俺は毛布やシーツの洗濯が終わるまで、部屋に戻って、実家に戻る際の荷物の整理をしていた。
寮に入って以来、全く使わなかった物や読まない本、それに遊ばなくなったゲームソフトなども、折りたたんであったダンボール箱に詰めて、車のトランクに入れる。
俺が車を駐めている駐車場に行くには受付室を通らなければいけないが、荷物が重いので、松尾さんに話して、食堂にある調理場の勝手口から駐車場に抜けることにした。
そうすれば、北里にバレずに車に荷物を詰め込むことができる。
その間に、俺は、ポケットから携帯を取り出して、同級生の印西さんに電話を入れた。
「もしもし?。あれ??三上くん、珍しいじゃん!!」
「印西さん、すまない。明日、俺は彼女と一緒に家に帰るけどさ、延岡さんたちって、26日から5日ぐらいまで、ズッとそっちに泊まるよね?」
「そうよ。かなり長く泊まるから、私も予約には目を入れているわ。三上くん、どうしたの?」
「印西さんに、手間をかけさせて申し訳ないけど、延岡さんたちが峠の坂が雪道に慣れていなくて、温泉街に上がれなくて困っていて、俺の工場の駐車場に車を駐めて、俺に旅館まで送り迎えをさせようとしているから、旅館で延岡さんの車ごと俺の家から運転して持って行って欲しくてさ。」
「あっ、そんなのお安いご用よ。三上くんの家に延岡さんが押しかけちゃうと大変よね。だって、延岡さんたちが泊まったときに、三上さんの家が大変だったと、もの凄く女将さんが後悔していたのよ。」
「それなら話が早いよ。延岡さん達が俺の家に来ないように、旅館などの催し事があれば、積極的に参加させて欲しい部分があってさ。たぶん、年末だから、催しなんて色々とあるだろうから。」
「うん、それは了解したわ。三上くんをご飯が食べられないほどに振り回したのは知っているから、こっちは、女将さんがそれを気にしているのよ。…そうそう、それよりも29日の夜に、久しぶりに仲間と食事でもどう?。もちろん、彼女さんも一緒よ。」
「あ、それは考えておくよ。間際になったら、また、電話するからさ。30日に彼女の家族を迎えに行くし、お酒も元から飲めないけどね…。」
「了解、電話を待っているわ。みんな、三上くんの彼女さんを見たくて仕方がないのよ。だって、あんなに可愛い子と婚約しちゃうんだもん。こっちが腰を抜かしたわ。」
「まぁ、それは置いといて、久しぶりに、みんなの顔を見たいからな。分かった。前向きに考えてみるよ。」
俺は印西さんとの電話を終えると、少し気持ちがホッとしていた。
そして、冷蔵庫の中を覗いて、腐るようなものがないかをチェックをする。
『とりあえず、何もないか。陽葵と付き合う前は、コンビニとか近くのスーパーで食べ物を買うことがあったから、そのストックを家に持って行くとかあったけど、今はそんなこともないからな…』
そんなことをしていたら、コインランドリーに入れていた毛布やシーツの洗濯が終わる時間だ。
俺は、とりあえず、着替えや洗濯物をバッグに詰めて車のトランクに詰め込んで、コインランドリー急ぐ。
部屋を出て行く前に、冷蔵庫から、ペットボトルに入っているリンゴジュースを取り出して、受付室の冷蔵庫に入れた。
陽葵は、松尾さんの奥さんに呼ばれて、松尾さんの家でクリスマスケーキを作っているようだ…。
恐らく、受付室にいる俺たちにケーキを食べさせるつもりだろう。
俺がコインランドリーに行って毛布やシーツを乾燥機にかけて再び寮に戻ると、もう、お昼前だ。
陽葵も受付室にいたから、俺がコインランドリーから戻るのを待っていたのだろう。
「みんな、待たせてしまったな。ご飯を食べに行こうか?」
俺が皆に呼びかけると、皆はすぐに支度をして、例のラーメン屋まで歩いた。
その途中で、宗崎から問いかけられる。
「三上、お前は4日に戻ってくるらしいけど、それって延岡さんが旅館に5日までいるらしいから、そこから逃げる為でもあるよな?。お前は散々に振り回されたのが分かるから、早めに帰って日常生活を取り戻したいのが分かる。」
「宗崎、そんなところだ。ただ、今回は分からない。親父の仕事の手伝いで6日の夕方になることも、あり得る。それは延岡さんたちが、俺の実家に乱入してこなければ、つつがなく仕事が終わる見込みがつく。明日の午後には、もう仕事が始まるけど、あの人達が、26日以降から物見遊山で俺の実家に押し寄せてきたら、俺は確実に仕事ができなくて死ぬ。」
それを聞いて、ここにいた全員が心配をしている。
そして、良二が俺のコトを心配そうに見ながら口を開く。
「恭介や、マジに、延岡さん達がガンだよな?。お前は下手をすれば大晦日まで仕事をするだろうから、確実に死ねるよ?」
「良二も、みんなもすまない。それについては、さっき延岡さんたちが泊まる旅館の従業員に同級生がいてね。」
俺がそこまで話すと、陽葵を含めたみんなが俺の顔をじっと見た。
その話の続きをしようとしたら、ラーメン屋に着いてしまったから、各々が食べたいラーメンの食券を買う。
無論、小笠原先輩や北里は奢ったのだが、良二や宗崎はバイト代を貰っているからと言う理由で丁重に断られた。
そして、陽葵は言うまでもない…。
俺たちは席に着くと、俺は先ほどの話の続きを始めた。
「そうそう、さっきの続きだけどさ…。」
「恭介そうだよ、延岡さんが泊まる旅館の従業員に、お前の同級生がいるんだよな?」
「良二、そうなんだよ。その同級生にお願いして、まずは、延岡さんの家族が、俺の工場の駐車場に車を駐めるのを阻止した。たぶん、何らかの手段で、旅館の人が延岡さん達を迎えに来て、旅館まで延岡さんたちの車を持っていく事になった。」
それを聞いた陽葵がもの凄くホッとした表情をしている。
「恭介さん、本当に助かったわ。いつの間にか印西さんに電話をしたのね。そうじゃなかったら、恭介さんは徹夜で仕事をするハメにはると、昨日は私の家でぼやいていたもの。」
「そうなんだよ。だってさ、年末と年明け納期の仕事が殺到しているのに、延岡さんたちに時間をとられたら、仕事にならないからさ。陽葵まで事務仕事や年賀状の印刷を頼む事態だぜ?。たぶん、相当にまずい事になってる。」
それを聞いた宗崎や良二が顔を合わせている。
そして、良二が心配そうに口を開いた。
「お前は夏休みも、急に親父に呼ばれて、マシニングセンターとかNCフライスを使っていたよな?。下手したら3次元のCADとかCAMも使っていたから、俺は腰を抜かしたけどさ…。まだ大学だと、座学も入ってないけど、マジに親父さんの説明は、来年度の予習だったからな。」
「まぁ、それはともかく、そんな仕事をやっているときに、そんな機械や機器の名前すら分からない、延岡さんの邪魔なんて入ったら、俺は死んでしまうよ。良二と宗崎の2人はガチの志望者だから親父もマトモに相手をした感じだからな。」
宗崎がそれを聞いてうなずいている。
「俺たちは、大学の実習の予習として見学がてら見ているけど、そんなのとは訳が違う。延岡さんたちは、物見遊山だしタチが悪い。奥さんや家族は親戚と同じだし、目的自体が違うからな。」
「宗崎、そういうことだよ。それを阻止すべく、旅館も年末に向けて色々とイベントがあるから、それに積極的に参加させようとしている。旅館は山の上にあるから、車を旅館の駐車場に置いてしまえば、雪道に不慣れな延岡さん達は、そんなに俺の家に来られない事もあってさ…。」
それを聞いて、周りは本当にホッとした表情を浮かべたのが分かる。
「恭介さん、よく考えたわ。あの険しい山道に雪や凍結なんてあったら、車の運転が怖いのは、免許を持っていない、わたしでも分かるわ。恭介さんの家に行くのには、嫌顔でも旅館の人に頼むしかないもの…。」
「陽葵、そういうことだよ。だからこそ、印西さんは鍵を握ったわけだ。」
そこで、みんなのラーメンがきたので会話に間ができたが、陽葵が話していた凍結路面が怖い話について、小笠原先輩が俺に問いかけてきた。
「三上さ、陽葵ちゃんが言うとおり、スキーやスノボでもやらない限り、峠の凍結した道は避けたい方向だからな。どんなに除雪車が入って、路面に塩カルをウンザリするほど撒かれても、橋の上でスリップして事故っている車も多いよな?。」
「先輩、その通りですよ。どんなにスタットレスを履いても、ダメな時はダメです。特に雪が降って積もったら、チェーンも巻かないとダメなレベルになりますから。」
ラーメンを食べていた宗崎が、チラッと俺を見て、俺の車にツッコミを入れてくる。
「そうか、それでお前は、自分の車を、すでにスタットレスに履き替えたと言っていたんだな?。あそこの峠は完全に凍結するのは分かる。それで昨日の宴会の時に、延岡理事にチェーンも持ってきたほうが良いですよ…なんて、言っていたのか?。」
『宗崎…チョイと危ないぞ。北里に車を持ってきていることを知られないように、ギリギリのラインで言葉を避けたな…。』
「宗崎、そういうことだよ。さっき言ったとおり、温泉街で雪がうっすらと積もっても、こっちは雪が舞っているだけ…なんてこともあるよ。温泉街を越えた山の向こうは、かなり雪が降るような場所だから仕方ないけどさ。」
その会話に良二が口を挟む。
「恭介や、お前は随分と上手い作戦を練ったよな。雪道なんて知らないし、冬にスタッドレスタイヤなんて履くような習慣がない人間が、チェーンの巻き方なんて知る由もない。そこで、旅館の人に延岡さんの車を峠まで持って行かせて、お前の家に向かおうとする行動を制約しようとした訳か?」
その良二の問いかけに対して、俺が肯定するよりも先に、陽葵が口を開いた。
「本橋さん、その通りよ。恭介さんの仕事の都合でダメだと否定しても、車で押しかけることを阻止するつもりで、恭介さんは旅館の従業員だった同級生に電話をかけて手を打ったのよ。延岡さんの家族は、あの旅館の常連客だから、旅館もその女将さんも丁重にもてなさなきゃいけないわ。それでね、恭介さんの家族は旅館の女将さんとも繋がりもあったから、そこを読んだ恭介さんの勝ちね♡」
そんな陽葵が放った語尾のハートマークに、小笠原先輩と北里、それに宗崎が一斉に、食べていたラーメンを吹き出しそうになったが、良二はなんとか耐えたようだ。
「おっ、お、奥さん。その、最後のハートマークは強烈だから控えてください!。みんな、奥さんの美貌にやられてしまうから。…そうそう、本題に戻すと、そこまでの事情は知らなかったけど、恭介の両親はお人好しだし、延岡理事がいることで、コイツの人権を無視してまでも、丁重にもてなせ…なんて、言う筈ですからね。」
「本橋さん、その通りなのよ。だからこそ、恭介さんは、身を守る術を考えたのよね…。」
それをジッと聞いていた北里が、俺を見て、もう少し踏み込んだ質問をしてくる。
「三上さぁ、お前の事だから、もう一つ策があるだろう?。話を聞いていると、それじゃぁ、お人好しの親御さんが納得しない筈だから、これは、親御さんの説得材料も考えた上での行動だと思っている。」
そんな鋭い北里の質問に、皆が俺を一斉に見た。
「北里は、心理学専攻するつもりだから、たまに鋭いことを言ってくるから怖いな。」
「まぁな、それを専攻しようとしているから仕方ない。」
「うーん、あれだよ。旅館従業員の同級生と話をして分かったのは、延岡さんの家族は、旅館側にとって常連客だから丁重にもてなさなきゃいけない。これを逆利用して、両親には、ぶっちゃけて旅館従業員の同級生と電話していて、それなら、旅館が送り迎えをするのが筋だから、旅館側でやらせてくれと言っていた…、なんて言おうと思っている。」
「三上、それなら両親も納得すると思うよ。そこで、その策を思いついた、お前もスゲーけどな…。」
「恭介や、それは俺も納得だよ。だって、あの両親は、俺や宗崎、村上と一緒に泊まったときも、俺たちに、気持ちよく泊まって貰おうとして、色々ともてなすタイプだから、お前は相当に大変だった事が分かったからさ。」
その北里とのやり取りを聞いていた皆がホッとしている最中に、俺の携帯が鳴る。
「あれ、三上くん。印西だけど、さっきの詳しい話が決まったわよ。」
「印西さん、助かったよ。今はもしかして、仕事中か?」
「そうよ、だから手短に伝えるね。延岡様には連絡がついているから大丈夫だけど、あの高速のインターチェンジを降りて逆方向にある、道の駅で待ち合わせることになったわ。こっちはマイクロを出して、延岡様の車を運転する人をつける形で話が進んだの。」
「ありがとう。じゃぁ、詳細は後で電話をするから…。」
俺は印西さんの電話を終えると、陽葵が真っ先に問いかけてくる。
「恭介さん、さっきの電話は印西さんよね?。もしかして、延岡さんの件?」
「陽葵、印西さんだよ。もちろん延岡さんのことさ。インターチェンジを降りて、ウチとは逆方向にある近くの道の駅で、延岡さんの家族は旅館の人と待ち合わせて、そこから旅館が送り迎えするそうだ。これで面倒なことから解放されたよ。」
その後は終始、皆は和やかに食事をしたのであった。