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~エピソード9~ ⑮ ホワイトクリスマスの家路。 ~1~

 俺は寮に戻ると、自分の部屋に入ってシーツや毛布を整えて、机の引出にしまっていた、お金や貴重品類をバッグに入れると、部屋の鍵を閉めて食堂に向かった。


 寮の食堂は、寮生が集まっていることもあって、テレビがつけられている。

 どうやらニュースの合間に天気予報をやっているようだが、こんな時間に天気予報をするのは、ちょっとおかしい。


『…夜半から、強烈な寒気が入り込んで、平野部でも明け方から雪が…』


 陽葵が俺の姿を見つけて、近寄ってきたが、そんな天気予報を聞いて、俺と同じように青くなっている。


 ここは冬でもスタットレスタイヤなんて履かないような地域なので、少しの積雪でも交通機関が全て麻痺をして、高速道路はおろか、電車もバスも止まってしまう。


 皆はクリスマス会の手伝いをしていて、俺や陽葵に近寄ってくる人はいない。


「陽葵の家でクリスマスの食事をしたら、早めに家を出ないと、マズいぞ。高速道路が止まったら俺も家に帰れないし、路面凍結がなくなる26日の午後ぐらいの出発になってしまう。」


 陽葵は誰にも聞こえないように声を落とす。


「そうよね、大丈夫よ。このクリスマス会が終わったら、早めに食事をするように、うちの親に電話をしてしまうわ。もう、お父さんなんて、忘年会に出たくないから急用があると言って、とても早めに家に帰る予定になっているの。」


「それは、ある意味で助かった。陽葵が電話をした後に、俺も実家に電話をしてみるよ。」


 陽葵は食堂を出て、携帯電話をバッグから取り出すと、家に電話をかけているようだ。

 俺の姿を見つけた良二と宗崎が駆け寄ってきて、先に声をかけたのは良二だった。


「恭介や、この天気予報では、今日中にお前の家に戻らないとマズいだろ?。ここは雪に弱い場所だから、お前は家に帰れなくなるぞ。」


「そうなんだよ。だからさ、今、陽葵が家に電話をして、色々と調整をしているところだ。だけど、まだ時間が早いから、1時間ぐらいなら、ここにいられる。」


 宗崎がそれにうなずいたが、良二と同様に心配そうにしている。


「そうだな。最悪、夜中になってもいいから、お前の家に戻らないと。ここは、マジに雪が降ると高速道路が通行止めになるからな。お前の家のほうは山奥だから、そんなことはないだろうが、こっちはマジにダメだ。」


「ウチのほうも、多少の雪なら通行止めにならないけど、高速道路や一般道でも、除雪車が先頭になって、時速20~30kmぐらいでゆっくりと走らされてしまう。スタットレスは履いているけど、最悪、インターチェンジを出たら、チェーンを巻かないと、家の近くの峠道でハマるかも。」


 宗崎も良二も少し心配そうにしているところに、陽葵がやってきた。


 周りは準備に忙しくて、誰も俺や陽葵、宗崎や良二が話していることに構っていられない状況だ。


「恭介さん、電話が終わったわ。1時間ぐらいここで楽しんだら、家に行くわよ。早めにウチのクリスマスの食事をしてしまって、早々に出発よ。恭介さんのお母さんからも、ウチに電話があったらしいの。」


 そこに松尾さんが、俺たちが集まっているのを心配して、声をかけてくる。


「三上くんたち、そんなところで深刻な顔をしてどうしたんだい?」


「松尾さん、今日の夜半から雪なので、雪が降る前に私の実家に戻らないと、面倒なことになる話をしていたのですよ。」


 俺が雪が降ることについて話すと、松尾さんは険しい顔をしている。


「三上くん、それは、うかつだったよ。それで、霧島さんが、1時間ぐらいしたら抜けようなんて話をしていたんだね。それはマズい。確かに、今日の夜までに、君の実家に戻らないと、大変なことになるからね。」


 そんなことを話していたら、俺の携帯が鳴って、急いで食堂から出て電話に出ると、親父だった。


「恭介、お前は今日の夕方ぐらいに陽葵ちゃんの家を出ないと、そこで足止めを喰らうぞ。こっちは夜から雪になる予報だし、夕食はこっちで用意するから8時頃には着くように計算しろ。下手をすれば、もっと遅れるのは承知している。」


「親父悪い。陽葵の家族と連絡を取り合って早々に出ようと話をしていたし、お袋も先回りして、陽葵の家に電話をしていたから、事情は分かっているよ。」


「そうなんだよ。颯太くんが可哀想だから、つきあってやれ。雪道は少し慣れているだろうけど、無茶をしないで帰ってこい。もしも雪が降ってノロノロになるなら、携帯で連絡をくれ。」


「分かった。今は寮の仕事があるけど、1時間ぐらいしたら陽葵の家にいくつもりだから。」


「それは分かってるから大丈夫だ。とにかく陽葵ちゃんの家から出る前に、陽葵ちゃんでも構わないから電話を寄越してくれ。」


 そして電話を終えて食堂に入ると、皆がクリスマス会の準備を手伝っているから、俺も慌てて仕事を探して手伝う。


 寮母さんが持っていたパンの箱をテーブルに置いて箱からパンを出したり、飲み物などをテーブルの上に置いたりした。


 寮母さんや木下は、女子寮のクリスマス会をやるために寮に戻ったようだ。


 テーブルには陽葵や木下、それに松尾さんの奥さんや高木さん、それに寮母さんが作った手作りのクリスマスケーキが3ホール並んでいるから、相当に時間がかかっただろう。もうすでに10等分に切られているから手際が良い。


 それを陽葵や高木さんが、手際よく紙皿に乗せて、プラスチックのフォークも乗せて皆に配っている。


 そこに、俺がみんなのために買ってきた、名古屋のお土産もあるし、パンなども並んでいるから豪勢になっている。


 そして、女子寮の調理師さん達が、バイトの慰労会でいつも出すようなオードブルを作ったらしく、それも並ぶと、それらしい雰囲気になった。


 松尾さんは少し腕時計を見ると、準備が終わったところで、皆を席に着かせた。


 ここは俺が出て最初に仕切ろうと思ったが、松尾さんに視線で止められた。

 それを見て陽葵がクスッと笑っている。


「みなさん、夜から雪が降る影響で、三上くんが実家に帰る時間を早めるので、彼らが途中で抜けるのはご了解下さい。この寮の主役がいなくなるのは寂しいですが、皆さんが引き留めると、三上くんも霧島さんも困ってしまうから、そこは勘弁してやって下さい。」


 それを聞いた高木さんの表情が少しだけ険しくなったが、そこまで気が回らなかった事を後悔しているのがよく分かった。


 俺が前に出て、とりあえず乾杯の音頭をとると、高木さんと松尾さんが、心配そうな顔をしながら、こちらにやってくる。


「三上くん、天気予報が急変したのに気付かなくて、気が回らなかったわ。だって昨日の天気予報では、雪は明日の午後からだったのに、急に早まるから吃驚したわよ。」


「高木さん、こればかりは、仕方がないので、今日の夜には家に戻れるように、うちの家や陽葵の家に連絡を終えたところです。なんだか棚倉先輩が財布を忘れた事件ぐらいから、急な予定が入りっぱなしなので、気が抜けませんけどね。」


 俺の愚痴を聞いて、高木さんと松尾さんが申し訳なさそうな顔をしてる。


「三上くんは本当に貧乏くじを引いてしまった格好になってしまったね。せめて、時間の許す限り、ここでゆっくり過ごそう。」


 松尾さんからそう言われて、俺も陽葵も、ケーキやオードブルなどを食べながら、時間まで過ごしたのだった。


 ◇


 -1時間後-


 俺と陽葵は皆に挨拶をした後に、松尾さんに見送られる形で、受付室から駐車場に入って車に乗り込んだ。


「三上くん、気をつけて帰るんだよ。もう、車を持ってきた時からスタッドレスタイヤを履いていたから、相当に雪が積もる地域なのは分かるけど、油断は禁物だからね。」


「松尾さん、ありがとうございます。あとは宜しく頼みます。ちょっと後ろ髪が引かれる想いですが、あとは北里あたりに任せる形で…」


「大丈夫だ。こっちは何時ものことだからね。さて、霧島さんも三上さんも、親御さん達に宜しくといっておいてくれ。」


「分かりました。気をつけて帰りますよ。とりあえず、家に着いたら翌日にでも電話をかけます。下手をすれば深夜になる可能性もありますから。」


「なんだ、そこまで酷いのか?」


「実家のほうは、ここよりも早く雪が降りますし、雪が積もると、高速道路でも除雪車が邪魔をして時速30kmが精一杯になりますから、そうすると、帰る時間がべらぼうに掛かります。」


 なんだか松尾さんが、相当に心配そうな顔になった。


「三上くん、明日の朝でも構わないから、必ず電話を寄越してくれ。それは、ちょっと心配だ。」


「分かりました、気をつけて行ってきます。」


 俺はそこで、一礼をして車を出すと、松尾さんも後から来た高木さんも心配そうに俺と陽葵を見ている。


「三上くん!。気をつけてね。あとで連絡をして頂戴ね。」


「高木さん、分かりました。慎重に運転しますから。」


 そうして、俺と陽葵はとりあえず陽葵の家に急いで向かったのだ。


 ◇


 陽葵の家に着くと、既に陽葵のお父さんも家に戻ってきているし、クリスマスの準備もできていた。

 颯太くんが、それでもニコリとしながら、俺と陽葵を出迎えた。


「恭介お兄ちゃんと、お姉ちゃんが、夕方には出かけてしまうのは寂しいけど、30日になったら、また会えるから大丈夫だよ。すぐに始めよう!」


『これ、陽葵のプレゼントは、俺の実家で渡すことになるか。今渡したら、大変なことになる…』


 陽葵の家の食事はチキンやケーキもあって豪華だが、この状況なので、少し控えめに出したのが分かる。

 俺と陽葵はそこで午後の4時までゆっくりとしながら時間を過ごすと、すぐに俺の実家に行く準備を始めた。


 陽葵のお母さんは、俺の家に何かお土産を持たせたようだし、夜に食べる余ったチキンやオードブルなどもパックにつめて陽葵に渡したのが分かった。


『あまり考えたくないけど、もしも雪で立ち往生した時の食料になるから、ある意味では良いかもなぁ…』


 そんな事を思いながら、陽葵が昨日の夜に準備しておいたバッグを車の中に詰め込んだ。

「陽葵にしては荷物が少ないけど大丈夫か?」


 俺はバッグに詰めた着替える服や色々なモノを見て少し不思議に思うと、陽葵は俺の顔を見て微笑みを浮かべている。


「恭介さんの家に初めて行ったときに、恭介さんのお母さんが、どっちみち家族で泊まる機会が増えるだろうから、ある程度の着替えを家に持ってきちゃいなさいと。恭介さんの家に置いておけば、急に何かあったときに大丈夫だろうと…」


 俺はそれに思い当たる節があって頭をかかえた。


「そうすると、あの時に荷物がウンザリするほどあったのは…」


「そういうことよ♡。家族全員が2泊ぐらいできるように着替えも用意してあるの。ただ、凄く寒いところだから、今日は寒さを防ぐ服が多いけどね♡。」


 もう陽葵も完全に厚手のダウンジャケットを着込んでいるし、暖かい服装になっている。


「今夜は冷えるから、その格好でも良いかもね。マジに何時に帰れるのか分からない状態だよ。」


 俺がそう言うと、陽葵のお父さんが心配そうにしながら、俺たちに声をかけた。


「恭介くん、それに陽葵。深夜になってもいいから、恭介くんの家に着いたら、お母さんの携帯に電話を入れてくれ。そのぶんだと、相当に時間がかかるのは、恭介くんのお母さんの言う通りだろうから…。」


 そして、玄関に行って靴を履いたところで、陽葵がお母さんに呼ばれた。

「陽葵!高速道路代とガソリン代よ。恭介くんは自腹で出そうとするから怖いので持っていってね…。」


 俺は陽葵のお母さんにも逆らえないから、素直にお礼を言うことにした。


 そうして、俺と陽葵は、車に乗り込むと、俺の実家に向かったのである…。

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