首を吊れって?」

「掴んで。引き上げます」


 これも悪魔との契約でもらった力なのだろう。首を通す輪を手で握れば、すっと上へと引き上げられた。成人男性としてそれなりに重いラトゥンを軽く引く力は、一般的な女性のそれではない。

 上まで引っ張られて、ラトゥンは外壁の天辺に到達した。


「すまない。……これで俺も不法侵入だなぁ」


 できれば正規の手順で入りたかったし、何なら外で一泊でもよかった。成り行き上、こうなってしまったのは皮肉としかいいようがない。

 歩廊に町の警備はいなかった。少し不用心に感じたが、入り込んだラトゥンとしては騒ぎにならないだけ助かるという、これまた皮肉。


「余計なことをしましたか?」


 仮面で表情はわからないが、エキナが少し躊躇いがちに言った。悪いことをしているという自覚があるのだろう。彼女は育ちがいいから、真面目なのだ。


「いや、俺もあまり目立てない身分だからな。いいさ」


 それよりも食料を調達してこよう。背に腹はかえられないのだ。何をしようがしまいが、腹は減る。



  ・  ・  ・



 機械の町は、オイルと鉄の臭いがした。夜となって少し気温は下がったのだが、全体的にむしっとしている。

 明かりが煌々とたかれ、町の人間とドワーフが行き交う。陽気な笑い声。かと思えば怒鳴り声に喧嘩。昼間かと思えるほど騒がしい。


 ラトゥンは食事処で、一人夕食を取る。パンに豆のスープ。得体の知れない肉は、大トカゲの肉らしい。店主に持ち帰りを頼めないか、相談したら皿やカップは渡せないからそれ以外で持って行けるなら用意すると言われた。スープはラトゥンが愛用しているマグカップに入れてもらう。


 ――エキナ用の食器も調達したほうがよさそうだ。


 彼女は、悪魔に従属していた時は、ほとんど飲まず食わずでも活動できたらしいが、契約が外れてから、普通に腹をすかせるようになった。主だった悪魔のせいでもあるが、旅を舐めているんじゃないかというほど、エキナは軽装で、何も持っていない。


 ――ここらで、金を稼いでおかないとな……。


 足りなくなる前に、その都度、独立傭兵として仕事をする。そのスタンスだから、王都までの道中はあまり余裕はない。ここでエキナを抱えたから、間違いなく不足する。


「ほらよ」


 店主が、ラトゥンのマグにスープを入れて返した。――おや、これは。


「夜も仕事なんだろう? 頑張れや」


 豆だけじゃなくて、肉団子を入れてくれていた。特に何も言わないのに、持ち帰りと言っただけでサービスがつくのは、バウークの町では夜の仕事も多いのだろう。


「ありがとうよ」


 ラトゥンは礼を言い、食事処を後にした。

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