俺と陽葵が居間に入ると、荒巻さん夫婦はお酒を飲みながら俺の両親と談笑をしているから、俺が荒巻さんの車を運転する事が決まっている雰囲気だ。
でも、親父やお袋の様子に、違和感を感じて、少し悲観的になるのを思い留まった。
お袋や親父もお酒を飲んでしまっているから、荒巻さんの車は、うちの工場の駐車場に置いていくのだろか?。
荒巻さんが俺を見かけると、すぐに声をかけられる。
「三上くん、さきほど旅館から携帯に電話があって、三上くんの家にいると言ったら、旅館の人が、ここまで迎えに来てくれるみたいで、うちの車を旅館まで運転してくれるそうだ。助かったよ、旅館の女将さんと、三上さんのお母さんは顔見知りだったんだね?」
「その通りです。それを聞いてホッとしました。みんな飲んでしまっているから、こうなると、私しか運転できないから、かなり焦りましたよ。」
お袋が、その話に割って入って、荒巻さんの話の続きをする。
「旅館の人は1時間ぐらいしたら、来てくれるそうだよ。荒巻さんの携帯がかかって来た時に、女将さんと電話をしたから大丈夫だからね。」
俺と陽葵は座布団に座って、チキンやお寿司、それに寮で出されたパンや、陽葵の家で余ったオードブルなどを食べ始めた。
「お袋さぁ、やっぱり延岡さん達が常連だから、女将さんも、荒巻さんを放っておかなかった…。ってことだよね。それぐらい頻繁に、あの旅館に通い詰めているみたいだから。」
「恭介、そうらいしいのよ。お前たちが帰った後に、女将さんから聞いたけど、延岡さんは、かなりの常連さんらしいから、荒巻さんの事を話したら、女将さんは即決だったのよ。」
それから以降の話は、荒巻さん夫婦を交えて、俺や陽葵の大学生活のことに話になって、色々な話が飛び出す。
俺が焦ったのは、泰田さんや守さんの母親から酔っ払って、抱きつかれてしまった件を荒巻さん夫婦が話し始めた事だ。
陽葵も、その話は聞いていたが、リアルな証言者から寄せられた情報だから、俺は苦笑いして聞いているしかない。
お袋は、豪快に笑っていたが、親父が少しだけ眉をひそめたのが分かる。
「恭介、お前はある意味で、良い人生勉強をしたな。お酒には飲まれてはいけないぞ。そして、そういう事態になっても、女性に手を出してはいけないからね。不運だったけど、少しは社会を学んでいるな…。」
親父はそう言いながら、お酒を飲んでいるからタチが悪い。
「うーん。上下関係があるから、穏便に解決させたから、こっちはうまくやれているけどね。親子ほどの年の差が離れた人なんて、かなり無理があるし、それは…犯罪だよ。」
陽葵がクリスマスケーキを食べながら、ニコニコしながら聞いていたので、親父はそれを見逃さなかった。
「陽葵ちゃんがニコニコしているから、恭介に間違いがなかったのは分かるよ。しかし、お前は陽葵ちゃんを見つけてきて本当に良かったよ。こんな良い子は、世の中には滅多にいないから、俺はいつ死んでも良い。」
その言葉に、お袋や荒巻さん夫婦がクスッと笑っている。
しばらく談笑をしていると、玄関のチャイムが鳴ったから、どうやら旅館の女将さんが来たようだ。
家族全員が玄関に行くと、女将さんと運転をする従業員、それに印西さんもいるから、思わず苦笑いを浮かべる。
少し、俺と陽葵は印西さんに視線を合わせると軽くお辞儀だけした。
「荒巻さん、お待たせしました。車のキーをお貸し下さい。そのまま、うちの者が運転をしますので。」
「わざわざ、すみません。ほんとうに助かります。」
荒巻さんは旅館の従業員に鍵を預けると、お袋が女将さんに声をかける。
「なんだか、わざわざすみませんよ。今はお酒を飲んでいるから、車を運転できるのが恭介しかいないから、逆に気を遣わしちゃって、ごめんね。」
「いいのよ。もう、延岡様で、随分とお世話になっているから、私たちも、おもてなさなきゃね。」
女将さんは笑顔でうなずいていたが、お袋が印西さんの顔を見て、ハッとしたのが明らかに分かった。
「え??。知美ちゃん(印西さん)じゃない?。旅館に勤めていたの?。知らなかったわ。」
「三上くんのお母さん、こんばんわです。去年から、この旅館に勤めてまして、女将さんと一緒についてきました。この前の炉端焼きで、偶然に、お嫁さんとに会っていますよ。」
印西さんがそう言うと、お袋は後ろにいる俺の方を向いて、少し強い言葉を出す。
「恭介!。そういう事は早く言いなさい。もぉ、知美ちゃんが旅館の従業員だなんて、知らなかったよ。アンタは、口が足らないんだから。」
「うーん、話すもなにも、あの状況はドタバタ過ぎて無理だよ。こっちは飯抜きで旅館と家を往復しまくっていてたし。最後には、疲れ果ててグッタリだったよ。」
俺が少し困っていると、印西さんが助け船を出す。
「三上くん、そういえば、お嫁さんと29日の夜に、いつものメンバーで食事会をやるけど…、どう?。そこのお嫁さんと相談して決めておいてね☆」
「あっ、ああ…、分かった。ちょっと考えてみるよ。」
俺がそう言うと、印西さんはウインクをして俺の言葉に応えたが、こんどは女将さんが申し訳なさそうに口を開く。
「三上さんの息子さんは、最後には、そうとうに疲れていて、大変そうでしたから、私たちも配慮不足で反省しているのですよ。延岡様は、お話を始めたら長いですから、息子さんは大変だったと思います。」
女将さんがそう言った時点で、荒巻夫婦や俺と陽葵は一斉にクスッと笑ってしまっている。
「女将さん、もう、済んだことですから気にしないで下さいよ。こっちは、それでも上手くやってますから…。」
親父は、何かを察したのか、そう言ったのだが、女将さんは首を振って、それを否定する。
「息子さんにお嫁さん、それに、三上さんのご家族も含めてですが…。今日は雪が降って、部屋にキャンセルが多く出ているし、お夜食も余ってしまっているから、うちの旅館で一泊なんてどうですか?。」
親父は即答だった。
「女将さん、困ったときはお互い様だからね。」
旅館も、不意な天候不順によるキャンセルだから、キャンセル料は客から取れないだろう。
こうして俺たちは、荒巻さん夫婦は先に行かせると、親父とお袋、それに俺や陽葵は、空になった皿を片付けて、宿泊する用意をした。
俺は女将さんと印西さんに「俺が両親まで送っていくから先に…」と、言ったびだが、女将さんは親父とお袋を車で旅館まで送りたいらしく、皿を片付けるのを印西さんと一緒に手伝っている状況だ。
幸いにも、陽葵がトイレに行っている隙に、俺の机の引き出しにあったクリスマスのプレゼントをダウンジャケットのポケットの中に入れる。
女将さんが運転する車で親父とお袋は乗り込むと、俺は自分の車に陽葵を乗せて向かった。
そして…なぜか、印西さんが後部座席に同乗した。
印西さんは、クスリと笑って、俺たちに先ずは話を切り出す。
「三上くん、女将さんから言われていたけど、1部屋で1人分の料金で良いわ。荒巻さんの前で大きな声で言えないからね。あっちは長期宿泊の割引があるからね。部屋はもちろん、三上さんの両親と三上くんの新婚さんで別れるわよ。」
印西さんが、俺たちをからかうように新婚なんていうと、陽葵が顔を赤らめている。
「もぉ、印西さんったら、そんな…ホントのこと♡」
そんな陽葵の言葉に慌てたのは印西さんのほうだ。
「ちょっ、ちょっと…ひっ、陽葵ちゃんって呼ばせて!!。もう、そんな仲なの?。お嫁さんなんて呼ばれているけど、ガチでソレで良いのね??」
陽葵は躊躇わずに即答だ。
「はい♡」
俺は何気に、陽葵と印西さんの言葉に構っていられない。
女将さんは、除雪車が、何時も通る峠道を除雪したことによって、遠回りするよりも帰るのが早いと判断して、地元人らしく臆するとなく峠道を通り始めた。
ただ、車はチェーンを巻いているし、除雪されたいる路面とは言え、路面には雪が積もり始めているし、凍結も心配だ。
少し不安を口にしたのは、印西さんも同じだ。
「女将さんは時間がないと言って焦りすぎだわ。今日の路面で、わたしも、この道を選択するのは、ちょっと怖いわ。女将さんもチェーンをつけているけど、滑ったら終わりよ…」
「まぁ、意外と女将さん、運転は上手そうだからな。こっちはマニュアル車だからハマっても抜けるけど、オートマだとチョイとキツい。」
陽葵はそれを聞いて少し心配そうだ。
「恭介さん、大丈夫?。回り道をせずに、女将さんについて行くのは、心配だからよね?。なんとなく分かるわ。」
「そういうことだよ。たぶん、後ろに親父もいるし、下手をすれば口も出すだろうから無事だよ。お互いに年季も入っているし、俺よりも上手く運転できると思いたい。」
そんな俺の不安に、印西さんが、さらに不安を口にする。
「女将さんの運転は少し強引だから心配よ。三上くんのほうが、よっぽど運転が上手いわ。女将さんは、ちょっと走り屋っぽいのよ…。」
「うーん。それは良いのか悪いのかマジに分からん。まぁ、テクニックはあるだろうから心配してない。元々、そういう系統だったのは、後ろから見ていて分かるよ。コーナーの取り方とかは、ガチにそれだから。」
「わたしは怖いから、三上くんの車に乗ったのよ。だって、旦那さんも脇に乗っていると怖がるぐらい、あの手の運転なのよ。乗っている車はスポーツカーだし、マジにガチなの。」
「印西さん、こんなキツい坂道で、車高の低いスポーツカーに乗ると、車の腹をするぞ?」
「女将さんの車だけ、この峠の下の土地に駐車場があるの。旅館まで、あの車で来たらゴリっと音がして、そのまま、女将さんは旅館まで運転するのをやめたのよ…。」
陽葵は目をパチクリさせながら、それを聞いていたが、俺はあえて詳しい説明をせずにスルーした。
女将さんのマメ情報に関しては、気にするとキリがないので、俺は思考を切り替える。
道中はヒヤッとするような事もなく、地元人としては、速度を落とした上での安全運転で、無事に旅館に着いた。
旅館に着くと、荒巻さんも少し前に到着した感じだから、相当に時短になっただろう。
旅館のロビーでお袋に会った途端に、俺と陽葵に耳打ちをされた。
「恭介や、もう旅館代は払ったから大丈夫だよ。あれで採算が合うのか本当に心配だよ。明日の朝は、朝飯を食べて仕事に行くからね。」
荒巻さん夫婦も。親父やお袋も、随分と離れた部屋になった。
キャンセルをした客の部屋だから、部屋の都合で隣同士は無理に等しかったのだろう。
『クリスマスプレゼントをいつ渡そうか。色々なことに巻き込まれてタイミングが分からない。』
俺はそのタイミングを思案していた。