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第11話、処刑人を連れるというデメリット


 ラトゥンは困惑した。

 エキナが、ラトゥンの旅に同行したいと言ったことに。


「何故なんだ?」


 よりにもよって、暴食の悪魔であるラトゥンと一緒にいようと思ったのか?


「どう考えても、ろくなものじゃないぞ」


 何せ、聖教会は暴食の力を狙っている。神殿騎士団が、この国の至る所に神殿騎士を派遣して捜索しているのだ。

 人に化けているとはいえ、その正体がわかれば、同行者も無事では済まない。


「せっかく、悪魔の奴隷から解放されたんだ。自由に生きていいんだぞ?」

「それですよ」


 エキナは言った。相変わらず仮面をつけているので、何がそれなのか、いまいちわからないが。


「あなたはわたしを、悪魔の契約から解放してくれた。自分が招いた結果とはいえ、わたしはまた一度、自由を得るチャンスをいただいた……。永遠に悪魔の奴隷となるわたしを、人の道に戻してくれたんですよ」


 つまり、と彼女は自身の胸に手を当てた。


「あなたにお礼を返さねばならない。恩に報いなければ、人の道に反します」

「返してもらわなくてもいいぞ」


 ラトゥンはきっぱり告げた。


「お礼が欲しくて、助けたわけじゃない」

「でも助けられた。あなたはよくても、私は困るのです」


 エキナはじっとラトゥンを見つめた。


「あなたは私に自由に生きていいと言った。だから、わたしはあなたにご恩返しをします」


 迷惑だ、と思うラトゥンだが、少し考えてしまった。


「具体的には、どんなお返しがあるんだ?」


 もしかしたら同行する以外の方法で、お礼返しを妥協できるかもしれない。ただ駄目というよりは、別案で納得してもらったほうが、どちらにとっても損はないかもしれないのだ。


「何でもしますよ」

「何でも?」

「はい。何でも――」


 そう言うと、エキナは仮面をつけたままの顔をわずかに逸らした。


「お望みでしたら、わたしの体を使っていただいても構いません。経験はないのですが……」

「なっ、何を言っているんだ!?」


 彼女の提案は、要するに肉欲のまま抱いてもいいとか、そういう意味だと解釈するラトゥン。貴族令嬢だった人が、軽々しく言うものではないから、余計に動揺してしまう。過去を知るからこそ、慌ててしまった。


「俺は悪魔なんだぞ。よくそんなこと言えるよな」

「あなたは人間なのでしょう?」


 エキナは挑むように言った。


「悪魔の体は呪いのせい。それが解ければ、人間ではないのですか?」

「今は、悪魔だぞ」

「……抱きたいのですか?」


 自身の体を抱きしめるような仕草をとるエキナ。豊かに実った胸が下から押し上げられるように持ち上がる。


「あんたは、貴族の娘さんだったのだろう。そんな安売りをするものじゃない」

「元、ですよ」


 またも顔の向きを逸らすように変えるエキナ。


「今のわたしは、領地もお金も貴族の身分もない、ただの一人の女です。あるのは処刑人としての身分と、殺しの手管だけです」


 今は無きミゼリコーディ領。故郷を思い出すと、そのことには触れたくないラトゥンである。


「用心棒はいらないんだがな」

「ならば、わたしを雇ってください」

「は?」


 いきなり何を言い出すのか。ますますラトゥンは困惑する。話を聞いていたのか?


「何故、俺があんたを雇うんだ?」

「本当のところを言っていいですか?」

「もちろんだ。俺も理解したい」

「わたしは、元貴族の娘です。帰る家もなく、頼れる人もいません」


 エキナは胸を張った。


「残念なことに、いまさら自由をいただいても、どうしたらいいのかわかりません」


 帰る場所はない。相談できる相手もいないと彼女は言った。


「だから、わたしは居場所か、生きるための指針、目的が欲しいんです。だから――」

「俺と同行したい、か……」


 どうしてそうなるのか、やはり理解に苦しむ。

 状況は理解している。何故、暴食という危険悪魔の隣にいたいと考えるのか。どう考えても安心安全とはほど遠い環境である。


「死刑執行人なので、給料は安くてもいいですよ。タダ同然でも問題ないです」


 よくはないとラトゥンは思う。どんな仕事でも、きちんと報酬は支払われるべきだ。しかし、エキナの言うとおり、死刑執行人は人の死を取り扱う職業柄、かなり差別される仕事である。


 呪われているとか、血の臭いがどうのと、死を連想させるから、近くにいて欲しくないと人々は避ける。そして処刑人もまた、周囲からそれとわかる格好であることを強制されており、自ら処刑人であることを隠すことを許されていない。


 国によって扱いは異なるが、大抵よくは思われていない職業である。エキナが仮面などで顔を隠していて、やや肌露出面が多めなのも、処刑人という職業に課せられた制限の一つであろう。


 ラトゥンとしても、自分の状況を考えれば、旅の道連れにするには目立つため、できれば同行は御免蒙りたいところではある。

 道場の兄弟弟子、それなりに親しかったというのがなければ、すっぱりお断りしていた。いやそもそもこうして助けたりしなかっただろう。


「わたしのこと、いかようにしてもよいというのは本当です」


 エキナは、少し距離を詰めた。


「生きるも死ぬも、あなたに委ねます。あなたはわたしを利用し、使い倒せばよいのです。気にいらないなら、あなたのその暴食の力で、わたしを喰らってください」

「……」


 どうして、そう自分を他人に任せられる? ラトゥンは、かつてラトだったことをエキナには黙っているし、バレてもいないはずだった。彼女からすれば、見ず知らずの他人だ。それにも関わらず、命まで投げ出す覚悟を見せるのはどういうことなのか。


 以前のエキナは、そんなふうではなかった。ここまでの彼女の言動を改めて考えて、ラトゥンは一つの結論に達した。

 彼女は、本当に何も残っていない。その一方で、処刑人であることを含めて、自分の命をもはや捨てている。これは悪魔と契約した段階で、すでに自分のことなどどうでもいいと、覚悟していたのだろう。


 未練がないから、自分を粗末にできるのだ。暴食に喰っていいというのも、冗談やはったりではなく、おそらく本気だ。そうやって、人生を楽に終わらせたいに違いない。


「ふん、処刑人が他人に殺されることを望むか」


 聞いた話だと、人を殺さねばならない仕事柄、まともな神経ではいられない者も少なくないとされる。罪悪感や周りからの風当たり、その他諸々で精神を病んで自殺する者も珍しくない。


「気に入らないな。俺は独立傭兵なんだ。金にならない殺しはしない」


 嘘だった。悪魔とその仲間――たとえば神殿騎士などには、金など関係なく殺す。建前が必要なのだ、大人には。

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