旅館の部屋に入ると、すぐに食事になったが、今回はこの部屋で食事になるようだ。
みんな、俺の実家で色々と食べてしまっているから、ある程度のお腹が満たされているのが難点だが、そこは仕方がない。
そこへ、印西さんが食事を持ってやってきた。
「少し遅い夕飯だと思いますが、食べて下さいね。三上さんのお宅で食事をしていたのは分かっていますから、残しても構いませんよ。ちなみに、わたしは2人の食事が終わるまで、お付き合いしますからね。」
俺たちが、まずは前菜の小鉢に箸をつけて口にすると、陽葵が何かを思い出したようで話しかけてきた。
「そういえば、29日に恭介さんの中学生の同級生が集まって、食事会があると印西さんが話していたけど、わたしも行くわよ。だって、恭介さんと一緒じゃなきゃ寂しいもの♡」
その言葉に、印西さんが吹き出して、少し照れくさそうな顔をしたが、俺はあえて平常心を保つ。
「陽葵、長期の休みがあると、いつも会っているメンバーなんだ。小学校の頃から一緒でね。みんな、そんな離れていない場所に住んでいるから、顔なじみだよ。女子が印西さんを含めて3人、男子は俺を含めて3人で会っているんだ。」
俺の説明に印西さんが、鴨鍋の下にある固形燃料に、ライターで火を付けながら補足を入れた。
「三上くんが、都会の大学に行ってしまっているから、去年あたりから、彼の予定次第で日時が決まる感じなのよ。まさか、知らない間に、こんなに可愛い婚約済みの彼女さんがいるなんて、ホントに聞いていなかったわよ。」
「それは否定しないけど、みんなは相変わらずなのか?」
印西さんは、否定しないという俺の言葉に引っかかったようだが、ニヤリと笑いつつも、話を進める。
一方の陽葵は、恥ずかしくて、少しうつむきながら、お刺身を食べているから、ちょっと可愛くなってしまった。
「あっさり認めちゃうと、こっちが驚くわ。陽葵ちゃんも恥ずかしがっているから、お惚気は勘弁よ。…そうそう、紗菜ちゃんと、琴美ちゃんはね、女子短大生で相変わらずよ。井口くんは地元の大学生だし、森野くんは、あそこの工場で辞めずに働いているから、こっちも相変わらず。みんな、色恋沙汰なんて、ないわよ。」
「そうか…。まぁ、みんな、元気そうで良かったよ。俺は特例だから、あまり気に掛けてもらってもなぁ…」
俺は、印西さんにそう言って、鮎の塩焼きを食べながら、ご飯を口にする。
「三上くんのことは、みんなが心配していたのよ。だって、中学を卒業するまでは普通だったけど、高校に入ってから、表情がとても暗かったモン。井口くんなんて、マジに心配していたのよ。三上くんは、井口くんと同じ進学校に入れば良かったって。あんなに偏差値を落として底辺の工業高校に行ったから、苦労しっぱなしなのは目に見えるから、理不尽で助けてあげたかったって。」
それを聞いて、陽葵の顔が相当に曇っているのが分かった。
それでも、俺と印西さんの会話に、口を出さずに聞いているのは、俺のことを良く知りたいという思いからだろう。
「辛かった事があって、それを乗り越えて気持ちが強くなったからこそ、陽葵を得られたと思っている。それがなかったら、大学で暴漢に襲われた陽葵を助けてあげることなんて、無理だったよ。だから、親も含めて公認のお付き合いだし、大学の友人たちから見れば、俺と陽葵は完全に夫婦の扱いだから困っているけどね。」
それを聞いた、陽葵や印西さんも、なぜか頬を赤らめているから、俺は次の言葉に困ってしまった。
陽葵にいたっては、少し恥ずかしいのか、あまり煮えていない鴨鍋の野菜をツンツンしながら、恥ずかしさを誤魔化している感じがする。
「三上くん、それが言えるのはマジに強いわ。森野くんは、友人のツテで、三上くんが、あの高校で相当に浮いていて孤立している話を聞いて、マジに心配になっていたのよ。そうそう、陽葵ちゃんが、三上くんのお嫁さんになっている話は、メンバーには知れ渡っているからね。みんな、度肝を抜かしていたわ。」
「印西さんも含めて、皆が度肝を抜かされても困る。現に、こうやって俺が陽葵と付き合えたのは本当に奇跡に等しかったからさ。」
陽葵はそこで、俺と印西さんの会話に入ってきた。
「わたしは、大学内でしつこいサークルの勧誘があって、困っていたところを恭介さんに助けられて、それで挙げ句の果てにスタンガンを持った暴漢に襲われそうになった時に、恭介さんは左腕を骨を折ってまで、わたしを助けたのよ。もう、これは、完全に運命なのよ♡」
印西さんは、ニヤニヤっと笑うと、みるみるうちに顔を赤らめて、何だか分からぬ恋心や恥ずかしさを胸に秘めて、奇妙な踊りしているから、この話をするのは、このあたりが潮時だろう。
そのあとは、印西さんと、陽葵を交えながら、なんてことのない雑談をした。
印西さんは、陽葵向けに、ここが田舎すぎるから、バスや電車がないから、車の免許が必須である話や、スーパーは都市部とは違って物価が安すぎる話、それに畑や田圃をやってる農家が多くて、野菜がドカンと貰える話などをしている。
そのうちに、食事会の話になって、いつも行っている、焼肉があったり、寿司やうどん、デザートなどが食べられる食べ放題の店の話になって、ようやくお喋りと同時に食事も終えた。
印西さんや女将さんも部屋に入ってきて、食事を片付けていると女将さんに声をかけられる。
「息子さん、今日は、雪のせいで宿泊客もいないから、貸し切り露天風呂があいているので、今からなら、すぐに入れますよ。その間にお布団の準備をしておきますからね。」
「女将さん、ありがとうございます。それでは、お言葉に甘えてすぐに入ってきます。」
俺がそう言うと、俺も陽葵もバッグから着替えを取りだして、すぐに貸し切り露天風呂に向かった。
ここの旅館の貸し切り風呂は幾つかあるが、うちの両親や荒巻さんなどは、お酒も入っているから、どうやら風呂に入るのは、しばらく後だと思うし、やっぱり雪のせいで、ほとんど宿泊客がいないせいか、浴場は吃驚するほどに人がいない。
俺と陽葵は、貸し切り風呂の鍵を受け取って、脱衣所に入ると、寒いのですぐに服を脱いだ。
まずは露天風呂の前にある、内風呂のスペースで身体を素早く洗った後に、内風呂で身体を温めた。
「今日は雪が降るほど寒いから、お湯にはいる時に、熱く感じて入るのを躊躇っちゃったわ。でも、今日は雪見風呂よね。露天風呂が楽しみだわ。」
「そうだね。俺たちも、冬の時期に温泉に入るのは、この雪道のお陰で、あまり入らないんだよね。」
しばらく、温泉に浸かって、身体を温めると、今度は露天風呂に繋がる扉を開けると、冷たい風と共に雪が舞い込んでくる。
露天風呂は源泉掛け流しだから、その溢れたお湯と熱によって、床の雪が溶けているが、ところどころ雪が薄らと積もっているから、歩くと冷たい。
「陽葵、雪で滑らないように気をつけろよ。」
俺は陽葵が転ばないように手を繋ぐと、ゆっくりと転ばないように歩いた陽葵と一緒に露天風呂に入った。
「外は寒いけど、入るとちょうど良いわね。それにしてもライトアップされているから、外の景色も雪も綺麗だわ。こんな景色、絶対に見た事がないから、得をした気分よ☆」
2人でしばらくの間、その景色を楽しみながら、露天風呂を楽しんだのである。
◇
俺と陽葵は露天風呂から部屋に戻った。
タオルや着替えを整理している時に、俺はバッグからテーマパークで買ってきたオルゴールのプレゼントを取りだす。
陽葵はまだ、自分の着替えをバッグにしまったりして、整理をしているから気付いていない。
俺は着替えをしまい終えて気付くまで、俺はオルゴールを持ち続けて陽葵を見守った。
やがて、陽葵が、俺のほうを振り向いて、手に持っているものに気付くと、すぐに近寄ってくる。
「恭介さん♡。とても嬉しいけど、クリスマスのプレゼントなんて気を遣わないで♡。だって、あなたと一緒にいると、毎日が楽しくて仕方ないの。それがプレゼントの代わりなのよ。」
「陽葵、そんなことはないよ。こんなにドタバタで、今日だって色々なことに巻き込まれて、最後はなぜか温泉旅館に泊まることになるなんて、朝の時点じゃ考えられないぐらいドタバタだよ。ごめんね、こんな面倒くさい男だからさ。」
陽葵は嬉しそうにしながらも、静かに首を横に振る。
「そんなことはないわ。だって、今までだったら、考えられないような生活を送っているのよ。恭介さんがいなかったら、世の中のことや寮生活のこと、文化祭の裏側や、学生委員会なんて、知り得なかったわ。今日だって、雪が降ると、どれだけ大変なのかを身に染みて理解したもの。」
俺は自然と陽葵の頭をなでてしまっていたから、陽葵が身体を寄せて、俺にもたれかかってきた。
「うーん、俺の人生って、なんだか、こんな感じで人に振り回されっぱなしなのかな?。棚倉先輩の忘れ物だって、荒巻さんが雪で右往左往していた事なんて、俺の持っているサガみたいなモンだからさ。」
「フフッ。それが、わたしは楽しいのよ。だって、嫌な事には良いことがついて回っているわよ。名古屋を観光できたり、こうやって温泉で2人っきりになれたのも、恭介さんのお陰なのよ♡」
俺は、身体を寄せてきた陽葵に、オルゴールを差し出すと、嬉しそうにそれを受け取って箱を開く。
「もぉ~~♡。オルゴールが壊れたことを覚えていたのね♡。ダメよ、これは高かったでしょ?。あれだけ無理をしちゃいけないと言ったのに、恭介さんが、溜めていたお金を使って買ったのが、すぐに分かるわ♡」
「最近は陽葵のお陰で、お弁当を持って来てくれるから、お昼を買わなくて済むし、土日も陽葵の家で食べさせてくれるから、その浮いた食費と寮のバイト代で買えたんだ…。あとはお見舞いのお金も余っていたから…。」
陽葵は少しだけ頬を膨らませたが、その顔が少しだけ赤い。
「だ・め・よ♡。こんなことにお金を使うなら、もっと自分の事にお金を使ってね。恭介さんが、他の人よりもズッと苦労しているのは、みんなが、よく知っているのよ。」
「これだって、自分の為だよ?。だってさ…。」
「恭介さん、どうして?」
陽葵は少しだけ不思議そうな顔をしてるが、俺はその問いに、恥ずかしがらず、逃げずにキッチリと答えた。
「これをプレゼントして、大好きな陽葵が、嬉しそうな顔をすると、俺は大好きな陽葵から元気が貰える。だから陽葵のために、無理をしない程度のプレゼントを買ってあげることは、俺のためでもあるよ。」
陽葵は、俺の言葉に、いよいよ顔を赤らめながら、微笑みを浮かべている。
「も~~~。恭介さんのバカ♡。わたしの顔を見て、ホントに心の底から、わたしを可愛いとか、大好きなんて言うのは、恭介さんしかいないわ。大好き♡」
陽葵が言う『心の底からの可愛い』という意味にについて、俺からすると、その陽葵の気持ちがよく分かる。
彼女の容姿は、テレビに出てくるような芸能人と同じぐらい、誰が見ても可愛い姿をしている。
故に、陽葵は周りから「可愛い」と、言われ続けて、その心の中では、少し嫌気が差していた。
だからこそ、彼女の仕草や、内面から自分を見て、心の底から陽葵に対して可愛いと言ってくれる人なんて、目の前にいる生涯にわたって伴侶と決めた男性しかいなかったのだ。
陽葵にとって、恭介が言う「可愛い」は、彼の心の奥底から、全て自分の性格まで見てくれた上での「可愛い」ということが、徐々に理解できて、それが陽葵にとって嬉しくてたまらなかった。
彼女にとって、三上恭介から言われる『可愛い』は、とても嬉しい表現なのだ。
だけど、そこが恥らしくもあるから、陽葵の気持ちは、とても、もどかしいのだが…。
俺と陽葵は、しばらく固く抱き合ったままになった。
その後のことは…、皆さんのご想像にお任せしたい。