俺や陽葵、良二と一緒にリビングで雑談をしていると、チャイムが鳴った。
そして、玄関に行くと、大宮がいる。
「三上、マイクロバスで迎えに来たから、そのまま家族全員で乗ってくれ。バスに乗っている全員が、三上の家に入ってしまうと、時間がいくらあっても足りないからさ。」
そんな大宮の話を聞いて陽葵は、恭治や葵を呼んで、すぐにバスに乗り込む態勢になった。
俺たちは運転をしなくて良いから、アルコールも飲めるのだが、俺と陽葵は飲まない事に決めていた。
それは、宴会が終わった後のドタバタに備える意味が大きい。
その辺は陽葵と相談して、愛理ちゃん絡みで、旅館と家で送り迎えが発生することを予測していたこともある。
それに恭治は水族館は何回も行っているから、歩いてでも行ける距離にある、近くのショッピングセンターのゲームセンターで暇を潰すと言っているから、俺と恭治はそこに、食事になる時間までいることにした。
もしかすると、良二や大宮が俺や恭治がいない事に気付いて、そこに加わる可能性だってある。
三鷹先輩も、プレ宿泊の際に、当然の如く水族館は見ているのだが、あの時は、缶詰になるから上の空だったので、もう一度、ジックリと見たい要望があったのだ。
葵や愛理ちゃんなどの、小さい子供はともかく、中学生になった恭治を、何度も同じところに連れて行くのはキツイ。
陽葵は、同じところを何度、見ても飽きない性格をしているから、葵と一緒に水族館へ、俺と恭治は近くのショッピングセンターへ行くことを事前に話しておいたのだ。
そして、俺と陽葵は、周りにこのことを話していない。
2人の家族が、こんな遠方まで来ているのに、都会なら、どこにもあるのようなショッピングセンターにて、中年のおっさん達が時間まで暇を潰しているのは、あまり良くない。
とくに、良二は、子供を作るためにも、女房である三鷹先輩とのスキンシップが急務であるから、俺と恭治の追うような行為があれば、愛の女神である陽葵が絶対に止めるに違いない。
そんなことを思いながら、バスに乗ってボーッと景色を眺めていると、通路を挟んで窓際に座っていた三鷹先輩から声をかけられる。
「恭ちゃん、なんかズッとボーッとしているけど、疲れているの?」
「あっ、先輩、すみません。色々と考え事をしていただけですよ。」
「へっ、へ~ん。そんな時の恭ちゃんは、何を企んでいるのか分からないのよね。棚倉さんが、ボーッとしている時の三上は怖いって、いつも、ぼやいていたわよ?。」
まさか、三鷹先輩の隣に座っている良二と、良い雰囲気で子供を作るには、どうしたら良いのかを考えていた…なんて、絶対に言えない。
三鷹先輩に答える言葉を考えながら、後ろを見ると、後部座席には陽葵と木下が何やら色々と話しているし、愛理ちゃんと葵がしりとりをして遊んでいる。
そして、陽葵と俺の視線が合った途端に、陽葵がニヤニヤと笑っているから、目配せをしてSOSを出すと、上手く難を逃れる言葉を出してくれた。
「あっ、三鷹さん…。…昔の癖で、旧姓で呼んじゃって、ごめんなさい。旦那の考えごとは気にしなくて良いわ。大抵はこの後の宴会のことや、明日のことまで考えているから、気にしないで欲しいの。」
学生時代から、陽葵が言うことは、俺の言葉よりも絶大的な信頼を得ているから、その効果は抜群だ。
「あっ、陽葵ちゃん、気にしないで。このメンバーなら、それは仕方ないわよ。それなら問題はなさそうね。恭ちゃんが変な企てをしているかと思って、ヒヤリとしていたわ。」
実際は、良二と三鷹先輩の夫婦仲をもっと良くする作戦を考えているのだが、今の陽葵ちゃんは愛の女神になっているから、こういう時は、ある意味で容赦がない。
良二が何となく嫌な予感を覚えているような気もするが、俺の家の中での会話を、ここで良二が自分の妻に打ち明けるのは、とても危険だろう。
そんな会話をしているうちに水族館に着いた。
俺と恭治は、皆が降りるのを見送って最後にマイクロバスを降りると、駐車場から水族館へに入る素振りを見せることにした。
この計画も、陽葵や恭治も交えて打ち合わせをした通りだ。
葵や愛理ちゃんは、水族館に行きたくて駆け足になっているから、陽葵と大宮夫婦が、2人の子供を追いかけるように走っているが、ここまでは予想通りに動いている。
そして、三鷹先輩や良二は、周りをアレコレと見ながら水族館の入口に入っていったのを見て、俺と恭治は、水族館に入らずにショッピングセンターを目指す。
『さてと、上手くいったか。』
俺は、大宮夫婦や良二の夫婦が、俺と恭治が別行動を取ったことに、気付いていない事を確認すると、恭治に声をかけた。
「恭治、ゲーセンに行く前に、買いたいモノはあるか?」
「別に大丈夫だよ。最近はお母さんがネットショップで色々と買ってしまうから。それよりも、お父さんは、友達と話をしなくて大丈夫なの?」
「お父さんは大丈夫だよ。とりあえずは、こういう場所では保護者同伴のほうが、何かあった場合に、都合が良い。お父さんも恭治も、お母さんとは違って、水族館は見飽きているし、先週、見たばかりだからな。」
「お母さんは、同じ魚をズッと飽きずに見ていられるのが不思議だよ。だって、葵が何処かに行っても気付かないぐらい集中しているから、自分が面倒を見ていたこともあったよ?。お父さんだって、ボク異常にズッと葵と付き合っているでしょ?。」
「そうだねぇ。でも、今回は、お父さんの友人たちがいるから、葵は大丈夫だと思っているよ。」
「葵と同じぐらいの子供がいる、綺麗なお母さんだよね?。お父さんは、出版社の編集者が友人だったり、少女漫画家だったり、学校や大学の先生が友人だから、なんだか凄いよ。」
「大したことはないよ。偶然にそうなっただけで、みんな、お父さんの友人たちが、そうなるように頑張ったお陰だよ。」
恭治とそんな会話をして歩きながら、ショッピングセンターまで歩いて行ったが、ショッピングセンターに入ると、恭治は1人でゲームセンターで遊んでいる状況だ。
中学生ぐらいになると、お年頃のせいもあって、親と一緒にゲームで楽しむなんて、恥ずかしくてやらなくなるから、親の立場としては、少しばかり子供にお小遣いを与える事と、店の中をぶらつく程度しかない。
今は仕事が少なくて、自由に使えるお金なんて限られるから、このぐらいで、ちょうど良いのだろう。
ここは、水族館や魚市場に行った観光客が、お土産を買いに来ることも考えているから、幾つかのお土産店も並んでいる。
俺はゲームセンターから離れていないフードコートの椅子に座って、ファストフード店で飲み物やポテトを頼むと、ボーッと時間が過ぎるのを待っていた。
恭治に何かあれば、携帯も持っているから、俺に電話をかけてくるだろうし、ここならゲーセンが隣だから、何かあれば、すぐに駆けつけられる。
『しかし、仕事がないから、こういう役目を仰せつかるけど、とても暇なんだよなぁ…』
俺はスマホでSNSを見ながら、時折、恭治の様子を見ながら、時が過ぎるのをジッと待つ事にした。
◇
一方で、水族館に入った今日の陽葵は、少しだけ違っていた。
今の陽葵は、愛の女神モードになっているから、水槽を泳いでいる魚などを見つつ、自分の子供の面倒を見ながらも、本橋夫婦に注力を注いでいる。
自分の子供の葵は、大宮夫婦の愛理ちゃんと一緒に行動している感じだから、幸いにも陽葵は自分の子供と愛理ちゃんが迷子にならないように気を配れば良い。
『問題は、大好きな夫がいないのが分かった途端に、本橋さん夫婦が追い掛けてしまうことよ。それだけは避けて、2人っきりで水族館を楽しまなきゃダメなの♡』
愛の女神モードを発動させている可愛い陽葵ちゃんは、ミッションを成し遂げるまで任務を遂行する覚悟でいた。
そのあたりの事情は、そばにいる大宮夫妻も把握していて、本橋夫婦とは、できる限り距離をおいて行動することに関して、内緒話で陽葵が声をかけておいたのだ。
無論、大宮夫婦は、本橋夫婦との間に子供ができる事を祈っている部分もあるから、それは大賛成だ。
だが同時に、陽葵は自分の夫が恭治と一緒に、ショッピングセンターに行っていることは伏せている。
大宮夫婦には、水族館は先週も行ったし、自分の息子は、何度も見ていて飽きているから、何処かに行ったと思うけど、適当に色々な所で時間を潰していると思う…、程度に話を誤魔化した。
そのために、夫が息子に同行した事は、大宮夫婦も納得の理屈だったらしく、内心はホッとしていたし、今の世の中が物騒だから、親が同伴するのは、それは当然のことだろう。
どうやら、本橋夫婦は2人っきりで、自分たちが見たいところをジックリと見ている感じだから、雰囲気的には良い感じだから、安堵をしていた。
陽葵は、大宮夫婦にボソッと声をかける。
「2人は、しばらく会っていなかったから、余計に良い雰囲気なのかもね♡」
大宮夫婦は共に、微笑みながら陽葵に目線を合わせた。
そのうち、水族館の中にある、幼児向けのアスレチックみたいな遊具があって、そこで葵も愛理ちゃんも一緒に遊んでいるが、遊具内は大人が入れないので、親は遠巻きにして見ているしかない。
陽葵は大宮夫婦とベンチに座って、子供の様子を見ながら雑談をしていると、木下が少し心配そうに陽葵に話しかける。
「三上くんは、恭治くんと一緒に何処に行ったの?。水族館の中にはいないみたいだし、大丈夫かしら?」
「大丈夫よ。ここは何度も来ているし、地元だから迷子になるコトはないわ。中学生だと微妙なお年頃になるから、なかなか親も苦労するのよ。」
そこで大宮がうなずきながら口を開く。
「奥さん、自分が中学生だった頃を考えると、それはよく分かりますよ。親と一緒にいるのがウザくなってきますからね。三上も息子くんの様子を見つつも、離れてジッと見ている感じだと思います。そういう時期の男の子の気持ちって、女の子もそうだけど、複雑なんだけど…。」
その大宮の話に、陽葵と大宮の奥さんもクスッと笑う。
「大宮さん、それはよく分かるわ。恭治はお年頃だから、わたしも旦那も、ちょっと四苦八苦しているのよ。わたしもそうだけど、どこかで旦那は、恭治と距離を置きながらも、息子の様子を見守っている感じだと思うの。」
陽葵と大宮の会話を聞いた、大宮の妻である木下は、それを聞いて少しだけ考えて口を開く。
「ちょっと三上くんは可哀想よね。恭治くんが、そういう年頃だから、どこか自分の居心地の良い場所で時間を潰していそうな気がするわ…。」
陽葵はそれを聞いてギョッとしたが、ここで隠しても仕方がないとも思った。
どのみち、愛理ちゃんと葵は見ているしかないし、話したところで大宮夫婦が同時に、自分の夫を追いかけることもない。
そんな事を陽葵がかんがえているうちに、大宮が自分の妻の意見に激しくうなずいている。
「理恵、たしかに、自分が中学生の頃だったら、そうしているかもしれないよ。」
「そうよね、あなた。愛理も葵ちゃんも、ここで遊んだら、食事の時間まで粘っていると思うわ。わたしも霧島さん…いや、三上さんの奥さんも、ここで随分と足止めをされると思うから、三上くんのところへ行ってきたらどう?。彼は私たちよりも、かなり暇を持て余していると思うわ。」
「そうだな。この前、ここの水族館は、ザッと見てしまったし、間髪を空けずに2度目だと、流石に飽きるよな。ミオ先生(三鷹)と本橋はともかく、三上はボーッと何処かで1人で息子さんの様子を見ていそうだ。」
「そういうことよ。私たちは女同士で話ができるけど、三上くんはたぶん、少し虚しい思いをしていると思うわ。ぜひ、行ってきて。」
そんな大宮の妻の話を聞いた、陽葵は少し吃驚している。
「え?、良いの?。だって、折角、ここに来たから、とんでもない場所に行っていたら、旦那さんに申し訳ないわ?」
「良いのよ。たぶん、ミオ先生は、事ある毎に、ここに缶詰になるから、三上くん夫婦とは、時折、顔を会わせることになるわ。ここは容易に脱出もできな場所だから、編集者としては適地であるのよ。だって、旧友と会えるのは、彼女たち夫婦にとっても、色々な意味でご褒美になるのよ。」
陽葵はそれを聞いて、激しくうなずいた。
確かに学生時代に仲良くしていた木下や大宮、それに本橋や三鷹と話ができるとが嬉しいことは間違いない。
どちらかというと、大好きでたまらない夫のほうが、色々なことに振り回されるから、不憫でならないから、少しだけ心配をしていた。
『そうよ、そこは、わたしが大好きな夫を守らなきゃ♡』
「ちょっとまってね、メッセージアプリでどこにいるのかを、確認してみるわ。」
陽葵はスマホを取り出すと、愛してやまない夫にメッセージを送った。
そうすると、すぐに既読が着いて、了解と簡単に返事がきた。
『そういうところが、貴方らしいのよ♡。もぉ、こういう返事は素っ気がないくせに、本当は無理をしているのよね♡。そこが滅茶苦茶に可愛いの♡』
陽葵は大宮に、夫がいるショッピングセンターの場所を教えると、店に入ったらメッセージアプリか、それでも反応しなければ電話をかけるように言った。
そして、残された陽葵と大宮の妻は、自分たちの娘が遊具で遊んでいる姿をみながら、その間に色々な話をしていたのである…。