目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
~エピソード9~ ⑮ ホワイトクリスマスの家路。 ~4~

 俺と荒巻さんの車は高速道路のインターチェンジを降て、しばらく下道を走っている。

 道路は除雪さればかりだから、幸いにも少し走りやすいから助かった。


「恭介さん、わたしが住む場所なら、これで大雪だから大騒ぎをしてしまうわよ。ここは夜でも車が少し走っているから安心しているわ。」


「高速道路を降りるとすぐに国道だし、この道の反対方向は、市街地で少し大きい街に出るから、そこを目指す人が多いよ。高速を出たこの道は国道にもなっているから、除雪車が入ったからマシだけど…。」


 俺は、チェーンの脱着場に近づいたので、後ろにいる荒巻さんに駐まることを促す意味でも、ハザードをつけた。


 すでに親父の車が脱着場のスペースに駐まっていて、親父とお袋が俺の車を見かけて車から降りているのが見える。


 車から降りると、すぐにお袋から声をかけられた。


「恭介、陽葵ちゃん。よくここまで来たね、もう少しだからね。この時期にドカ雪が降るなんて予想外だったから、大学の職員さんも大変だったと思うよ。」


「お袋、そういう事だよ。陽葵が全部、話したと思うけど、説明は要らないと思うから…。」


「陽葵ちゃんの電話は、お前が話すよりもズッと分かりやすよ。お前は要領が悪くて、まどろっこしいからだダメだ。」


 陽葵が隣でクスッと笑っているが、とりあえずスルーすることにした。

 そんな会話をしていたら、荒巻夫妻が車から降りてくる。


 俺の両親と、荒巻さん夫婦が寒いので手短に挨拶を交わした後に、親父は懐中電灯を持って、俺の車と荒巻さんの車のチェーンの具合をチェックした。


「お前は随分と慣れてきたな。これなら大丈夫だろう。お前は大学職員さんの車を運転してくれ。俺はお前の車を運転するから。」


 新巻さんの車に一緒に乗り込むと、荒巻さんは助手席に座って、陽葵と荒巻さんの奥さんが座った。


「三上くん、ほんとうに申し訳ないよ。延岡理事のことで、迷惑をかけないようなサプライズにしたかったけど、この雪はどうしようもなかった…。」


「荒巻さん、それは分かります。ここは、まだ良いのですが、旅館に入るときの峠道はたぶん地獄なので、私たちも、随分と遠回りして行く事になると思います。この雪はドカ雪だから、かなり危ないです。逆に声をかけてもらって安心しましたよ。カーナビだと、恐らくキツい方の道を教えてしまうし、道中の看板も同じ道なので…。」


 そこで、後部座席にいた荒巻さんの奥さんから声をかけられる。


「三上さん、私も少しだけ運転したけど高速道路はスピードを出すと前が見えないし、パーキングから出るときに、ブレーキを踏んだら滑りそうになって怖かったの。何かコツとかはありますか?」


「これはオートマなので、できることは限られますが、まずは滑りそうになったら、サイドブレーキを徐々に引いちゃって下さい。もしも、あらぬ方向にハンドルが持っていかれたら、滑っている方向とは逆方向に少しだけハンドルを切ると良いなんて、言う人も多いのですが…。」


 それを聞いた隣の荒巻さんが苦笑いをしている。


「三上さん、言うのは簡単だけど、慣れないと、それはできないわ…。やっぱり地元の人は強いわね。」


 そんな事を話しているうちに、親父が運転する車が動き出して、親父が先頭になって、次に俺が運転する荒巻さんの車、最後にお袋が運転する親父の車になった。


 俺もお袋も随分と速度を落として、車間距離を取りながら慎重に運転をしている。


 しばらくすると、道は、下り坂に差し掛かって、もう夜になって少し雪が圧雪気味になっていたから、俺はオートマ車でシフトのレンジを落としながら減速をした。


「三上くん、やっぱり、こういう場所でブレーキを踏むのは怖いのかい?。普通はこんな下り坂でシフトを落として、エンジンブレーキは滅多にやらないけど?」


「私の癖もありますが、夜になって除雪もされていない場所に入ってきたので、路面が圧雪されています。ブレーキを踏む前に少し減速して、信号だったり何かが飛び出してきたときに、最後に軽くブレーキを踏んで止まれるような体制を作りたいですからね。チェーンを巻いているから、あまり滑ることはないとは思いますが…。」


「なるほどなぁ。走り方がやっぱり違うよね…。」


 そんな会話をしながら走っていると、道は徐々に峠道のようになっているから、後部座席にいる陽葵が少しだけ不安を口にした。


「恭介さん、秋に来たときとは違って、雪が降っているから、怖いのは分かるわ。暗い上に雪も降っていてチェーンをつけているから、慎重に走らないとダメよね?」


「そうだね、慌てるとスリップするから怖いよ。ハンドル操作不可能でガードレールにぶつかったり、崖から落ちたら大変なことになるからね。」


 荒巻さんが俺の顔をチラッとみて口を開く。


「チェーンをつけていても、このスピードで走るのは怖いよ。やっぱり地元の人だなぁ。私はこの半分ぐらいしかアクセルを踏めないかも知れない。」


「これは、父が先頭だからマシなんですよ。道も分かるし、ある程度、切り開いてくれている感じなので。私や後ろの母は、基本的には、雪のわだちを走れば、間違うことはありませんから…。」


「なるほどなぁ…。そういう情報すら貴重だよ。これは良い経験になったよ。」


 そんな会話をしているうちに、俺の家に近づいてきて、コンビニが見えたところで陽葵がホッとしている。


「あっ、あのコンビニだわ。もうちょっとで着くわね♡」


 陽葵の言葉に荒巻さん夫婦がクスッと笑った。


「ははっ、霧島さんは三上くんの家に行っているから、もう分かっているよね。私たちは夜だからよく見えないけど、見渡す限り何もない場所なのが分かるから、こんな場所に住んでいるのが凄くて、驚きっぱなしだよ。」


「そうですねぇ、ほんとうに不便なので、車がないと生活できませんから…。着きましたよ。」


 無事に家に着くと、とりあえず荒巻さんの車を工場の入口の軒下に入れた。

 ここなら雪が降り積もらないから無事だ。


 車から降りると、荒巻さんが俺の工場と家が繋がっている事に気付いて、暗くてもその敷地の広さに驚いているようだ。


 俺は荒巻さんの車のワイパーを手で上げると、早速、家の中に案内する。


「荒巻さんも奥さんも、寒いので家の中に…。詳しい話は後でしましょう。こんなところで話していては風邪を引いてしまいますから。」


 その言葉に親父もお袋も満足そうにしている。

 お袋が荒巻さん夫婦を家の中に入れると、俺と陽葵は車の中に入って、とりあえず寮に電話を入れた。

 陽葵は、自分の家に電話を入れている。


 俺が寮に電話をかけると、松尾さんが出た。


「おおっ、三上くん、家に着いたか?。思ったよりも早かったし、まだ、夕飯時だから安心したよ。」

「松尾さん、ご心配をおかけしました。同時に荒巻さんも無事に私の家に着いたことを報告します。」


 そう言うと、電話の向こうで松尾さんが笑っている。


「荒巻さんも無茶をしすぎたよ。結局は三上くんのご両親にお世話になったのか…」

「そんなところです。荒巻さんは私たちよりも早めに出てきましたが、この雪なので、右往左往して電話がかかてきて助けました。もう、こっちは20cmぐらい積もっています。」

「こっちも、10cmは積もったかな。もう、電車が止まったり、高速道路が止まったりして大騒ぎだよ。」

「何にしろ、早めに抜けて良かったです。荒巻さんは後ほど旅館に送りますから。」


 そんな話をして俺は電話を切ると、陽葵も電話を終えたようだ。


「恭介さん、むこうは10cmぐらい積もっていて、大騒ぎしているみたいよ。こっちは、その倍ぐらい積もっているのに…」


「それにしても、こんなに不意打ちでドカ雪が降るのは異例だよ。俺だって、こんな事なんて年に数度だよ。…さて。雪がもっと降る前に、荷物を降ろしちゃおう。もたもたしていると、ご飯が抜きになるよ。」

「そうよね。それだけは勘弁したいわ。」


 俺と陽葵は急いでトランクの中から荷物を降ろす。

 雪が相当に激しく降ってきたので、俺と陽葵は頭が真っ白になっている。


「恭介さん。雪が凄すぎて、服も頭も真っ白だわっ。なんだか楽しい☆」


「陽葵、風邪を引いちゃうから、荷物を早く降ろそう。クリスマスで食べるものもあるから、陽葵はお袋にそれを渡してくれ。」


「あっ、そうよね。食べ物だけは早く渡さないと…、きゃ!!」


 陽葵は雪で滑って転びそうになっている。


「陽葵、気をつけないとダメだぞ。滑らないように少し重心を前におくと良いよ。後ろに重心をかけると、ツルッといく確率が高い。」


「わっ、分かったわ。ちょっと心がけてみるわ。」


 陽葵は食べ物をキッチンに運ぶと、俺が荷物を降ろすために、すぐに戻ってきた。


「そういえば、りんごちゃんが、台所にあるストーブの前で猫みたいに、うずくまって暖まっていたわ。犬なのに猫みたいにストーブの前で暖まるのはアリなの?」


「ああ、うちの犬は、冬になると何時もそんな感じだ。あの犬は冬になると猫になる。」


 陽葵はクスッと笑っている。


「恭介さん、荒巻さん夫婦も、ストーブの前で暖まってる、りんごちゃんを見て、なんか笑っていたわ。だって、寒いから、荒巻さん夫婦に適当に軽く吠えただけで、あとはストーブの前に居座り続けているのよ?」


「うちの犬は頭が良いのか悪いのか分からない。たまに、背中にチャックがあって、猫でも入っているのかと思うこともあるからな。」


 陽葵はいよいよ声をあげて笑い始めている。


「ははっ!!。あれは、ホントに猫だわ。なんだか可愛くて仕方ないわよ!」


 そう言いながら、俺はとりあえず玄関に荷物をひたすら降ろして、ようやくトランクの中が空になったのでホッとした。


「陽葵、マジに寒すぎるから、荷物を降ろしたから家に入るよ。雪だらけだから、上着は玄関でよく落とそうね。」


「ふふっ、恭介さんは真っ白だわ。ごめんね、りんごちゃんのストーブの目の前のインパクトが強すぎて、頭に何も残っていなの…。」


「陽葵さぁ、これから日常生活として、見続ける、ごく普通の光景だから、あまりインパクトに残られても困るなぁ。アイツは犬じゃない、猫だから。」


 そんなことを話していたら、居間からは、荒巻さん夫婦の笑い声が聞こえるから、親父とお袋は適当に話しているのだろう。


 俺は、慌てて家に入ってタオルを2つ持ってくると陽葵にも渡した。


「もう、雪だらけだから、頭や顔を拭こう。このままじゃ風邪を引いちゃうからさ。」


 陽葵は、犬なのか猫なのか分からないなどと言ったことを思い出したか、ニヤリと笑っていたが、このままでは飯にありつける時間がなくなるので、とりあえず片付けを急ぐことにする。


 最初に、熱海や名古屋で買ったお土産をバッグから取りだして、仏壇の目の前に添えてお参りをすると、陽葵も慌てて、俺と一緒にお参りをした。


 それをみて、居間にいた俺の両親がニコッと笑っているし、荒巻さん夫婦は俺と陽葵の姿を、黙って見ている。


 陽葵は、りんごが、ストーブの目の前にいることを気に掛けて、ニコニコしながら頭をなでているが、俺は、荷物を早々に片付ける事に専念した。


「さてと、この荷物を、俺の部屋に運び入れよう。陽葵もニコニコしてないで手伝ってくれよ。」


 陽葵は俺の言葉に慌てて、我に返った。


「きょっ、恭介さん、ごめんね、そうよね、もう、恭介なの部屋の中に、わたしが使うために小さい押し入れを用意したらしいから、そこに、服をすぐにしまってしまうわ。どっちみち、荒巻さん夫婦と、恭介さんのご両親のお話が長そうだものね?」


 俺はそれを聞いて頭がクラッとした。


「こうなったら、用意が良いのか悪いのか…。親父やお袋は、陽葵が長期の休みになって、俺の家に来ることを完全に想定しているし、春休みや夏休みなんて、もう、陽葵が来ることが確定じゃないか…。」


 陽葵は荷物を分けているうちに、寮で貰った幾つかのパンがあることに気付いて、急いで居間に入る。


 俺はその間に荷物を運び入れて部屋に入ると、部屋に新しい小さいタンスがあるから溜息をついた。

 そして、自分の服を、タンスの中にしまったり、要らなくなった本やゲームのソフトを片付ける。


 陽葵がまだ部屋に来ていないことを確認すると、バッグの中に入れてあったクリスマスプレゼントを、俺の机の引出の中にソッと入れた。


 俺が陽葵の荷物を部屋に運び入れた時に、陽葵が幾つかの荷物を持って俺の部屋に中に入ってきて、自分のバッグに入っていた服をタンスにしまい始める。


「恭介さん、これで荷物は終わりよ。あっちは盛り上がりすぎて、抜けるのに苦労しちゃったわ。だって片付けなんて、恭介さんに任せておけば良いなんて言ってるけど、それじゃぁ可哀想だもの。」


「陽葵が巻き込まれていると思ったから、もう俺1人で片付けようとしていたよ。さすがに陽葵のバッグを開けて、服や下着をタンスにしまうのは躊躇ったけどね…」


 陽葵はそれを聞いて、少し顔を赤らめてクスッと笑った。


「ふふっ。恭介さんのエッチ♡。わたしの下着なんて何度も見ているでしょ♡。もぉ~~♡。そのまま片付けても、わたしは何も言わないわ♡。」


 この状況で、この話を進めてしまったら、とても危険なので、すぐに話を切り替える。


「陽葵さぁ、これが片付いたらご飯を食べよう。この前みたいに、飯がなくなって、また何処かで食べる羽目になるぞ。」


「大丈夫、それはないわ。今回、恭介さんのご両親は対策を練っていて、私たちの分をキチンと分けてあるの。そうしないと、大変なことになるもの。」


 陽葵はそう言いながら、手際よく自分の服や下着をタンスの中にしまっているから、俺は寮で使わない、組み立て式のラックを押し入れの中に入れて、なるべく下着などを見ないように誤魔化した。


 しかし、とても可愛い陽葵様には、そんな事なんて、お見通しだった。


「もぉ、そんなことをやって誤魔化しても無駄だわ。もうお互いを知っている仲よ。見られても何とも思わないわ♡」


 陽葵は顔を赤らめつつ、下着をタンスの中に入れているから、俺は目のやり場に困っている。


 … … … …。


 俺は、しばらく無言を貫いて、部屋の中を整理した後に、陽葵と一緒に居間へと向かったのである。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?