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~エピソード9~ ⑬ 名古屋から帰ってもドタバタは続く。 ~1~

 俺と陽葵は新幹線に乗って席に着くと、真っ先に陽葵に愚痴をこぼした。


「陽葵さぁ…」


「恭介さん、言いたいことは何となく分かるわ。だって、今回の件は千鶴さんがいなかったら、完全に無茶苦茶になっていたわよね?」


「理解が早くて助かるよ。それに、今から気が重いよ。陽葵が家に帰って俺が寮に戻っても、今度は延岡理事と延岡さんという強敵がいる。しかも、食べっぱなしだから、さすがの俺も食い過ぎが怖い。」


 陽葵はそれを聞いて俺の顔を見ると、ハッと我に返ったようだ。


「きょっ、恭介さん、そうよ、昨日から誘惑が多いのよ。あの、ひつまぶしだって、ウナギが美味しすぎて、ほとんど食べてしまったわ。あんなウナギ、食べた事なんてないぐらい美味しかったの。」


「そうだね。あれは極上品すぎるから、美味しくて食べてしまうよね。それに今夜は、たぶん、延岡理事と宗崎や良二、それに小笠原先輩や北里たちと一緒に、あの極秘コンパがあった焼肉屋で夕飯になるぞ…。」


 それを聞いた陽葵は少しだけ震えている。


「それは怖すぎるわ。あそこのお肉は美味しくて、つい、食べてしまうの。もう、恭介さんの家に行ったら、りんごちゃんの散歩を毎日、真面目に付き合うわ。そうすれば体重が徐々に減るから大丈夫よね。」


 陽葵はしばらくの間、色々なことで振り回される覚悟を決めたようだ。


「そうだ、少し仮眠を取っても大丈夫だからね。終点は東京だから、嫌顔でも乗り過ごさずに着くからさ。」


「そうよね。少し仮眠をしよう。もうなんだか、色々と振り回されて疲れてしまったわ。できれば早く帰りたかったのに。」


「そのあたりは、千鶴さんがいて助かったんだよ。何度もあの話の中で出てきていると思うけど、新島先輩がいれば、もっとマシだったけどね…。」


「恭介さん、新島さんって、そんなに凄い人なのね。棚倉さんを説得して、みんなの暴走を止められる人なのよね?」


「うん、その通りだけどね…。寮の仕事を、普段はあまりやらないし、かなりのサボり魔なんだけど、周りの状況をよく見て、俺みたいな下っ端を庇ってくれるような、面倒見の良い人なんだ。」


「それでも、棚倉さんたちが、仲間だと思ってくれるのって凄いわよね?」


「そういう事なんだよ。あの先輩は、真面目にやれば頼りになるのだけどね。だけど、結核になってから改心したと思うよ。来年、陽葵と会う頃には、接しやすい人になっていると思う。」


 そんな話をしていたら、急に携帯電話が鳴ったので、急いでデッキに向かうと、陽葵も一緒についてくる。


 電話に出ると、荒巻さんだった。

「三上くん、その音だと新幹線に乗ったのだね?」

「すみません、連絡が遅れました。先ほど乗ったばかりです。」

「いや、そこは別にかまわないけど、例の焼肉屋で延岡理事や延岡さんを交えて、三上君の学部の友人や小笠原君くんたちも呼んで食事をしようということになってね、そこに霧島さんの家族も加わることになったのだよ。もう、霧島さんのご家族には連絡済だよ。」

「分かりました…。ということは、私が陽葵の家に向かった後に、直接、あの店に車で向かえば良いのですか?」

「そういうことだよ。そして今日は霧島さんの家で泊まって、三上君は明日の午前中に寮に戻って実家に帰る支度をして欲しい。大丈夫だ。実質、三上君が帰るのは25日だと聞いているからさ。」

「すみません、嘘を言ってしまって。どうしても陽葵の家族が私とクリスマスを過ごしたいと言っていたので。」

「ははっ、君の場合は家族ぐるみの付き合いがあるから仕方ない。その説明のほうが早いよ。どのみち24日の夕方から、寮から居なくなる言ってたのは間違いないからさ。」


 俺は電話を切ると、陽葵が横で不安そうな顔をしている。


「陽葵さぁ、陽葵の家に行った後に、直接、陽葵の家族を連れて、あの焼肉屋に行く事になった。今日、俺は陽葵の家でお泊まりになるらしい…。」


 それを聞いた陽葵は、うれしさのあまり、俺に少しだけ抱きついてしまったが、デッキに誰もいなかったらホッとした。


「恭介さん、今日も一緒に寝られるのが嬉しいの♡。それに、あの会話で大体の内容が分かったわ。25日に恭介さんの実家に帰る話も、親が言ってしまったのでバレてしまったのね。とりあえず、わたしもここで、家に電話をかけてしまうわ。」


 陽葵は家との電話が終わると、少しだけ溜息をついた。


「はぁ。うちの両親は延岡さんとの食事ならぜひ参加するなんて言い始めて、一緒に食べる気満々よ。颯太は焼肉が食べられると喜んでしまっているもの。」


「参ったなぁ。俺はこの始末が大変なんだよ。ねんまつになって延岡さん達が襲撃してくるから、俺達の家族の予定をひたすら問い詰められそうだし。」


 陽葵が俺の愚痴に、みるみる顔を曇らせる。

 俺はとりあえず会話を止めてデッキから座席に戻ると、陽葵は先ほどの会話を続ける。


「そうそう、さっきの続きだけど、恭介さんの気持ちは痛いほど気持ちがわかるわ。だって寮に行っても家に帰っても誰かに振り回されるから、もう嫌よね…。」


「その通りなんだよ。もう、平和に穏やかに暮らしたい。大好きな陽葵と一緒に、誰にも振り回されない穏やかな日々を送って、可愛すぎる陽葵をずっと見ていたい。」


「もう、恭介さんったら♡」


 しかし、俺と陽葵は会話を続けようとしたが、色々な疲れからか、眠くなってしまって、東京駅の手前までズッと寝てしまったのだ。


 ◇


 さて、俺と陽葵が陽葵の家に戻った後…。


「恭介お兄ちゃん、お姉ちゃんもカッコいい歯ブラシのクリスマスプレゼントをありがとう!。」


 とりあえず、焼肉屋に行く前に陽葵の家で、お土産の整理をして、陽葵は明日から俺の実家に行く準備をするのに、大きなバッグに着替えや、色々な荷物をうんざりするほど入れているのが見えた。


『ちくしょう、延岡理事のせいで洗濯物が溜まった状況で、うちの家に帰ることになるか。まいったなぁ、今日は夜に洗濯をして部屋干しで今夜を過ごせば、家に帰る前までに間に合うかと思ったのに…』


 この辺は、寮生ならではの悩みだ。

 もう、この時点で、少なくても俺は延岡さんや延岡理事達に振り回されているのである。


 俺は、陽葵の家族に、味噌煮込みうどんのセットや菓子類のお土産などを渡すと、陽葵のお父さんが少し慌てた。


「恭介くん、そんなに沢山、貰っちゃって、良いのかい?」


「色々な方々から、たまには2人で食事でも行ってこいとお金を渡されてしまって。寮の皆へのお土産のほうが大変でして…。」


 陽葵のお父さんは声をあげて笑っている。


「ハハッ!。恭介くんは寮長をやっているから、皆から可愛がられてしまうのだよ。それで、その恩を忘れないでキチンとお土産を渡すから余計だね。」


 俺と陽葵の父親とダイニングテーブルでお茶を飲みながら話をしていると、陽葵のお母さんから声をかけられた。


「恭介さん、洗濯物を出してね。もう家族と一緒だから遠慮しちゃダメよ!。こういうところは陽葵よりもシッカリし過ぎていて、とても油断ならないから素直に出すのよ。」


 俺はその、強い口調を聞いて、即座に観念をして、洗濯物を陽葵の母親に渡す。

 延岡さんたちに振り回されているから、背に腹はかえられぬから余計だ。


「素直に洗濯物を出してくれて良かったわ。これで遠慮したら怒るところだったの。もう時間がないから、急いで洗濯機を回したら焼肉屋へ行くわよ。」


 そんな感じで母親から微笑みを浮かべながら言われたから、素直に洗濯物を出して良かったとホッとした自分がいた。


 陽葵の準備が一通り終わると、俺は皆のお土産を持って車に乗り込んだ。

 もう外は寒くなっているから、少しエンジンをかけておかないと、車の中は震えるほど寒い。


 しばらくすると、陽葵の家族たちが車に乗り込んでくる。


「なんだか慌てさせてしまってごめんなさい。少し寒くなってきたので、早めにエンジンをかけないと、みんなに寒い思いをさせるし、朝は特に霜を取らないとダメですからね…」


 俺がそんな言い訳をすると陽葵がすかさず俺を庇う。


「大丈夫よ。わたしは、毎日のように車に乗っているから、恭介さんの行動は、あるていど把握しているの。恭介さんがエンジンをかけに車に乗り込んだのを見て、お父さんとお母さんが慌てたのを、冬だからエンジンを暖めているだけだからと、説明して落ち着かせたのよ。」


「陽葵、すまない。助かったよ、俺も説明不足だったから…。」


「恭介さん大丈夫ですよ。知らないで慌てたのはウチのほうだからね。確かに、今日は、夜になって窓ガラスに霜がつくぐらい寒いから、気を遣ってくれてありがとう。」


 俺はとりあえず、工学部のキャンパス近くにある焼肉屋を目指す。


『とりあえず、給油は明日の朝、寮に向かったときにやろう。どのみち寮に戻った後に、午後から最後に陽葵の家に寄ってから出発だろうから…』


 運転中に俺の携帯が鳴ったが、陽葵が慌てて電話に出た。


「恭介さんのお母さん、大丈夫ですよ。今は棚倉さんに無事に財布を届けて、今は私の家に寄った後に、寮の忘年会に出ようとしているところです。」


 陽葵がそんな会話をしているから、恐らく俺のお袋からの電話だったのだろう。

 たぶん、松尾さんか荒巻さんあたりが、念のために棚倉先輩の家まで行ったことを伝えたのだろうと思う。


「ええ、分かりました。では、25日は早朝から出て欲しいのですね?。恭介さんに後で電話をさせなくて大丈夫ですか?。」


 なんだか、陽葵が全部、要件を聞いてくれているが、うちのお袋のことだから、俺と話すよりも、陽葵に要件を話してしまったほが、安心できるとか言いそうだ。


 電話を終えると、俺は陽葵が俺に何かを言う前に、問いただす。


「陽葵、うちのお袋からか?。棚倉先輩が財布を忘れて俺たちが届けたことを知っていたんだね。それで、親父の仕事の納期が年末で追い込まれているから、俺に仕事を家に帰った直後から手伝って欲しいなんて事だろ?」


「恭介さん、凄いわ。わたしの会話だけで全部分かっているのが凄いわ。それにね、わたしも年賀状を作るのを手伝って欲しいと言っていたわ。もうね、恭介さんと一緒にお仕事ができるのが楽しみなの♡」


「うーん、たぶん、そのぶんで行くと、うちの大掃除も付き合わされるよ。俺と親父は28日の納品日まで必死に仕事をする羽目になりそう。それで、25日は朝早くから出てこいと。」


 その会話に陽葵のお父さんが、すかさず入ってくる。


「陽葵、絶対に手伝うんだよ。これはまたとない機会だから、色々と勉強してきなさい。」

「お母さんもそれに賛成だわ。恭介さんが忙しいのを助けてあげるのよ。」


 さらに、追い打ちのように颯太くんが俺たちを応援するために、純粋な言葉を俺たちにおくった。

「恭介お兄ちゃんも、お姉ちゃんも、結婚をする練習をするために頑張って仕事をやってね。頑張ればはやく結婚できるかも!!」


 もう、あたりは真っ暗だが、街灯に照らされた陽葵の顔が真っ赤になっているのが明らかに分かった。


「こら颯太!!。まだ、卒業もしていないのに、結婚は早いわよ!!」


 俺は黙って運転に集中することにした。

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