皆とラーメン屋で食事を終えた後。
俺たちが寮に戻ると、陽葵は松尾さんの奥さんに呼ばれて、松尾さんの家に行ってしまった。
しばらくすると、女子寮の寮母さんがパンを持って来たから、女子寮も含めて幾つかのケーキを作るのに呼ばれてしまったのだろう。
北里や良二と宗崎は、浴場掃除などのバイトで今は受付室にいない。
俺は小笠原先輩と2人で受付室にて、リンゴジュースを飲みながら、ボーッと過ごしている。
「三上、そろそろコインランドリーに行く時間だよな?。」
「先輩、すみません、あと5分ぐらいしたら、コンランドリーに…」
そこまで言いかけたところで、高木さんが寮に来た。
「三上くん、それに小笠原くんもいたのね?。あれ、本橋くんや宗崎くん、それに小笠原くんは?」
「高木さん、こんにちわ。3人は浴場掃除や寮内の清掃とかのバイト仕事をやってます。陽葵や寮母さんも含めて松尾さんの家ですし…。」
「大丈夫、霧島さんたちがいるのは、私も分かっているから、今の寮幹部を把握しないとダメなの。」
『あっ、そういうことか。ケーキやパンの配布で人数を把握したわけだ。』
「高木さん、お疲れさまです。私はコインランドリーに行くから抜けますね。」
「三上くんが、夕方から居なくなるから、洗濯物があるのは分かるわ。ほんとうに、普通の女子寮生よりもマメだから、感心するわよ。」
「うーん、高木さん。私は、そうでもないですよ。みんなが出入りするから、そういうプレッシャーがあるだけで、基本は面倒くさがり屋なので。」
高木さんにそう言うと、受付室を出て、早々にコインランドリーに向う。
毛布やシーツの乾燥も終わりそうなので、自販機でお茶を買ってボーッと乾燥が終わるまで待つことにした。
年末だが、他の客なんて皆無に等しいが、時間を持て余して、椅子に座りながら少し背伸びをしたところで、うちの居残っている寮生に声をかけられる。
「三上寮長、こんなところにいたのですか?。冬休みに入る前から、あんなに寮内が寂しくなるとは思いませんでしたし、今回の休みは諸岡もいないから、ちょっと不安ですよ。」
「おお、松田か。そうだな、諸岡は早々に親類の家に行ってしまったから、1年としては寂しいだろう。去年もそうだったけど、正月ぐらいは家に帰る寮生も多いから、余計に年末は寂しくなる。今年は金がない寮生を中心にして、松尾さんが積極的に実家に帰る交通費をコッソリと渡していたから余計だよ。」
どうやら、1年生の松田も、俺と同じように乾燥が終わるのを見計らって、ここで待っているようだ。
「そうだったんですか。そうえいば寮内のバイトをしている寮生が少なすぎるから、さっきまで大変でした。寮長の同期がいて助かりましたよ。」
「ああ、宗崎と良二がいて助かってホッとしているよ。松田も人がいないから大変だっただろ?。俺は小笠原先輩と一緒に受付だったから、バイトまでは見られなかったからね。帰る支度もあったし。」
「寮長は今日の夕方から帰ってしまうのですよね?。それで洗濯ですか?」
「そんなところだ。俺は家が町工場をやっているから、帰ったら年末ぐらいまで親父の仕事を手伝わないといけないから、このへんがタイムリミットだからさ。」
俺は立ち上がって、コインランドリーの脇にある自販機にお金を入れると、松田を呼んだ。
「松田、何が飲みたい?。俺のおごりだから、好きな奴を押してくれ。釣りは返せよ?」
「寮長、ありがとうございます。寮長は他の先輩とは、そこが違うんなんて、諸岡が力説していました。三上寮長は誰もいないところで、後輩や同期に慈悲を与える…と。」
「アイツは、俺を買いかぶり過ぎだよ。俺の今の状態はともかく、元々は仕送りが途絶えがちな寮生だから、松田たちと大して変わらない。そのぶん、みんなに恩返しをしているだけだ。」
松田は自販機でコーヒーを選ぶと、釣り銭を俺に渡す。
「しかし、三上寮長は凄いですよ。あんなに可愛すぎる人を彼女にするなんて。そのぶん、なんだか変な奴らに追われてしまってるのが、大変すぎますけどね…。」
「うーん、陽葵は可愛すぎる容姿をしているから、余計にカルトに狙われたんだ。怪しいサークルの狙いは、陽葵を宣伝広告塔として使いたかったかもな。」
「三上寮長は、前の新島寮長と一緒に、変なサークルに乗り込んで、追っ払ったぐらいだから、三上寮長が凄いのは分かりますけど、それでも手こずっているってことは、相当に酷いサークルなんですか?。」
「松田、たしかにタチが悪すぎるサークルだな。でもね、新島先輩は大学内の、ありとあらゆるサークルに詳しくて、今回の闇サークルの存在も、たぶん知っていた筈だけど、結核で入院しちゃったからさ。それで、手がかりを得られずに、大学側も俺も相当に苦しんでいる。」
「えっ?。新島寮長って、そんなに凄かったんですか?。なんだか、ほとんど寮にいなかったから、てっきり、遊びほうけているかと…。」
「あの先輩は、遊びほうけていたからこそ、サークルや同好会に詳しくてね。他の大学で要注意なサークルなんかも知っていて、なんだか網羅していた感じだからね。来年になって新島先輩が寮幹部になって戻ってきたら、今よりもズッと真面目になると思うよ。流石に、遊びほうけるのは懲りたらしいから。」
俺の話を聞いて松田はしきりにうなずいている。
「でも、三上寮長が凄すぎますよ。文化祭で私もバイトを手伝いましたけど、学生委員長と文化祭実行委員長なんかとも知り合いだから、諸岡が嘆いていましたよ。自分は三上寮長みたいに凄い人と知り合いになるような術もないって…。」
「諸岡は、俺に似せようとしすぎている。諸岡はとても真面目なヤツだから、そのまま実直に仕事をすれば、自ずと周りもつていくるよ。アイツは俺よりも根がズッと真面目だ。俺なんか不真面目すぎるから、それを右習いするのは良くない。」
そこで、俺は乾燥が終わったブザーを聞いて、毛布とシーツを乾燥機から取り出すと、松田も程なくして洗濯物の乾燥を終えて取り込んでいる。
俺は毛布とシーツを畳んでいると、松田がさっきの話の続きをはじめた。
「それでも三上寮長は、棚倉さんがボソッとバイト中に言ってましたけど、棚倉さんが寮長だったときよりも凄いと言っていましたよ。あんな気難しい棚倉さんから信頼を得るって、自分じゃ無理だし、新島寮長みたいに、棚倉さんを説得しちゃうのは、チョット凄い。あの人、本当に理詰めだから言ったら聞かないですもん。」
「松田さんの言う通りよ。恭介さんは少しは認めないと。わたしだって棚倉さんは、やっぱり扱いにくい人の1人よ。それを親しげに難なく話して無理難題も丸め込んじゃうのは、かなり凄いと思うの。」
松田のそんなお世辞ともつかない言葉に、答えようとしたら、とても可愛くて素直でいたいけな、可憐で今にも抱きしめたいぐらい大好きな女性の声が急に会話に入ってきたから、俺は驚いている。
驚いたのは松田も同じだった。
「え!!。寮長さんの彼女さん!!。受付は午前中だけかと思ったら、午後もいたのですね??」
「ふふっ、松田さんを驚かせてしまったわ。ちょうどケーキができたから、松田さんも食堂で食べましょ。寮母さんもパンを焼いたから、今日は残った寮生で、サプライズでクリスマスイベントやるらしいの。」
「陽葵、そういうわけか。それで寮母さんも来てた訳か?。女子寮内でも同じような感じでやっているから、ケーキを大量に作っていたのか?」
「そういうことよ。今年は木下さんも実家に帰るのが遅いみたいで、さっきまで寮母さんとわたしと一緒にケーキを作っていたの。」
「この時期に木下がいるのは珍しいな。あっ、木下はそうか…。それに、コンビニや飲食店とかで、ガチでバイトずくめの寮生は除外されるし、寮に残って遊びほうけるヤツは基本的にはブルジョアだろうからな。それで、食堂に集まる寮生は20人程度か。今年は予算もあるし、去年とは違って踏み切ったわけだ。」
その会話を聞いた松田が目をパチクリさせている。
「三上寮長、そこなんですよ。彼女さんからクリスマスイベントをやると聞いただけで、寮内の事情がサラッと浮かぶなんて、普通はあり得ないですよ?」
「松田、褒めるのはそのへんで止してくれ。このクリスマスイベントは、寮内バイトのお疲れ会の延長だよ。その後に今日の夕食も出てきてしまうだろうけど、その時間だと俺はいないからな。」
俺は畳んだシーツや毛布を持とうとすると、陽葵がシーツを持ってしまっているし、松田は慌てて洗濯カゴに乾燥が終わった洗濯物を入れて俺と陽葵と一緒に寮に向かった。
「しかし、松田は乾燥をしたくてコインランドリーを使っているのか?。そうか、明日は天気予報が雨か雪だから、洗濯ができないと思って警戒した訳か?」
「寮長、そういうことですよ。洗濯しようと思って、今の時期から部屋干しをしたら、エアコンで乾かすとしても、湿気もあるし、匂いも凄いですからね。」
俺が松田の返答にうなずいていると、陽葵が感心したように俺と松田を見て話に入ってくる。
「なんか、主婦みたいな会話よ。寮生ってこんな感じなのね。しかし、同じ女子寮生の白井さんなんか、そんな言葉なんて一つも漏れたことがなかったのよ。恭介さんたちのほうが偉いわ。」
「陽葵さぁ、張本人たちがいないから、ぶっちゃけた話を言うけど、基本的に白井さんや諸岡とは、俺と性格が違うから、どたい無理な部分があるのに、無理矢理に重ねようとするから悪い。白井さんみたいな寮生だって、部屋を見た事がないけど、女子寮生の中では意外と普通なほうだと思うよ。」
それを聞いて陽葵はクスッと笑っている。
「そうだと思うわ。どんなに女子寮生でも、男子の部屋だと思うぐらい、凄く汚い人もいるらしいし、それを考えると、女子寮生でも白井さんは…どちらかというと、改心して更正したほうね。」
「白井さんって、諸岡と同じく女子寮の次期副寮長ですよね?。なんだか見た目は少し真面目そうで、しかりしたイメージがありますけど??」
陽葵はそれを聞いて笑い出してしまう。
「ははっ!!。白井さんは恭介さんと会うまでは、全くダメだったのよ。でもね、もの凄く改心して、真面目になったの。白井さんは私と学部が同じだし、同期で友人なの。白井さんの部屋には入学当初から寮に遊びに行っていたから…」
「彼女さん、そうでしたか。そうか、三上寮長は、人の性格も良い方向に変えちゃうのですね…。凄いや…」
「だから、松田さぁ、あんまり褒めないでくれ。こっちは、お前達が言っているほどに凄い人間じゃないから。」
そんな会話をしながら、俺たちはコインランドリーから寮へと帰っていったのだった。