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第2話、ラトという男


 その男は、ハンターだった。


 魔物や獣を狩り、村や人々を守る仕事だ。幼き日の憧れ、それは著名な上級ハンターになりたいという、純粋な英雄願望だったのかもしれない。

 人によっては稚拙な夢と笑う者もいるだろう。しかし、その男――ラトにとっては、本気で目指し、努力してきた目標だった。


 故郷の町で剣を習い、やがてハンターになったラトは、その努力屋な面もあって、彼が望んで止まない上級にまで上り詰めた。


「ラトー! ギルマスが呼んでるー!」


 同じハンターパーティーに所属する女性術士ルイサが、ラトに呼びかけた。ショートカットにした茶髪、やや垂れ目で大人しく見えるが、同郷で親しい間柄だ。


「ギルマスが?」

「仕事! 複数の上級ハンターに指名!」


 複数、と聞いて、ラトは瞬時にそれが、緊急性の高い依頼だと察した。整理していた装備の手入れを終わらせて、ギルドフロアへと向かう。

 そこにはすでに、ランカナ・ハンターギルドに所属する上級ハンターのパーティーが集まっていた。


「ラト、遅いぞ」


 仲間――同郷の幼馴染みにして、前衛のガードであるダンケルが手を振った。


「しっかりしてくれよ、リーダー!」


 ラトが所属するハンター・パーティー――アンバー・ラビット。そこでリーダーを務めているラトである。琥珀のウサギは、故郷では幸運のシンボルであるとされている。


「集まったな」


 ランカナ・ハンターギルドのギルドマスター、ヘイケルは、一同を見回した。ガタイがよく、口ひげを生やしたその風貌は、元ハンターと言われても違和感はない。四十代半ば、しかし服装がどこぞの貴族風の衣装で、ミスマッチに感じてしまうのは、果たしてラトだけだろうか。


「今回は聖教会との合同任務だ。我々のランカナの町のテリトリーに、要注意悪魔が潜伏している」


 悪魔! 一同の表情に驚きがよぎった。


 要注意悪魔、それは大抵ネームドであり、非常に強力な存在だ。何より、聖教会まで出張ってくるのであれば、これがいかに危険かつ重要な案件であるかわかるというものだ。


「『暴食』……まあ、噂くらいは聞いたことがあるだろう。伝説級の七大悪魔、その一角。超大物だ」


 ヘイケルの口から紡がれたその名は、腕利きハンターを黙らせた。


 伝説級の七大悪魔――いわゆる、憤怒、強欲、色欲、嫉妬、傲慢、怠惰、暴食を司る存在だ。悪魔の中でも伝説の魔王に匹敵するとも言われる。


「そんな大物が――」

「勝てるのかよ……」


 魔物退治ではベテランと言える上級ハンターたちでさえ、弱気を覗かせた。それだけの相手だ。そもそも七大悪魔などという最上級悪魔と遭遇したことがある者など、この場にはいないのだ。……下級ならばともかく、上級悪魔ですら、滅多に出ない。


「心配はわかる。正直、君らが束になっても敵うか、わしにもわからん」


 ヘイケルは正直だった。


「しかし、今回は聖教会の精鋭、神殿騎士団も参加する。彼らは悪魔討伐の切り札だ。君らは、神殿騎士団のサポートをして、彼らの指示に従えばよい」


 ギルドマスターの言葉に、何人かは落ち着きを取り戻した。普段は、余所の介入を嫌うハンターたちも、今回ばかりは相手が違う。支援役でよいというならまあ、という者も少なくなかった。

 アンバー・ラビットのラトもまた、その一人だった。本物の悪魔と戦うなんて、命がいくつあっても足りない。


「支援だってよ……」


 ダンケルが不満そうな顔をした。ルイサは心底ホッとしたような表情になる。


「わたしは、むしろ支援で済んで安心したよー」

「まだ済んでないだろう? 仕事はこれからだ」


 ラトは苦笑した。ダンケルは肩をすくめる。


「何が嫌って、ハンターは仕事を選ぶ権利があるのに、今回のは強制依頼ってとこだ」


 そうでなければやりたくない、という幼馴染みを、ラトはなだめる。


「それだけ重要な案件ってことだろう。強制依頼を正当な理由もなく断れば、ハンターを首になるぞ」

「オレは構わないけど、ラトにはそれは困るか」

「そういうこと。俺は、誰からも尊敬される格好いいハンターになるんだからな」

「ヒュー、熱いねぇ」


 ギルドマスターの説明が終わり、ハンターたちはフロアを後にした。ハンターギルドの前には、蒸気と魔力で動く車と、それに乗ってきた神殿騎士と自動人形が整列していた。


 どうやらこちらも任務説明だったようで、青髪の美形の神殿騎士、いや団長が声を発していた。

ダンケルが口元を歪めた。


「嫌になるくらい美形だな」


 さぞ女性にモテるだろう容姿の持ち主である神殿騎士団長。精悍で、装備のせいか若いのに威厳に満ちている。二十代半ばくらいか、意外と若いな、とラトは思った。


「見た目で負けてるぜ、ラト」

「美醜の観点は、人それぞれだ。世界には、俺のほうが格好いいって思ってくれる奴もいるさ」

「ラトは、カッコいい!……と思う」


 ルイサが手を握り込みながら言った。ダンケルは口を緩める。


「最後んとこまで断言してやれよ。ラトが可哀想だろう」


 重大な仕事の前にしては、友人同士であるが故の軽口が漏れた。だが後にして思えば、ラトも仲間たちも普通ではなかった。

 お喋りになるのは緊張の裏返しでもあるからだ。



  ・  ・  ・



 水晶の森――巨大水晶の群生地帯に、暴食は潜伏していた。

ハンターたちは、いつもの要領で魔物捜索を行った。神殿騎士団はその後方にいて、要注意悪魔である暴食が現れれば、即時駆けつけることになっていた。


 そして暴食は現れた。

 ラトたちアンバー・ラビットは、三番目に暴食に遭遇したパーティーとなった。

 最初に見つけたパーティーは、発見の笛を鳴らしたところでやられ、笛の音を聞きつけた次のパーティー『グレイフォックス』もまた、あっという間に戦力の半分を食われた。

そこへラトたちが駆けつけた。


「くそっ、くそっ!」


 グレイフォックスの戦士が、黒い人型悪魔に噛みつかれ――槍ごと腕を持っていかれた。


「ああああぁ! お、おれの腕がぁぁっ! あああああぁぁ!」

「ロッズ!」


 ラトは、その戦士の名前を呼んだ。ランカナ・ハンターギルドでは顔見知りではある。別段親しくはないが、仕事上の関係は良好だった。


「逃げろ! 敵の前で――」


 言いかけるラトの前で、ロッズは悪魔の腕に薙ぎ払われ、その上半身がちぎれ飛んだ。その光景に、ダンケルが呆気にとられる。


「マジかよ……。あれで体が真っ二つとか……」


 化け物だ。

 ラトは状況を確認し、素早く動いた。


「ダンケル! グレイフォックスの生き残りを回収!」


 攻撃を食らったか腹を押さえて立てない魔術師がいた。


「ルイサ! 魔法で援護! 俺が奴を引きつける!」

「ラト!?」

「ちっ、マジか――」


 指示を受けて、二人はすぐに反応した。ラトはショートソードを抜き、悪魔――暴食へと突進した。

 暴食は黄色い目をギラリと光らせ、向かってくるラトを見た。そしてニヤリと笑う。


 ラトは戸惑う。そして気づく。目の前の悪魔は腹に傷を負っていて、赤黒い血を流していることに。

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