「恭介さん、あの小さいクリスマスツリーを飾りましょ。」
俺は紙袋の中からA4サイズぐらいの小さいクリスマスツリーを出すと、受付室のカウンターの端にツリーを置いてコンセントに繋いだ。
小さいサイズのクリスマスツリーだから、電飾はもとから付いているし、飾り付けもできているから、片付ける際の面倒もない。
さっそく、玄関を通りかかった松尾さんの奥さんが、小さいクリスマスツリーに気がついて声をかけてくる。
「ふふっ、さすがは霧島さん。女の子がいるとこれが違うのよ。これだけで、クリスマス気分になるから不思議だわ。」
「このツリーは、私の家の押し入れにズッとしまっていて使っていないから、ここに持ってきました。うちの弟は大きくなってから、こんな小さいツリーなんて要らないって言うし、親は捨てちゃうなんて言うけど、勿体ないし…。」
陽葵がそんなことを松尾さんの奥さんに言うと、微笑みを浮かべている。
「そうね、終わったら、そこの受付室の棚にしまっておいて、来年になったら、また出しましょう。女子寮だと大きなクリスマスツリーを飾るけど、あちらは寮母さんがマメだし、女子寮生もいるからね。男子と感覚が違うのよ。」
そこに松尾さんも通りかかって、小さいクリスマスツリーを見て、ニコリとしている。
「そうか、やっぱり、女の子ならでは…だね。ウチは大いに賛成だよ。」
その後は、幾人かの寮生が通り過ぎる度に、クリスマスツリーに目を向けたり、気がついた寮生が俺と陽葵に声をかけたりしている。
受付室で俺と陽葵がお茶を飲みながらボーッとしていたら、陽葵が俺の顔を見て思い出したような顔をして口を開く。
「恭介さん、今日も本橋さんと宗崎さんが来るから、2人を待って荷造りをするつもりよね?。」
「そのつもりだよ。そろそろ、アイツらが来るはずだから、そうしたら受付室に残って2人と受付をしていてくれ。陽葵は俺の部屋に入れないからさ。」
「そうよね。わたしは部屋に入りたいけど、規則は厳格にしないと大変だものね。」
「陽葵、その通りだよ。俺たちは寮生の部屋に女性が入るのを厳格に断っているのに、俺たちは優遇なんて、許されないからさ。」
「三上は、それをキッチリやっているから、周りの寮生から文句が出ないのさ。」
突然、思いも寄らない声に俺が振り向くと、そこに小笠原先輩がいた。
「先輩、気配を消して受付室に入るのは止めて下さい。寝ぼすけの棚倉先輩を不意打ちで起こしていた日頃の成果を、ここで披露しなくても…。」
俺が複雑な顔をして小笠原先輩にクレームをつけると、陽葵がクスッと笑っている。
「すまない。もう癖になっているからさ。それにしても、俺が陽葵ちゃんと、しばらくの間、受付をやっているから、お前は部屋に戻って実家に帰る準備でもしてろよ。俺としてみれば、朝っぱらから美人さんと、面と向かってお話ができるのは得した気分だからな。」
陽葵はそれを聞いて少しだけ眉をひそめながら、小笠原先輩が陽葵を美人だと言ったのを否定した。
「小笠原さん、お世辞は止して下さいね。わたしよりもズッと綺麗な人が沢山いるし、わたしは思わぬ言葉で、皆さんを恥ずかしくしてしまうから…、その…。」
小笠原先輩が返答に困る中で、俺は先輩に対して助け船を出すことにしたが、これがまたマズかった。
「陽葵はやっぱり、その姿勢があるからこそ、女性たちから厳しい目差しを向けられなくて済んでいると思うよ。嫉妬深い女性とか、声の大きい女性は、俺たち男性にとっても苦手すぎるからさ。」
ここまでは良かった。
小笠原先輩を俺の顔をみてホッとした表情を浮かべているから、恥ずかしがって戸惑っている陽葵を、俺が何とかしてくれると思っているのだろう。
一方の陽葵は、恭介から思いっきり振られた格好になって、失恋をした松裡さんの顔が浮かんで、心の中で苦笑いをしていた。
恭介が鈍感でなければ、今頃、実行委員チームからキッパリと降りていたことは容易に予測できたし、教育学部の体育祭実行委員の外部委員なんて、安易に引き受けることはなかっただろう。
そんな考えが2人の頭の中をよぎったあとに、何も知らない俺は、再び小笠原先輩を当ててしまった。
「陽葵は容姿も可愛すぎるけど、そういう場合は、心の中が綺麗って褒められたと思ったら良いのさ。やっぱり陽葵は可愛すぎるから、みんなも綺麗とか可愛いと言ってしまうのは仕方ないよ。」
俺の言葉に小笠原先輩が、最悪の方向に事態が向かってしまって、とても慌てている。
「三上!!。もう、陽葵ちゃんの顔が真っ赤だぞ!!。しかも、下を向いて黙っているから、もうストップしろ!!。お前も容赦がないから、聞いているこっちが困るぞ!」
陽葵は顔を真っ赤にしながら、下を向いて恥ずかしそうに、俺に向けて、やっとの思いで言葉を出した。
「ううっ…。恭介さんは、そうやって、わたしに可愛いとか、綺麗なんて言うから、こっちは意識しちゃうのよ。しかも、心が綺麗なんて人前で言われたら、いよいよ恥ずかしくなってしまうわ…。もぉ~~、恭介さんのバカ♡」
その、陽葵が恥じらいながら口にした俺のクレームに戸惑ったのは、無論、小笠原先輩だ。
「みっ、三上ぃ~~~!。お前は無意識のうちに、陽葵ちゃんに惚気ないでくれ!!。朝っぱらから、こんな感じでは、真面目な棚倉なんか、生きた心地がしないのがマジに分かる!!。こんなに恥ずかしがる陽葵ちゃんを見たら、俺たちも悶えてしまうわ!!。」
朝から連発して、皆を当てるような事案が起こってしまったのには理由がある。
俺と陽葵は、朝っぱらから、激しく愛し合ってしまったので、その延長線として余韻が未だに残っているのだ。
それで、俺も陽葵もお互いが意識をするあまりに、周りを考えずに、無意識のうちに惚気てしまうので、無論、小笠原先輩と北里は、その被害者でもある。
それにようやく気付いた俺は、素直に謝ることにした。
「先輩、申し訳ないです。今日の昼飯は北里と一緒に奢るので、それで勘弁して下さい。あのスタミナラーメンがある店で良いですよね?。」
「おっ、それは構わないし、俺としては喜んでいるぐらいだ。…ん?、でも、陽葵ちゃんは、あそこのラーメンで良いのか?。ニンニクが利いているから、女の子が食べても大丈夫か?」
「ええ、小笠原さん、大丈夫ですよ。この前も一緒に、あそこのラーメン屋で食べたばかりですから♡」
まだ、さっきの余韻が残っているせいで、陽葵の語尾にハートマークがついているが、俺も小笠原先輩も、これ以上の被害拡大を防止するために、軽くスルーすることにした…。
◇
俺は受付を陽葵と小笠原先輩に任せて、部屋に戻って実家に戻る支度をはじめた。
基本的に中学や高校とは違って、長期の休みで課題やレポートなどが出ることは、ほとんどないからホッとしている。
『どうしようかなぁ、シーツとか毛布を洗いたいから、近くのコインランドリーに行くかな。』
俺は実家に帰る支度をする前に、毛布やシーツを抱えてコインランドリーに行くために、寮の玄関に行くと、受付室の目の前で、当然の如く、小笠原先輩や陽葵、そして良二や宗崎の目に留まってしまった。
「恭介さん。そんなのを持ってどこに行くの?。あの言葉で恥ずかしくなったからって、そのまま家出なんてしないでね!!」
小笠原先輩が、陽葵が困った顔をしているから、余計におかしくなって、お腹をかかえて笑っているから、先に陽葵にそれを説明したのは先輩だった。
「はははっ!!、ひっ、陽葵ちゃん。それはないよ!!。三上は近くのコインランドリーで、毛布やシーツを洗いに行くつもりだよ。ここから歩いて5分も掛からないから大丈夫。洗濯と乾燥を合わせると2時間ぐらいかかるかな。その間に、三上は帰る支度をするもりだと思うよ。」
「その前に、良二、宗崎も来てもらって助かるよ。それと、先輩。俺が説明する前に、陽葵に詳しい説明をしてもらって助かりました。」
良二が事態を察したらしく、苦笑いをしながら俺に何とも言えぬ視線を向けた。
「恭介や、俺たちは村上がシーツや毛布をコインランドリーで洗うのに幾度か付き合わされているけど、奥さんは初めてだろうから一緒に行ってこい。お前の後ろに何気に北里くんもいるから、受付室がとりあえず満室状態で息苦しくなりそうだし、ここは男所帯だから、奥さんに申し訳ないからさ。」
「分かった、陽葵もついてきな。待ち時間もあるし、すぐに寮に戻るから、そんなに時間がかからないけどさ…。」
俺がそう言うと、陽葵が受付室から出てきて、シーツだけを持った。
そして、後ろにいた北里に声をかける。
「北里、お前は昼飯でも買いに行くのか?。みんなで、お昼はスタミナラーメン屋に行くつもりだから待ってくれ。小笠原先輩と北里は、俺が飯を奢ろうと思うんだ。朝のお詫びもあるし、このまま寮の仕事を頼むコトのお礼もあるからさ。」
それを聞いた北里はガッツポーズをしている。
「やった!!。さすがは三上だから、よく分かってる。今日の昼飯代が浮くから助かったよ。ただ、大丈夫か?。お前は昨日も宴会があったし、名古屋にも行ったから金欠じゃないのか?」
「棚倉先輩の財布を届けに行くときに、松尾さんと西岡理事からお金を貰った分が、まだ、少し残っているから、こういう事に使いたくてさ…。」
俺が北里にそう言うと、陽葵はホッとした表情を浮かべている。
「じゃぁ、俺は受付室で、先輩やお前の仲間と名古屋のお土産を食べながら、時間を潰すよ…。」
北里は受付室へと入っていったが、俺と陽葵は靴を履いてコインランドリーに向かって歩き始めた。
玄関を出ると、さっそく陽葵は俺に話しかける。
「恭介さん…。今日はやっぱり意識しちゃって、お互いの会話が無意識のうちに想いを寄せてしまうのよね♡。クリスマスイブなのもあるけど、朝から激しかったから…、そのぉ~~~♡。」
「仕方ないよ。お互いに気持ちが爆発しちゃったからね…。今は良二もいるから、何かあればストップしてくれるだろう。」
「恭介さん、みんながいる間は、お互いに意識して会話をしよう。そうしないと、また、同じ事が繰り返されてしまうわ。今は白井さんがいないから余計に止まらないのよ…。」
「うん、そうしよう。マジに被害者が続出して、大変な事態になるからなぁ。」
俺と陽葵はそんな話をしながらコインランドリーに着くと、お金を入れて、毛布やシーツを大きな洗濯機に入れる。
「恭介さん、コインランドリーなんて初めて来たけど、凄いわね。大きい洗濯機や大きな乾燥機まであるから、ここに来たのね。今から普通に洗濯をしたら、毛布やシーツなんて干しても乾かないわよね?。」
「寮の洗濯機も小さいヤツだから、このサイズは無理だからさ。うちの寮生は、ここのコインランドリーに卒業まで、お世話になる人が多いのさ。さて、少し時間がかかるから寮に戻ろう。40分ぐらいしたら、また、ここにきて、今度は乾燥をするからね。」
俺と陽葵はまた、寮に戻って歩き始めたが、その途中で、今日はクリスマスイブだから、陽葵にコッソリとプレゼントをするのに、どこで渡したら良いのかを考えていた。
『そうだ、陽葵にクリスマスプレゼントを渡さなきゃ。いつ渡そうかな…。やっぱり家に帰った後が良いだろうなぁ。みんながいる時に渡してしまうと大変なことになる…。』
陽葵の家に戻って寝る前のタイミングが良いだろう。
そうしないと、渡した瞬間に嬉しさを爆発させた陽葵が、いてもたってもいられない状態になるのは、容易に予測できるからだ。
『颯太くんのプレゼントを名古屋で買っておいて良かったな。どのみち、陽葵には、颯太くんにバレないように渡すつもりだったし、プレゼントの交換をしない家だから、俺がやると陽葵の家の人に無理をさせてしまうし…』
「恭介さん、寝不足で疲れているの?。なんか一点を見つめているから、危ないわよ?」
「あっ、ゴメン。やっぱり棚倉先輩の家に行った疲れが残っているのかな?。」
「ふふっ、その後に宴会だったものね。私も少し疲れが残っている気がするの。」
「今日は陽葵の家で過ごすから、早めに寝ようか。どのみち明日も早く起きないとダメだしね。」
「そうよね。フフッ…早めに寝ても♡♡♡」
… … …。
俺は、無意識でかつ自然に、陽葵の頭を優しくなでていた。
この2人は、放置しておくと色々と危ないので、十分な警戒が必要なのだ。