俺と陽葵はサービスエリアで暖かい飲み物を買って、車に乗り込んで出発したところで、陽葵が俺の家に電話を入れる。
お袋が電話に出たようで、サービスエリアを出た事を伝えると、すぐに電話を終えた。
「陽葵、それなら、俺がサービスエリアを出る前に電話をかけるのに、飲み物を買う時も俺の携帯を陽葵がズッと持ったままだから、そのぉ…。」
「それで良いのよ。恭介さんが電話に出ると、お父さんやお母さんが無理難題を押しつけてくるわ。それに、わたしの話なら素直に聞いてくれるから、電話は私にまかせて♡」
陽葵から語尾にハートマークをつけて言われては、俺も仕方がないから、電話を陽葵に任せることにする。
幾つかのトンネルを抜けると、いよいよ大粒の雪が降ってきたし、路面は雪が積もっているが、圧雪状態ではなく、多くの車が通っているから、シャーベット状になっている。
そして、しばらく走っていると、渋滞が起こってノロノロになってしまった。
「雪がいっぱい降っているから、みんな速度を落としたの?。でも、なんとなく速度を落としすぎのような気がするわ。」
「たぶん、除雪車か、塩カル…、融雪剤を撒く車両が先頭だから、早く走られないと思う。」
それは程なくして答えが出てきた。
先頭を走っていたのは、融雪剤を撒いていた車両だった。
その車両がパーキングに入ると、一斉に車が動き始めたが、追い越し車線を走っている幾つかの車が、随分とスピードを出して走っているから、俺は嫌な予感がする。
「うーん、追い越し車線の車は、今まで塩カルを撒く車がいたから、イライラしているのは分かるけど、相当に飛ばしているから心配だなぁ。あまり速度をあげぎると、スリップするから危ない。」
「恭介さん。こうやって見ていてよく分かったけど、もの凄いスピードで通り抜ける車って、どこにもいるわよね?。今日は雪で視界も悪いのに、よく、あんなスピードで走れるのが凄いわ。あんなに出したら怖そうよ?」
「視界はともかく、飛ばすのはよくない……、あ゛!!」
右隣の追い越し車線を走っていた車が、猛スピードで通り過ぎたあと、橋の上に差し掛かったところで、目前でスリップして蛇行したので、俺は慌ててハザードをつけて、ゆっくりとブレーキを踏んで速度を落とした。
「きゃぁ!!、危ない!!。他の車にぶつからなくて良かったわ…。」
スリップして蛇行した車は、走行車線と追い越し車線を蛇行するように走ったが、何処にもぶつからずに、なんとか車の向きを持ち直すと、こんどは走行車線でスピードを落として大人しく走っている。
「うーん、無茶をすると、あんな感じで滑って制御不能になるから、こういう場合は大人しく走っていたほうが得策なんだ。マジにスリップしたら、どう滑るかなんて制御できないから、半分は運任せだからね。」
「恭介さんは、この状況でも冷静だわ。あの車がスリップした瞬間に速度を落として、他の車にも、ぶつからないように、気遣っているでしょ?。」
「マジに、スリップした車がどういう動きをするか分からないから、最悪は止まらないとダメだけど、あの場合は、周りにも危険が迫っていることや、俺の車が止まることを知らせないとダメから、ハザードをつけた。この状況だから、周りの車も急ブレーキができないから辛い。」
「この滑りやすい道路で、急ブレーキを踏むとどうなっちゃうの?」
「ブレーキのかけ方によっては、あの車みたいにスリップしちゃうか、滑って止まれなくてスケートみたいに車がスーッと進んじゃって、どこかにぶつかったりする。」
「…それって、ちょっと怖いわ。」
「特に、橋の上は路面が薄く凍っている場合もあって、滑りやすいからね。どんなにスタットレスタイヤを履いていても、あんな感じだからね。」
俺も少し速度を落としながら運転をしていると、俺の携帯が鳴って陽葵が電話に出る。
「え??、荒巻さん!!。どうしたのですか??。恭介さんは、運転中で電話に出られなくて…。」
俺は運転していて、荒巻さんが電話をかけてきたのは、てっきり俺を心配しての事だと思っていたけど、会話の内容が、どうも怪しい。
「そうなんですか!!。恭介さんがいま、向かっていますから、そのままで待って下さいね。いま、本人に聞いてみます。」
陽葵は俺の携帯のスピーカー部分を押さえながら、運転している俺に聞いてきた。
「大変よ!!。荒巻さんはね、延岡理事や延岡さんが恭介さんの家に行くのを阻止する意味と、日頃の疲れを癒やすために休暇も兼ねて、あの温泉旅館に、今日から奥さんと一緒に大晦日まで予約を入れたのよ!!。」
「なにぃ??。それはマズい、マジにマズい。荒巻さんは何処かでハマっているのか?」
「そうなの!!。それで、今日は夕食なしで素泊まりで泊まる予定だけど、雪が凄くて、恭介さんが降りるインターの近くのパーキングで、チェーンを着けようとして、アタフタしているらしいの。」
「あちゃぁ~~、そうすると、俺たちよりも随分と早く出てきたけど、雪で右往左往しているのか。ここからだと1時間はかかるから、積もった雪でマフラーがかぶらないように、車の中で休んでいて欲しいと言っておいて。荒巻さんのところに絶対に行くから。」
陽葵は俺が言ったことを荒巻さんに電話で、要領よく伝えているが、その最中で、俺は思わず、運転をしながら、大きな愚痴が自然と出てしまった。
「参ったなぁ。荒巻さんも、気持ちは分かるけど、前もって連絡してよ!。こうなったら、俺が助けなきゃダメなんだろうから…。」
その愚痴を吐いた直後、陽葵は何やらクスクスっと笑っていたが、電話が終わった後、陽葵は苦笑いをしながら、荒巻さんの電話での経緯を伝えた。
「恭介さんの愚痴は思いっきり荒巻さんに聞こえていたわ。もうね、チェーンをまく練習をしなかったと後悔しきりだけど、恭介さんに来て貰ってホッとしているみたい。インターを降りた後が凄く心配だったらしいの。」
「そこは色々と文句があるけど、それで、荒巻さんと奥さんは食事は済ませたのかい?。」
「大丈夫みたいよ。さっきのサービスエリアで食事は済ませたらしいの。」
俺は少し考えた。
どのみち、荒巻さんのことだから、旅館に入るのが遅れる旨は伝えてある事は容易に予測できる。
「俺は運転中だから、陽葵は荒巻さんのことを、お袋に伝えてくれないか?。それで、インターを降りたあとにチェーンの脱着場で、荒巻さんの車を運転したいから、親父とお袋が、そこに来られるか聞いてくれ。その頃には、仕事が終わっている筈だから。」
「うん、分かったわ。荒巻さんが雪道と峠道に不慣れだから、事故を起こす可能性もあるわよね?」
「そういうことさ。この雪は素人には危なすぎる。スタットレスは履いているだろうけど、さすがの荒巻さんもチェーンを巻く必要性を感じたのだろうね。ただなぁ、チェーンぐらいは少し手前のサービスエリアのスタンドで頼むべきだったよ。」
陽葵は、俺の愚痴を聞きながら、携帯を手に取って俺の家に電話をすると、ほどなくしてお袋が出たらしく、陽葵が詳細を話すと、話が長くなった。
電話が終わった後、こんどは陽葵が笑顔で俺に電話の内容を報告する。
「恭介さん、まずは、インターを降りたチェーンの脱着場で恭介さんのご両親が待っているって。そのパーキングでチェーンを着けて出発するときに電話をかけて欲しいらしいわ。あと、荒巻さん夫婦は、恭介さんの家で少しクリスマスの食事をした後に、旅館まで恭介さんとお父さんが連れて行く形になったわ。」
「分かった。それはOKだけど…。あ~~、どうするかなぁ。ちょっと迷うなぁ…。」
陽葵は俺が何に迷っているか、すぐに察したらしい。
「そうよね、印西さんに連絡をするかだよね?」
「そうなんだよ。家で荒巻さん夫婦と食事をするのは変えられない。これを俺が避けたら、親父とお袋に怒られるから迷っちゃって。」
「あっ、言うのを忘れちゃったけど、恭介さんのお母さんが、延岡さんのほうはインターの近くの道の駅で旅館の人が運転を交代する話は知っていたわよ。逆に今から荒巻さんの件で印西さんに電話をかけると、厄介なことになるわよね?」
「そうなんだよ。延岡さんの件は、あくまでも自然な流れとして、そうなったように見せかけているから、大丈夫だけど、荒巻さんは俺の家について、ゆっくりした後に旅館に電話を入れて、俺の家にいることを伝えてしまった方が良い。」
「旅館の人が飛んでくるわよね?。そのほうが自然だわ。」
「そうしよう。明日は仕事もあるし、旅館に行ったら、また面倒なことが起きかねないから、洒落にならない。」
「恭介さんは早く仕事を終わらせて、わたしの家族の迎えもあるわ。だから時間が足りないのよね。」
「そういうことだよ…。しかし、荒巻さんも今朝ぐらいに電話を寄越してくれれば、予定がまるっきり変わったのに。」
「ふふっ、天気予報が急変したから、それは無理よ。荒巻さんは影の阻止役に徹したかったけど、雪のせいで、それが全部すっ飛んでしまったと言っていたわ。」
「参ったなぁ。それよりも、少しだけ急ごう。荒巻さん夫婦を寒い中で待たせるのも可哀想だからさ…」
俺は少しだけスピードをあげて、慎重に運転をしながら、荒巻さんが待つパーキングエリアを目指して向かったのだが、雪が降り積もって、いよいよ除雪車にブロックされるような事態に陥ることも出始めた。
「恭介さん、なかなか進まないわよね。事故を起こしたら仕方がないから、ここは我慢よね。」
「その通りなんだよ。ここまで来れば、普通なら20分ぐらいで、荒巻さんのいるところまで行けるけど…」
俺はそれでも倍の時間をかけて、ようやくパーキングエリアに着くと、荒巻さんの車を見つけて、隣に駐めた。
もう、雪が積もっていて、駐車場の線なんて見えない状態だ。
それを察した荒巻さんが車から降りてきた。
「三上くん。ほんとうにすまない。もう少し事前に練習をしておくべきだったが、この事態は私も初めてで右往左往しているよ。」
「それは仕方ないですよ。ここで話していると時間が勿体ないので、まずは、荒巻さんの車からチェーンをつけてしまいましょう。」
俺は隣にいた荒巻さんの奥さんに挨拶をしつつ、風邪を引くから俺の車に座らせておいて、軍手の上に大きめのゴム手袋をはめて、長靴に履き替えると、早速、荒巻さんの車のチェーンを巻き始めた。
それを見ていて荒巻さんが感心をしている。
「凄い!!。やっぱり三上くんは慣れているから早いね!。」
俺はジャッキアップなしで20分ぐらいでゴムチェーンの装着を終えた。
「荒巻さん、チョット待って下さいね。私の車もすぐにチェーンを着けてしまいますから。」
そして、俺の車もゴムチェーンをつけて、それも終えると荒巻さんに声をかける。
「荒巻さん、とりあえず、インターを降りてチェーンの脱着場で、うちの父母と待ち合わせますので、そこからは私が荒巻さんの車を運転します。まずは、私の家でゆっくりしましょう。うちの父母が言って聞かない部分もありますし。」
「三上くん、ほんとうにごめんね。今日は旅館に遅くなってもチェックインできれば良いと言われたから、9時から10時頃になると言ってしまったんだ。私もちょっと疲れたから、まずは旅館に行く前に休ませて欲しい本音があって。」
「不慣れな雪道だと余計に疲れると思います。まずは私についてきて下さい。あと、チェーンに異常があったら、俺の携帯に連絡を下さい。もうインターまで数㎞しかないから、異常があっても脱着場で何とかできると思います。チェーンを着けたので、かなりスピードを落として運転しますからね。」
陽葵はこの状況で、俺の家に電話をかけて、出発したことを伝える。
そして、荒巻さんを後ろにつけて、インターを目指したのであった。