目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

~エピソード9~ ⑮ ホワイトクリスマスの家路。 ~2~

 俺が車を走らせた直後、陽葵は携帯で俺の家に電話をしている。

 どうやらお袋が出たようで、少しの間、陽葵と話をしているようだが、今は運転に集中をしたい。


『なんか、雲行きが怪しい。暗くなってきた上に雲が厚いし、この寒さと風では、予報よりも早めに降るような気がする。』


 俺は陽葵とお袋の電話が終わるのを待って、交通情報を収拾する目的で、とりあえずラジオを付けた。


 今のところは広範囲で通行止めになっているような道路はないが、ちらほやと道中でチェーン規制がかかっているようだ。


 陽葵は、少し間を置いて、さっきの電話の内容を伝えてくる。


「恭介さん、恭介さんのお母さんからだったの。もしも雪が降ってダメなようなら、すぐに恭介さんの家に電話を入れることになったわ。高速道路が通行止めになった場合に、一般道に降りるルートもあるのよね?。今は良いけど、あの遊覧船に乗った辺りが雪が降るから、とても不安になっているみたい。」


「陽葵、その通りなんだよ。あそこは山々が連なっているし、トンネルも多いから雪が降りやすい。その周辺でドカ雪が降っていて、高速が通行止めなら厄介だからね。…そうだ、陽葵。高速道路に乗る前に、飲み物やお菓子を少しだけ買おう。」


「恭介さん、どうしたの?。だって、まだ、食べたばかりで、お腹なんて空いていないわよ?」


「いや、高速道路や一般道でも、雪が積もりすぎると立ち往生する車があって、完全に身動きが取れないこともあるんだよ。車の中で一晩を過ごして自衛隊の救助を待つなんて事態もある。いざという場合の食糧だね。携帯トイレはダッシュボードの中に入っているし、寮で貰ったパンとか、チキンなどもあるし、とりあえずは大丈夫か。」


 陽葵は俺が最悪の事態を口にして少しポカンと口をあけた。


「え??。そこまで酷い事態もあるの?。」


「滅多にはないけど、過去に、うちの親父がお客の納品から帰ってくる時に、雪に降られて車の中で一晩を過ごした事があってね。だから、陽葵とお袋の話が長かったのも理由がわかるよ。」


「それで、恭介さんのお母さんが凄く心配していて、恭介さんの家のほうは、まだ雪が降ってないけど、これは積もりそうな雰囲気だからって、とても不安になっていたわ。」


「そうだろうなぁ…。あっ、そうだ。陽葵さ、バッグの中に携帯の充電器が入っているから、そこに繋いであるコンセントから差してくれ。電話が掛かってきても電池切れになったら怖いからさ。」


 陽葵はバッグから携帯の充電器を取り出すと、シガーソケットから電源コンセントに繋ぐ機器を使って、俺と陽葵の携帯を充電ししている。


 俺の携帯は電話がかかってきても、すぐさま陽葵が出られるように、両方の携帯を持っているような状態だ。


「そうよね。備えておいて損はないわ。これが無駄足だったとしても、お菓子や飲み物は日持ちするから、いつでも食べられるわ。」


「そういうことだよ…。よし、ここのコンビニに寄って買うか。できる限り先に行きたいから、ノンストップ気味になるよ?。ここでトイレも済ませてしまおう。」


 俺がウインカーを出して、左手にある駐車場が広めなコンビニ入ると、陽葵がうなずいた。


「分かったわ、…あれ?。ガラスに雪が?。普段なら嬉しい雪だけど、今は気持ちが萎えてしまうわ。」


 車を駐車場に駐めて、俺と陽葵が車から降りると、少しだけだが小雪のようなものが、ちらついている。


「陽葵、ここで降っているのは、ちょっとヤバイ。今のところ、ラジオを聞く限りでは通行止めはないが、チェーン規制があるってことは、雪が降り始めている場所があるから要注意だ。」


 陽葵の顔が少しだけ曇った。


「とりあえずはコンビニに行きましょ。暖かいお茶を買って、まずは身体を温めるわよ。やっぱり雪が降るぐらいだから寒すぎるわ。」


「この時期の雪って珍しいけどなぁ。ホントは2月頃からが本番だけど、今年はなんか運が悪いなぁ。」


「ふふっ、ホワイトクリスマスなんて言ってられないわ。なんだか恭介さんが深刻な顔をしている気持ちが、今になって分かったもの。」


 俺と陽葵はコンビニに入って、おにぎりやお菓子、それに飲み物を買うと早々に車に向かう。


「陽葵、少し待ってね。」


 陽葵に声をかけると、俺はトランクからチェーンやジャッキ、それに軍手や厚手のゴム手袋や長靴などを取り出して後部座席の下に置いた。


『ちくしょう、ゴムチェーンじゃなくて、普通のチェーンにしておくべきだった。スタックした時の為に、脱出用の簡易チェーンがあるけど、これは役に立たないだろうな。』


 陽葵も車から降りて、その様子をジッと見ている。


「恭介さん、今からタイヤチェーンを巻くの?。」


「いや、この車はスタッドレスタイヤだから、チェーン規制がある道路も普通に入れるし、大抵はこれで大丈夫だけどね。でも、高速道路を降りてからウチに向かう途中は山道が多いから、そこでチェーンを巻かないとダメな事態に備えているんだ。」


 俺は、そして車のトランクの奥底のほうから、柄が伸縮できるプラスチック製のスコップも取り出す。


「え??。そんなところに、スコップが入っていたのね?。これは雪を掻き出すのに使うのよね?。なんだか本格的になってきたわ。」


「もしも、ハマっちゃった場合に、このスコップで脱出するのさ。これは嫌な予感しかしないよ…。これから寒くなって雪が降っちゃうと、外に出るのも嫌になるから用意したのさ。さて、行くか。」


 俺の嫌な予感は徐々に的中する形になった。

 高速道路に乗って、しばらくすると徐々に雪が降り始めている。


 高速道路の電光掲示板を見ると、渋滞などはないが、広範囲にわたってチェーン規制の表示が出ているから、俺も焦りを隠せない。


「陽葵、これはチョイとマズいかも知れない。日が暮れるから、雪が溶けることはないから、積もる一方だよ。雪が激しくなったら、目の前が見えないこともある。今は良いけど、少し速度を落として慎重に運転するからね。」


 陽葵は踊るようにフロントガラスに叩きつける雪を、少し心配そうに眺めながら口を開いた。


「恭介さん、そのほうが良いわ。ちょっと運がない感じよね。いまは雪が少ししか降っていないから、前が見えるけど、酷く降ってきたら大変だわ。」


「うん、そうだよね…。この前は颯太くんや陽葵の両親がいたから無事だサービスエリアとかで休みながら行ったけど、観光しながら行った時と変わらないかも知れないよ。」


「そうすると、やっぱり夜の8時を回るわよね?。恭介さんのお母さんが、それ以降だと、もの凄く雪が降りそうで怖いと言っていたの。インターを降りた後のほうが大変だって。」


「いや、これは、もっと早くから降るかも知れない。インターを降りた後は、チェーンを巻くから少し時間がかかるけど、そのぐらいの時間には着きたいな…。」


「恭介さん、大丈夫?。わたし、卒業の見込みがついたら、絶対に運転免許を取るわよ。4時間以上もズッと運転だと、さすがに辛そうだもの。」


「その時は、ゆっくりと運転を教えてあげるよ。今は、事故を起こさずに、可愛い陽葵を守ることだね。本当に立ち往生の危険があったら、インターを降りて何処かの宿に泊まる覚悟もしている。」


「それも、恭介さんのお母さんが言っていたわ。あまりに危ないようなら、何処かで一泊しても良いからって。」


 陽葵はちょっと俺を心配そうに見ているのが分かるが、ここは行くところまで行くしかない。


「陽葵。この程度なら、まだ大丈夫だし、俺たちの感覚からすると、この先の高速道路が通行止めになったタイミングが判断材料になると思う。今の道路情報を見る限りでは、事故の通行止めも雪の通行止めもないからね。」


 このあと、俺は陽葵とそんな話をしながら1時間半ぐらい運転をしていた。


 今のところは、雪が舞っているが、路面に雪が積もっていない状況だから、いつもより速度を落としたとしても、問題はなかった。


「陽葵、次のサービスエリアで、少しトイレ休憩をしよう。俺の運転休みも兼ねている。ぶっ続けだと、集中力が切れるからね。」


「恭介さん、それは大賛成よ。後部座席に置いといたストック用のお茶は冷たいから、暖かい飲み物が欲しいわ。」


「そうだね。そのサービスエリアから先が勝負だよ。トンネルを抜けたあたりから、雪が強くなると思うから。」


 辺りは真っ暗になっているから、よく分からない部分もあるが、この辺りまで来ると、道路には雪が積もっていないが、土の上はうっすらと雪が積もっているようだ。雪の降り方も段々と強くなっているような気がする。


 そして、サービスエリアに着くと、ガソリンスタンドにチェーンを巻く人の車で少しだけ行列ができている。


 ノーマルタイヤの人は、この先からチェーン規制になるために、サービスエリアの駐車場でチェーンを巻く人も散見している。


 陽葵がそれを不思議そうに見て、当然の如く、俺に質問をぶつける。


「恭介さん、ガソリンスタンドに車が少し並んでいるのはなんで?」


「この先からチェーン規制がかかっているからね。普段は冬でもチェーン規制がかからない事が多いけどね、こんな雪だから、みんな意表を突かれているんだよ。だから、ノーマルタイヤの人がガソリンスタンドでチェーンを巻いてもらったり、チェーンがない人がスタンドで買い求めているのかも。」


「…雪って本当に大変なのね…。あっ、そういえば、遊覧船に乗ったあの山のほうは、ずっと先よね?」


「そうなんだよね。あそこは何かあると、すぐにチェーン規制がかかる。雪が降らなくても、路面が凍るからスタットレスタイヤが必須なんだよね。」


 俺と陽葵がそんな話をしながら、サービスエリアに車を駐めて降りると、雪が時折、強く舞い降りて、路面が薄らと積もり始めている。


「恭介さん、寒いわ…。急いでトイレに…。きゃっ!!」


 陽葵が足を滑らせて転びそうになったので、慌てて陽葵を抱きかかえた。


「恭介さん、ありがとう♡。頭を打つところだったわ。慎重に歩かないと滑るわね…。」


 俺は転びそうになった陽葵の体を起こすと、少しだけ怖がっている陽葵の手を繋いで歩く。


「陽葵、滑るから気をつけて歩かないとダメだよ。雪が薄く積もっている場所は、こんな感じで滑るから、油断ができないよ。」


 周りはチェーンを巻いた車が通る度に、ガチャガチャとアスファルトを削るが如く、騒がしい音がしてしている。


「さてと、トイレによって、暖かい飲み物を自販機で買って急ごうか?」


「そうね。これだけ雪が降っていると、恭介さんの家に着く頃には、どうなっているか分からないわ。」


 俺と陽葵は、このあと面倒な事態に巻き込まれてしまうなんて、この時は知る由もなかったのである。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?