陽葵が皆に名古屋で過ごしたことを話したところで、松尾さんの口が開く。
「三上くんと霧島さんは、棚倉くんの知り合いのホテルウーマンに相当にお世話になったのだね。棚倉くんは財布とバッグを忘れるほどに疲れていただろうから、朝早くからは無理だっただろうしね。」
お寝坊体質である棚倉先輩の不満を口にしたのは、やっぱり小笠原先輩だ。
「いや、松尾さん。棚倉は、もともと朝が弱くて、休日になると食事を忘れるほどに寝てしまうこともあるので、アイツをたたき起こすのに苦労しっぱなしです。大学がある日なんかは、棚倉から起こすのを頼まれる事もあるのですよ。いやぁ、アイツはなかなか起きないから。」
俺は少し溜息をついて、小笠原先輩の愚痴に補足を入れる。
「棚倉先輩は、よっぽどの緊急事態じゃない限りは、朝食で食堂に入るのも遅めですしね。その影には小笠原先輩や新島先輩が苦心をしていたようですから。」
そんな小笠原先輩への補足に、延岡さんが俺に少しツッコんできた。
「それに比べて、三上さんは、ちょっと特殊よ。だって、実家に帰ると早朝から犬の散歩をして、あれだけのキツい山道を吃驚するような速さで歩くのに、ケロッとしているのよね?。」
その話に宗崎が大きくうなずいている。
「延岡さん、その通りですよ。ここにいる本橋と一緒に、三上の家に泊まりに行ったときに、やっぱり犬の散歩に付き合ったけど、コイツは隠れ体育会系ですよ。交通の便が良すぎる所に住んでいる俺たちは、三上の足腰に敵いません。」
その会話に颯太くんが、なぜか加わった。
「恭介お兄ちゃんは、りんごちゃんを連れて歩いても、お姉ちゃんたちが疲れているのに、お兄ちゃんは僕たちを心配しながら歩いていたよ。滑り台みたいな凄い坂道を下ったり、あの道はすごかったもん。」
それを聞いた画家木さん以外の全員が、颯太くんの話に聞き入ってうなずいている。
「恭介や、あれはマジに、運動不足の俺がから見れば、明らかに地獄だぞ?。そういえば、冬はあの道は無理だろ?。路面が凍って雪が降ったら、お前の足でもマトモに歩けないよな?」
「その通りなんだよ。だからあれは秋までの限定ルートなんだ。春になるまでは、田んぼがある平地を7~8kmぐらい歩く。下手をすると10kmなんて時もある。」
それを聞いた高木さん以外の人が驚きを隠せない様子だったが、陽葵がやっとの思いで重い口を開く。
「恭介さん、それを冬休みは毎日よね。わたしは頑張るわ。絶対に痩せるわよ…。」
俺はあえて、脚力が鍛えられるから、足が太くなる可能性があることや、逆にご飯が進んでしまって、下手をすれば体重増加の可能性もあることを、あえて口にすることを躊躇った。
そして、黙って聞いていた高木さんが、微笑みを浮かべながら、このことについて自分の見解を述べ始める。
「三上くんの体幹の良さは、基本的に足腰が強いことにあるのよ。だからバレーボールをやってもジャンプ力があったり、素早く動けたりするの。霧島さんは最初は無理をしないほうが良いわ。とくに急な坂なんかは不慣れな人が根を詰めてやろうとすると、すぐに足を痛めてしまうわ。」
流石は高木さんだから、言うことが他の人とは全く違うから驚かされるが、張本人の陽葵がそれをジッと聞いていて、高木さんに向かってうなずくと、高木さんに質問をした。
「高木さん、それを続ければ、足腰は強くなるのですか?。冬は平地のほうが安全だけど、毎日のように7~8km以上歩くのは凄いわ…。」
「霧島さん、確かにダイエットには良いかも知れないけど、足腰を強くするのは、人間にとっては大切よ。でもね、歩き続けると、太ももが少し太くなるから、女性としては避けてしまう人もいるのよね…」
高木さんから、太ももが太くなるなんて聞かされて、陽葵は少しだけ不安げな顔を浮かべている。
しかし、疲れている俺は、思わず本音を皆に漏らしてしまった。
「陽葵さぁ、俺は、陽葵がどんな姿になっても、そんなのを気にしないよ。少しぐらい太ももが太くなろうとも、全然、気にしない。そのへんは自然体で良いのじゃないかな?」
その言葉に、荒巻さんや、高木さん、松尾さん夫婦や延岡理事から、なぜか拍手があがって、延岡理事がニヤリとしながら口を開く。
「やっぱり三上くんだね。そういうシッカリとした言葉があるから、霧島さんが君を離さない理由だし、ご家族ぐるみで認められているのは、その感覚が君の人柄だからだよ」
陽葵はなんだか、それを聞いて顔を真っ赤になってしまった。
「もぉ、恭介さんったらぁ〜。こんなところで、わたしについて真面目な話をされると、ちょっと恥ずかしいわよ…。」
こんどは周りからドッと笑いが起こって、各々が雑談に戻ったような感じだ。
今回の食事会は、平穏な感じで時間が過ぎていったのである。
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時は現代に戻る。
俺は木下や愛理ちゃんが帰った後に、このメールを作って新島先輩に送ると、すぐさま返事が返ってくる。
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酷い、酷い、本当に酷い、酷すぎる!!。
三上や陽葵ちゃんは棚倉先輩に口封じをされていたと思うけど、俺は、この件に関しては、先輩を絶対に許さない。
俺がいたら、こんな事態は絶対に阻止していた。
しかも、先輩親子と加奈子さんの親子揃っての暴走は酷すぎる!!
千鶴がいなかったら、完全に終わっていたじゃん。
もう、先輩や加奈子さんの親子はいつもそうだよ。
先輩や加奈子さん、それに美里や千鶴も加わることもあって、俺の家に避難するのがお約束になっていたからな。
三上や陽葵ちゃんがいるのに、あの親子は、そのままじゃねぇか!!。
お前が3年になって、陽葵ちゃんと名古屋に遊びにきたときに、色々な都合があって、最初は千鶴が勤めていたホテルに泊まったけど、お前たちと千鶴が親しげだったのは、この時点でお目通りしてたからか?。
ちくしょう、マジに俺があの時、体の調子が良かったら、俺の家にお前たちを呼んで、俺と美里と一緒に名古屋観光をじっくりとした。
お前たちが千鶴に感謝したのはよく分かるよ。
アイツは仕事とは言え、マジに自分でやれるだけのベストは尽くしたし、普段はあまり怒ることのない千鶴がメッチャ怒ったのは分かるぞ…。
それと延岡理事と延岡の強引な手法だよな?
お前たちが帰った直後に宴会はチョイと酷いよ。
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隣に座っていた陽葵がこの新島先輩のDMを読んで苦笑いをしていた。
「あなた、あの時はホントに酷かったわよね。棚倉さんたちも、自分の家に泊めると言っておいて、親同士はお喋りが止まらないし、棚倉さんと加奈子さんは寝坊をしちゃうから、結局はホテルに泊まって正解だったのよね。」
「うん、あの時は千鶴さんがいて良かったよ。彼女がいなかったら、どこか適当に見て、もっと薄っぺらい観光でトンボ帰りだっただろうね。」
「あっ、それにしても、千鶴さんってどうなったのかしら?。だって、あの時は、新島さん夫婦の馴れ初めなんて、よく分からなかったのよ。これを読んで、今になって凄く理解できたの。わたし、新島さんの奥さんは、結婚式も含めると3回ぐらいしか会ってないし。」
「俺が卒業する間際に新島先輩が話していたけど、千鶴さんは何処かの会社員と結婚して子供ができた時点でホテルをやめて専業主婦になったって話だよ。そこから先は、結婚して音沙汰が途絶えてしまったみたいだね。」
陽葵はそれを聞いて少し複雑な表情を見せる。
「わたしは、あなたのお陰で、大学時代に知り合った人と会える凄い環境にあるけど、ほとんどの人は結婚すると、どこかに引っ越して名前も変わってしまうから、分からなくなってしまうのよね。」
「うーん、そうだよね。俺たちが、この年になっても繋がっているのは、やっぱり幸せなのかも。だって、良二や三鷹先輩、大宮や木下だって、今になって縁があって繋がったしなぁ…。考えてみれば凄いよ。」
「そうよね。もうなんだか、大学時代に身近にいた人と、完全にくっついちゃったのよね。今になって、冷静に考えると、私たちがあの時期に、婚約していたから、みんな焦っちゃったのよね。」
「陽葵、それはあると思うよ。それで、仲間内は俺たちに追いつけ、追い越せ…みたいな感じで、自分にとって、とても良い恋人を見つけたら、地に足を着けて真剣交際をしてしまえ…と。」
俺はそれを思うと少し溜息が出てきた。
「白井さんと諸岡さんなんて、それが色濃いわよ。だって、白井さんも諸岡さんも、あなたのことを敬っていたから、それがモデルケースになってしまったのよ。」
「はぁ…。それが良いのか悪いのか分からないよ。俺たちは周りに幸せを運んだ分だけ、運を使い果たしたから、仕事がなくて、苦労するような人生になってしまったのか。なんだか、コレで良かったのか分からない。」
陽葵は静かに首を横にふった。
「あなたは凄く頑張っているのよ。今は辛いかもしれないけど、ここは踏ん張りどころなの。あなたが限界まで、周りに幸せを分け与えたぶん、それは、いつかきっと、私たちに何倍にもなって返ってくるわ。そこまで頑張って耐えるのよ。大丈夫、私がついているわ。それは若い時から変わらないのよ。」
「陽葵…、ほんとうにゴメン。陽葵を楽をさせてあげたくて必死にやっているけど、今の状況はかなりの不可抗力だよ。でも、俺は陽葵に助けられている。陽葵がいなかったら、俺はとっくに死んでいたかも知れないってぐらい、助けられている。ありがとう。」
陽葵はそれを聞いてなんだか嬉しそうな顔をしている。
「いいのよ、わたしは、あなたと付き合った時から、何があってもズッとあなたの傍にいると、絶対に決めているのよ。辛いことだって、厳しいことだって、あなたと一緒に乗り越えるのよ。大丈夫、最後は笑えるようになるわ。」
俺は辛いことがあると、陽葵に助けられっぱなしだ。
だから陽葵には感謝しているし、今は無理でも将来的に陽葵を笑顔にして楽にさせてあげたい。
これだけ愛してくれる人なら、その気持ちは当然なのだ。
「陽葵、絶対に、ここから時間は掛かるかもしれないけど、着実に復活を遂げてみるよ。そして、最後には今よりもゆっくりと2人で過ごそう。」
陽葵は俺を後ろからギュッと抱きしめている。
「あなた…。大丈夫よ。絶対にわたしが支えるから、ここは我慢して踏ん張るのよ。あなたはズッとこうやって頑張って耐えて生きてきたわ。大丈夫、私がついているわ。」
しばらく陽葵は俺を後ろから抱いたまま動かなかった。