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第7話、処刑人の襲来


 教会の天井は貫かれ、黄色く染まった空が見えた。日は傾き、やがて地平線に消える。

 パラパラと土が落ちて、瓦礫と破片で滅茶苦茶になった教会の中。ラトゥンは、壊れた長椅子の盾から姿を見せた。


 天井瓦礫の上に、それは立っていた。

 その女は白い仮面をつけていた。顔はわからない。しかし長い銀色の髪が見え、首には鉄の首輪があった。

 服装は一見すると簡素。胸は隠れているが、豊かに盛り上がり、一方で引き締まった腹筋が露出していて、細い腰回りと相まって、若く素晴らしい肉体であることを物語る。

 しかし全体的に灰と黒色のその衣装は、死刑執行を担う執行人のそれだった。


 手にしているのは、剣先が丸みを帯びた斬撃主体のエクセキューショナーズソード。首刈り専門剣だ。

 腕は年相応に細いが、その剣は、華奢な手には分厚く重い重量剣である。これもまた一撃で人の首を落とすためのものなのだが、ひどく不釣り合いにも見える。


「死刑執行人が、こんなところで何をしているんだ?」


 突然、天井をぶち壊して現れるなど、ただ事ではない。ラトゥンは肩に乗った埃を払うが、決して油断はしなかった。

 仮面の奥から、若い女の声がする。


「血の臭い……」


 すっと、仮面に覆われた顔が教会内を一瞥し、ある一点で止まった。


「お前は、人を殺したのか?」


 酷く感情の欠落した声だった。世間一般の死刑執行人への偏見の通り、感情に疎さ、乏しさを連想させる。


「俺は傭兵だからな。戦場でなら、両の指が足りないくらいは殺した」

「ここに神父がいたはずだが、お前が殺したのか?」


 話を聞いていたのか聞いていないのか、いまいち困る反応だ。ラトゥンは、小さくため息をついた。


「だとしたら?」


 神父の格好をした悪魔なら処分したが、おそらく言っても信じないだろう。ここの神父の正体がレッサーデーモンだったなどと。


「罪には罰を――」


 仮面の女は、すっと剣を振り上げた。


「死刑を執行する!」


 その瞬間、処刑人の剣が迫った。振って届くはずがない距離にもかかわらず、ラトゥンの首を落とそうと重剣の刃が向かってくる。

 とっさにラトゥンは持っていた暗黒剣で防いだ。ガキンと重々しい音が、辺り一面に響き渡った。

 重い一撃だ。これは若い女が出せる力ではない。いや男の戦士でもこの剛力は中々いない。明らかに人外の力だ。


「防いだ……?」


 仮面の奥で処刑人は、かすかに驚いたようだった。いつの間にかラトゥンのすぐそばに立っていた。


「わたしの剣は、如何なる相手の首も飛ばす執行の剣。お前は、悪魔か……!」


 再び襲いかかる処刑人の剣。ラトゥンは後退しつつ、それを防ぐ。

 またも首! 処刑人はしつこいくらい首を狙ってくる。


 ――確かにその剣は、突きは向かないだろうけど……!


 先端が丸みを帯びているから、突きはできても刺せない、貫けない。


 ――それとも、魔剣の類か……?


 一定条件で、破格の性能を発揮する武器。たとえば処刑人の剣だから、斬撃で本来の数倍の力が発揮されるとか。

 先ほど彼女が言った、如何なる相手の首を落とす、というのももしかしたらいきなり刃が迫ってきた攻撃の作用かもしれない。


 ――いや、それだけじゃないな!


 この動きも含めて、仮面の女が、人の範疇の外の動きを見せている。

 まるで、熟練の神殿騎士のような。悪魔に魂を売り渡して、力を増した者たちと同じように。いや、それよりも数段上のようにさえ感じる。

 だが。


 ――不思議だ。


 ラトゥンは、暗黒剣で繰り出される処刑人の剣を確実に防ぐ。パワーは相変わらずだが、その素早い剣の動きにしっかり対応できている。この動きは初見とは思えない。


 ――むしろ、この動きを知っている……?


 同じ流派、同じ剣の方のようだった。年齢にさほど差はなさそうだ。であれば、同時期に剣を学んだ可能性が高いのだが、いまいちピンと来ない。


 ――銀髪といえば、エキナお嬢様もだが……。


 ラトゥンがラトだった頃、剣の道場で一緒だった彼女。領主であるミゼリコーディ伯爵の娘がエキナだ。見目麗しい美少女で、おしとやか。しかし貴族として領地を守る者の心得を体得すべく、剣を学んでいた変わり者であった。


 ――しかし雰囲気が違うし、口調もそうだ。


 ここ数年会っていないが、ラトゥンの知るお嬢様とはまるで違う。そもそも彼女は、貴族令嬢で……三年前、ミゼリコーディ領は滅んでいる。エキナが生きていたとしても、死刑執行人になるはずがなかった。


 ――じゃあ誰だ?


 ラトゥンが故郷を離れた後に、道場に入ったのだろうか? 重ならない修行期間を考えると、よほど才能があったとも思えるが……。


「余計なことは考えない!」


 目の前の戦いに集中するべく、ラトゥンは防戦から攻勢に切り替える。同じ剣術であるならば、相手の隙を見逃さずに打って出る。力を除けば、相手の動きは手に取るようにわかる。

 ちょっとした自慢をすれば、その道場で一番の剣士であったとラトゥンは自負している。


「お前は何者だ?」


 聖教会と関係しているならば、明確な敵だ。

 一方で、死刑執行人から命を狙われるおぼえはない。教会で神父を殺したと見られて攻撃されているが、相手が神父ではなく悪魔であったと分かれば、もしかしたら手を引いてくれるのではないか。

 だが、それを差し引いても、この処刑人が常人のそれと違う。先にも言ったが、まるで悪魔と契約した神殿騎士のような強さ。もしそうであるならば、諦めて倒すしかないかもしれない。


 仮面の死刑執行人は答えない。ラトゥンの攻撃に余裕がないのかもしれない。

 と、思ったら、後方へ跳んだ。距離を取ろうというのか。逃がすか――ラトゥンが一歩を踏み出した時、突然、首に何かがぶつかり、物凄い力で斜め後ろへ引っ張られた。


「ぐっ!?」


 足が地面から離れた。首に凄まじい圧迫感。とっさに手をやれば、そこには太い縄があった。

 これではまるで絞首刑。縄で吊されているような格好だ。


 ――こいつ……!


 死刑執行人である。もしや、処刑人ならではの魔法や能力か。突然、空間から縄を出して、相手を吊す技。


 くそっ――!

 右手の暗黒剣で、吊り上げている縄を切断。あいにく死刑囚と違って、手が自由だ。どういう状況か理解できれば、対処もできる。

 床に着地したところで、処刑人がエクセキューショナーズソードを振りかぶり突進してきていた。破られた時の二段構え。さすがだが――


「どこに狙っているのか、見え見えなんだよ!」


 首の切断に固執しているから、瞬時の反応も間に合う。ラトゥンの暗黒剣が、処刑人の剣を弾くと、さらに追い打ち。

 一瞬の隙をついて、ラトゥンの剣が処刑人の顔、その仮面に触れた。ざっくり切れなかったが当たったことで仮面が弾け飛ぶ。

 そこで露わになった処刑人の素顔に、ラトゥンは絶句する。


「エキナ、お嬢……!?」


 かつての同門、そして故郷の領主の娘であるエキナ・ミゼリコーディがそこにいた。

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