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~エピソード9~ ⑭ 俺と陽葵ちゃんが初めて過ごすクリスマスイブ ~1~

 時は19年前に戻る。


 俺と陽葵の家族は、昨日の焼肉の宴会が終わって陽葵の家にった。

 そして、風呂に入った後に、俺と陽葵はドッと疲れてしまって、すぐに寝てしまっていたのだ。


「…さん、…さん、…恭介さん♡。お・き・て♡」


 朝から俺は陽葵に抱きつかれて頬にキスをされているから、俺にとって夢のような、幸せすぎる朝が訪れていた。


 だが、カーテンが閉め切られているせいか、まだ、辺りは暗いような気がする。


「ゴメン。疲れすぎてグッスリと寝ちゃったみたいだ。」


「恭介さんはベッドに入ってから、すぐに寝てしまったのよ。わたしも同じだったけどね。」


 確かに、陽葵から言われれば、その通りだから、本当にグッスリと寝てしまっていたらしい。

 今の俺は、起きたばかりだから寝ぼけたままだ。


「陽葵、もう7時を回ったか?。食事をして寮に行かないと。なんだか凄いな、これだけグッスリだったのは久しぶりというか…。」


 でも、陽葵は、なぜか顔を赤らめながらクスッと笑っている。


「恭介さん、時計をよく見て。まだ朝の6時よ♡」


 俺は、陽葵の語尾にハートマークがついていることや、この状況を見て察して、とっさに奇妙な敬語を発した。


「ひっ、陽葵様。ということは…、そういうコトですか?」


「恭介さん♡。昨夜は何もできなかったから…♡」


「あのぉ…。陽葵様。それは是非ともお願いしたいですが、朝からとても色っぽい陽葵様を拝めて、激しく抱きしめられるなんて、なんて私は幸せなのでしょう。」


 もう陽葵は顔を赤らめながら、俺にキツく抱きついて離れない。


「恭介さん♡。大好き♡」


 この後に起こった事は、皆様の想像に任せたいと思う。


 ◇


 俺と陽葵は食事を済ませた後に、車で寮に向かう。

 陽葵は家で飾らなくなって押し入れにしまい込んでいた、小さいクリスマスツリーを取り出すと、紙袋に入れて車に乗り込んだ。


 今年最後の受付の仕事や、俺の部屋から着るものや荷物を車に乗せて運ぶために、今日は少しだけ気合いが入っていたのだが…。


 陽葵は、今朝の余波が少しだけ残っていて、運転中の俺の顔を見て、微笑みを絶やしていない。


『まずい、陽葵が可愛すぎて運転に集中できないのはヤバイ。』


 俺はそれを防止すべく、陽葵に声をかける。


「大好きで、とても可愛すぎる陽葵様。」


「はい♡」


 陽葵は少し頬を赤らめながら、俺をジッと見つめているから、運転をしている身としては、とてもつらい。


「そこまで見つめられると、陽葵様が可愛すぎて、私は運転に集中できずに、交通事故を起こしてしまうほど深刻になりますから、続きは今夜にして下さい…。」


 陽葵は俺の頼みを聞いて、さらに顔を赤らめている。


「恭介さん♡。もぉ~、敬語なんて使わなくて良いのよ。そうよね、わたしに夢中で運転に集中できなくなったら、事故を起こして大変な事になるわ♡。大丈夫、ちょっと我慢するね♡」


 陽葵から向けられる熱愛的な視線から解放された俺は、運転に集中しつつ、頭の中に浮かんでしまった煩悩を払うために、気持ちを切り替える。


 俺は寮に行く前に、先にセルフのガソリンスタンドで給油をしてから行く事にした。


 荒巻さん曰く、棚倉先輩の駅までの送り迎えや寮の往復を考えて、ガソリン代を学生課の経費として出したいので、ガソリン代を請求してくれとの話だったので、面倒な用事を先に済ませておきたかった。


 給油を済ませて、陽葵はレシートを受け取ると、自分の財布にしまい込む。


 この辺は、シッカリとやってくれているから、俺も黙って任せられるから、やっぱり陽葵という生涯にわたる伴侶を持って良かったと、確信しっぱなしなのだ。


 その後は寮に向かって、車を駐車場に駐めて、受付室に向かおうとしていると、偶然に寮に向かおうとしていた松尾さんとバッタリ出くわした。


「三上くんと霧島さんも、おはよう。昨日は延岡理事がいたけど、まともな食事会で助かった。諸岡くんは、30分前に白井さんと家族と一緒に白井さんの家に向かったよ。わざわざ挨拶をしにきたのだよ。三上くんは、諸岡や白井さんがいつ来るか分からないから、私にお土産を渡しておいたけど、それが正解だったね。」


「松尾さん、おはようございます。そうですか、諸岡は白井さんと一緒に帰りましたか。身寄りの無いアイツにとっては、それが一番だと思いますよ。諸岡は義理堅い男ですから、白井さんを離すようなことは絶対にないでしょうし。」


「ここだから言えるけど、諸岡くんはそうだと思うよ。三上くんや霧島さんに及ばないかもしれないけど、2人の絆はやっぱり深そうだ。どちらかというと、君たちのことを完全に見習っているような感じだからね。」


「私は諸岡と白井さんを心配していますよ。私たちは特別な経緯が切っ掛けになって付き合っていますし、私の家庭事情や陽葵の事情も、諸岡たちとは全く背景が違いますから、私たちに重ねようとすると、どこかで無理がきます。2人はそれが心配です。」


「そうなんだよ。それは私や白井さんのご家族も、2人に念を押すぐらいに言ったのだよ…。」


 それを聞いて陽葵も心配そうな顔をしている。


「松尾さん、わたしもやっぱり恭介さんと同じ事を考えて、女性同士の話として、白井さんにも言ったこともありましたよ。私のほうからも、それは心配としてあるので、言い続けたいと思います。」


 陽葵が白井さんに注意喚起をすることを聞いた松尾さんは、少しだけ安堵をした表情を浮かべている。


「やっぱり、こういう部分は、霧島さんがいて助かっていると思っているよ。」


 そんな会話をした後に、俺と陽葵は受付室へと向かった。

 まだ朝なので、寮の食堂が開いている。


 そこに、文化祭でいもフライを揚げていた、北関東出身の調理師さんがきて俺と陽葵に声をかけた。


「よっ、寮長さんと、彼女さんさ、みんな寮に帰ってしまったから、ご飯が余っているから、食堂に来て食べてくれないか?。これじゃぁ、廃棄するのも勿体ないからさ。」


 俺と陽葵は、早朝からのお熱いラブラブを引きずっていて、食事が随分と抑え気味だったために、実は、俺も陽葵もお腹が空いていたのだ。


 実は、陽葵の両親たちは、早朝から少しぎこちない俺たちの様子を見て、『俺と陽葵の仲がとても良いことは喜ばしいわ』などと、陽葵のお母さんから遠回しで、とても嬉しそうに言われてしまったのだ…。


 さらには、陽葵のお父さんから、『将来的に孫ができるのを期待している』なんて、言われてしまった日には、もう俺と陽葵は、恥ずかしさのあまりに下を向くしかなかったのである…。


 その話はさておいて…。


 俺と陽葵はその、調理師さんの誘いに即決だった。

「はい、食べます!!」


 その調理師さんの誘いに、俺と陽葵の声が同時に揃ったぐらいだから、考えていることは一緒だったのである…。


 食堂に入って、俺と陽葵が仲良く並んで飯を食べていると、小笠原先輩や北里が朝食のトレイを持ってやってきて、真正面の席に着いた。


「三上、おはよう。なんだ、陽葵ちゃんと一緒に朝飯か?。」


「先輩、それに、北里もおはようです。調理師さんに、人がいなくて飯が余りそうだから、陽葵も含めて食べてくれと言われまして。」


「ああ、そういうコトか。受付の時間に寝坊して、飯が食えないから、松尾さんが食べさせてあげたと思ったんだよ。まぁ、三上は寮生だから当然だけど…。そうか、陽葵ちゃんも今は寮生と同じようなモンだからな。」


 小笠原先輩の言葉が切れたところで、北里が挨拶をする。


「三上も彼女さんも、おはよう。夕方からお前は家に帰ってしまうから、正月明けまでは俺と小笠原先輩だけで回すしかないよな?。あとは三上の同期の友人が頼りか。みんなもそうだけど、マジに三上がいるだけで、こっちは安心できるけど、お前がいなくなると不安だよ。」


「北里、マジにすまない。親が工場をやっているから、早々に親から手伝いに来いと呼ばれていることもあって、最後まで居られないからさ。」


「三上、そこは仕方ないよ。それで、彼女さんも一緒に行くのか?。昨日はそんなことを、彼女さんの親御さんが話していたからさ。」


 陽葵が俺よりも先に話した。


「北里さん、そうなのよ。私も恭介さんのお母さんの事務の手伝いをしたり、大掃除をするのよ。少しだけバイト代も出るみたい。」


 それを聞いて、2人は羨ましそうな顔をしていたが、小笠原先輩が俺と陽葵ジッと見て、お味噌汁を少しだけ口にした後に、ニッコリとしながら俺と陽葵にうらやましさをぶつけた。


「なんて言うか、お前たちはマジに婚約者って感じだよ。昨日もそうだったけど、陽葵ちゃんの弟に相当に懐かれていて、俺たちでは返しにくい純粋なツッコミなんかも、三上は上手く利用しながら馴染んでいるからな。しっかし、お前は棚倉が目を付けた時から大物だと思っていたよ…。」


 なんだか陽葵は、おかずの鮭を食べながら、小笠原先輩の話にジッと耳を傾け始めたのが見えて、先輩が少しニヤリとしたのが分かった。


「ひっ、陽葵ちゃん。あまりジッと見られると、俺が緊張しちゃうよ。こんだけ可愛い人に見つめられると、俺は心臓が泊まってしまうわ。」


 その先輩の言葉に、俺や陽葵、北里も少し声を出して笑った。


「いやね、お前がバイトに入ってきた頃にさ、棚倉が、風情はパッとしないけど、切れ者のバイトの1年がいるから、アイツは新島の後釜なんて言い出して、俺は腰をぬかしていたんだよ。実際に、一緒にバイトの仕事をして分かったけど、お前は要領も良いし、仲間や先輩たちとモメ事を起こさずに上手く人を使う力に長けているらかさ。」


 小笠原先輩の裏話に、すかさず北里が言葉を返す。


「三上は、指示を与える先輩たちがいなくなると、戸惑っている俺たちを指揮してバイトの仕事を早く終わらせるから凄いよ。俺も、大宮、竹田と一緒に頑張ったし、たまに松尾さんの奥さんが作る飯にありつけるから、お前には感謝しきりなんだ。」


 陽葵は北里の話を聞いて、目をハートマークにして聞き始めているから、俺は飯が進まない。

 それに気付いた小笠原先輩や北里も少し焦り始めた。


 そして、陽葵ちゃんに的確なツッコミを入れて、現実社会に戻したのは小笠原先輩だった。


「ひっ、陽葵ちゃん!!。そんなに目をハートマークにして、三上に惚れてしまったら、俺たちの飯が進まないから、まずは勘弁してくれ。陽葵ちゃんの可愛さは、マジに世の中の男性がぶっ倒れるぐらいだから、ここで、そんな表情をされたら、俺たちがマジに困る!!」


「あっ、みなさん、ゴメンななさい…。つい、その…恭介さんの話だと、どうしても聞き惚れてしまって。」


 陽葵は顔を紅くしながら、うつむき加減でご飯を食べ始める。


「うーん、みんなマジで済まない。こんな感じで、俺も陽葵も、無意識のうちに惚気てしまうから、棚倉先輩も言葉を失ってしまうからさ。」


 小笠原先輩が激しくうなずいている。


「そうなんだよ、棚倉が俺に話していたけど、あれは一種の凶器だと言っていたぞ。酒を飲むと話が止まらないぐらい話し好きの棚倉が、恥ずかしがって、黙り込むのは非常事態だからな。」


「先輩、そうなんです。私が絶対に悪いのですよ。たとえば、俺がこの陽葵の姿をみて、陽葵が恥じらっている姿が、とても可愛くて顔をツンツンしたいとか、無意識のうちに言葉が出てしまうから、棚倉先輩が黙りだしてしまうわけです。」


 俺が無意識のうちに陽葵とのラブラブを漏らした途端に、北里は飲んでいた水を吹き出しそうになり、小笠原先輩はサラダを食べようとしていた箸をポトンと落とす。


 そして陽葵は、恥ずかしさのあまりに、顔を赤らめながら、箸で味噌汁をひたすらかき回している。


「みっ、み、三上!。お前は陽葵ちゃんに惚れすぎているのは分かるけど、それはマジに核兵器に匹敵するぐらい恐ろしいぞ!!。無意識にノロケを吐くのがマジに怖い!!。これは棚倉が黙るわけだ。」


 この年の最後になった寮生活の朝は、こうして幕を開けたのだった。

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