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第13話、次の町を目指す


 処刑人を抱えるなんて冗談ではなかった。

 ラトゥンとて、世間一般の死刑執行人の扱いは知っている。ただそばにいるだけで、悪い噂が立ち、知らずに酒を一緒に飲んだだけで、処刑人と話した方が、村八分にされる。


 一カ所に住むわけではないが、立ち寄る先々で、処刑人同伴というだけで、途端に宿が利用できない。食料や物資の調達も困難になる。

 とにかく、嫌われ度合いが半端ない。ハンターや傭兵も血なまぐさく、ある種アウトローな見方をされるが、処刑人に比べれば、天と地ほどの差がある。


 傭兵に関しては、避けられるが宿も店も利用はできる程度。ハンターは、魔物退治専門で、人を殺すことは滅多にない――あっても盗賊やら犯罪者で、一般人にとって身近な敵だから、嫌われることは少ない。逆に、本人の性格次第では人気者にもなれた。


 しかし、ラトゥンは、結局、エキナの同行を認めた。

 第一に、子供の頃から知っている、ということ。親しかった者を突き放すほど、ラトゥンは薄情にはなれなかった。


 第二に、戦闘面では頼りになるということ。彼女は元々、剣の腕前は悪くなかったが、悪魔との契約で獲得した力は、自身も悪魔であるラトゥンに匹敵する。……気がかりは、契約していた悪魔が消えたことで、力が消滅する場合だが、見たところその心配はなさそうだった。


 第三、ラトゥン自身が悪魔『暴食』であること。ここで捨てる選択をした場合、暴食が独立傭兵に化けていると聖教会にバレる恐れがあった。……口封じに顔見知りを殺せないところが、自分でも甘いとラトゥンは思った。


「俺は、聖教会と戦っている」


 ラトゥンは、エキナに改めて告げた。


「あんたにとっては元の雇い主だ。それと敵対しているのは、言わずもがな、だな」

「はい」


 仮面で素顔を隠しているエキナは、コクリと頷いた。聖教会が暴食を追っているのは、彼女も知っている。その暴食がラトゥンなのだから、当然と言える。


「それでも、俺についてくるか?」


 エキナは頷いた。本人が了承した上ならば、何も言うまい――そう考えるのがラトゥンという人間だった。



  ・  ・  ・



「買い物は基本、俺がやる」


 ラトゥンは、次の町を目指して、街道を歩いていた。


「野宿になると思ってくれ」


 何故そうなるかは、言わなくてもエキナは理解していた。


「乗り合い馬車だったり、車の類いは乗れない」

「……」


 これもまた、公共交通機関は、処刑人お断りだからだ。ラトゥンは、ちらとエキナを見た。


「その格好、やめられないか?」


 いかにも処刑人ですという衣装を変え、仮面を外せば、処刑人だとはわからない。それだけで、町や村で利用できるサービスは雲泥の差である。


「これは、わたしがわたしであるということですから」


 エキナは首を横に振る。


「一度処刑人になったら、他の仕事にはつけないんですよ」

「……そんなものか?」


 世間ではそうだが、悪魔になり、ラトではなくラトゥン・サンダーという独立傭兵を演じている身からすると、その気になれば何でもなれる気がするのだ。

 ふふ、と仮面の奥でエキナは笑った。


「仮面を外したところで、わたし、銀髪の処刑人で有名なので、すぐわかってしまうと思います。王都を目指しているのなら、なおさらです」


 国の中央、聖教会の総本山を目的地の一つとしているラトゥンである。


「わたしは王都で死刑執行を多くやっているので、王都に近づけば近づくほど、気づく人も増えるでしょう。ちょっと姿を変えた程度では意味はないかな、と。……すみません」

「そうか……」


 なら、仕方ない。ラトゥンは責めなかった。了承したからには、文句を言うのは人としてどうかと考えている。

 町を離れ、広大な小麦畑を越えてしばし。どこまでも広がる丘陵地帯を、一本道が続く。


「どうしました、ラトゥン?」


 キョロキョロと見回しているラトゥンを見やり、エキナは問うた。


「荷物を持て」

「はい」


 ラトゥンからバッグやその他を押しつけられる。何でもするといったエキナは、ようやく仕事かと嬉々として受け取った。処刑人に装備を渡すというラトゥンの態度は、それを気にしていないという何よりの行動だから、エキナの内心を喜ばせた。


「化けるぞ」


 一言告げ、ラトゥンの姿が、人から獣へと変わる。


「え……」


 一瞬、固まるエキナだったが、そういえばラトゥンは悪魔の体で普段、人に化けているのだと思い出し、硬直を解いた。これからは驚かないようにしないといけない。そう思うエキナの前で、ラトゥンは、巨大狼になった。


『乗れ』


 低い声で、狼は言った。エキナは困惑する。


「背中に、ですか?」

『徒歩より早く移動できる。……早く乗れ』


 はい――エキナは恐る恐る、巨大狼に近づき、その背に乗った。狼は乗りやすいようにその場に座り込んでいたが、エキナの体重を背に感じると、すっと四つ足で立ち上がった。


『掴まれ。走るぞ』


 ラトゥンは駆けた。四足で地を蹴る巨大狼は、人が走るよりもずっと速い。その背に跨がるエキナは、振り落とされないように太ももに力を入れる。上半身のバランスを保つために前傾する。


「ラトゥン、あなた、狼に変身できるのですね!」

『暴食で身につけた能力の一つだ』


 悪食な暴食は、敵対する者を喰らう。そうやって喰らった魔物や生き物の姿に変身することができるようになっていた。人間の姿に化けられるようになったのは、果たして何人の神殿騎士を返り討ちにした後だったか。


「あの、重く、ないですか……?」


 風に音に紛れて、ボゾリとエキナが問うた。狼の耳は、そんな途切れそうな声もしっかり拾ったが、ラトゥンは少し考える。人が乗れば重いのは当然だが、狼はもともと長距離走に長ける。その上、悪魔としての体力があれば、人の一人や二人を乗せるくらい何ともない。


 ――違うか。


 これはあれか。体重を気にする女性特有の不安というものかもしれない。


『大したことはない』


 重いといわなければ正解だろう――ラトゥンは、亡き幼馴染みのルイサとのやりとりを思い出し、密かに満足する。

 だが、すぐに彼女の命を奪った神殿騎士たちが脳裏に蘇り、怒りの感情が湧いた。暴食にした件も含めて、聖教会、そして神殿騎士団への復讐を改めて誓うラトゥンだった。


 やがて、日が沈む少し前、次の町であるバウークが見えた。

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