新幹線の指定席を取ったりしていたから、時間が既に9時を回っている。
俺と陽葵は、駅からバスに乗って20~30分程度で名古屋城についた。
城を巡るコースは色々とあるが、今回は動物園もあるから、ザッと見るだけに専念をする。
歴史的価値が高い
「恭介さん、やっぱり熱海のお城とは全く違うわ。展示物も本格的だし、ちゃんとしてるわ。」
「基本は再建したのだけど、キチンと当時の図面を見ながら、できるだけ正確に再現しているから、忠実度は高いと思うよ。」
一通り城の中を見終わった後に、お土産コーナーの手前で棚倉先輩に電話をかけたのだが、横で陽葵が少しクスッと笑っているのを見て、俺はあえて平静を装う。
やっぱり棚倉先輩は電話に出られないので、今度は留守電にメッセージを残さずに電話を切った。
「ふふっ、できる限り頑張って電話をかけたけど駄目でした…なんてアピールよね。」
「まぁ、その通りさ。せめて、動物園を見て帰るぐらいのタイミングで電話があるとベストなのだが、そうは問屋が卸さないだろうね。」
「まったく、もう9時40分を過ぎているのよ。このままでは、起きるのはお昼すぎよね?」
「おそらく、親御さんたちも、深夜まで話しているだろうから、起きるのは同じぐらいだと見ているよ。たぶん、駄目だと思うよ。」
「もぉ、この時間で起きないのは少し問題があるわ。そうそう、そろそろ、お土産を見ようかしら?」
俺と陽葵はお土産を見ていると、やっぱりお城らしく、子供向けにオモチャの刀とか、それらしい湯飲みなんかも見えたが、少し面白いモノを見つけた。
「陽葵、この歯ブラシって、颯太君に受けそうだよね?」
陽葵はそれを見てニッコリとしている。
「なんだか刀をモチーフにしたような歯ブラシよね。これは良いわ、颯太なら、ちょっと喜んで使いそうよ?」
陽葵はそれを躊躇わずに買ってレジへ行く。
新幹線で帰るので、あまり荷物を増やすと帰りに俺が大変な事になるので、できる限りコンパクトなお土産を心がけたかった。
それは陽葵も承知の上でもあったから、ここに2人が来た記念に、金のしゃちほこのキーホルダーをお揃いで買うのもお約束だ。
その後に、みたらし団子などを買って堪能した後に、地下鉄を乗り継いで動物園に向かうことにした。
陽葵がメモを見ながら地下鉄の駅に向かうと、俺にぼそりと本音を吐く。
「加奈子さんの友人のホテルウーマンがいなかったら、ちょっと迷っていたわ。加奈子さんや棚倉さんが寝坊でも、私たちにとっては、これだけ詳しくプランを書いてくれたのが、とても良かったわ。後であの人に会ったら感謝しなきゃね…。」
「後で棚倉先輩や加奈子さんにお礼を言おう。たぶん、電話で嫌顔でも話すことになるからさ。」
「ふふっ、そうよね。たぶん、あの2人やご両親も含めて、もの凄く慌てると思うわ。」
「もう、時間をかけていられないしね。先輩達が起きるのを待っていたら、マジに時間が勿体なくて。」
「わたしもそう思うわ。だって、名古屋城も楽しかったし、この後の動物園もワクワクが止まらないの。半日ぐらいだけど、もの凄く有意義に時間が過ごせそうよ?」
そんなことを話ながら、俺と陽葵は地下鉄に乗り込むと、行き先を間違えないように丹念にメモを見ていく。
「恭介さん、こっちのホームだわ。一度乗り換えがあるから、降りる駅に要注意ね。」
俺は陽葵が手に持っているメモを見ると、少しだけ緊張感を持った。
「俺は元々田舎人だからアレだけど、2駅ですぐに乗り換えだから、ちょっと緊張するな。見知らぬ土地だからね。でも、旅の醍醐味って、これもあるよね。」
「わたしも分かるわ。こうやって見知らぬ土地を移動している時ってワクワクするのよね。」
そんなことを話していると、もう、乗り換える駅だ。
「ここからは、少し電車に乗るのかな?」
「そうよ、名古屋は東京と同じ感じで、地下鉄が凄いわ。もう、何がなんだか分からないよね。」
「そうだねぇ。もう迷子になったら、それこそ、棚倉先輩あたりにSOSを送らないと駄目だけどなぁ…」
俺のぼやきに陽葵はクスッと笑っている。
「…とうの本人たちは、まだグッスリよね?」
「だから困るんだよ。まぁ、このほうが気楽だし、人に案内されるよりは、旅に出ている雰囲気があって、味があるけどね。」
そんな会話をしながら、動物園がある駅に着くと、陽葵はスキップ気味に歩き始める。
『こりゃぁ、陽葵は本当にご機嫌だなぁ。動物園で水族館みたいにジックリ見るモードに入ると怖いけど、ここは仕方ねぇから、現実に戻しながら見るしかないな。』
動物園を見るには、まだ1時間半~2時間程度はある。
陽葵の感覚から言えば、もう、ザッと見るような感覚だから、最初に俺は念を押すことにした。
「とても可愛い陽葵さん。」
「はい♡」
「動物園もザッと見ないと駄目だから、水族館のようにはいかないから要注意ね。このあと、さっきの乗り継いだ駅で降りて、味噌カツを食べて名古屋に帰るみたいなルートだから、意外と時間がなかったりする。」
陽葵はコクリとうなずいた。
「そうよね。新幹線の時間があるから、考えないと大騒ぎになるわ。」
俺と陽葵は動物園で入場券を買うと、陽葵がじっと観察するのを少しずつ引き留めながら、タイムキーパーの如く、時間調整をしながら、マップを見ながら陽葵を誘導していく。
植物園などもあるが、陽葵の時間を考えると動物を見るので精一杯な状況だ。
陽葵はいちど動物を見始めると、キリンやゾウの一挙一動作をじっくりと見て、観察をするような性格だから、こういう場合にタイミングを見て上手く止めるのが難しい。
俺もそういう陽葵の気持ちはよく分かるから、上手く誘導する係に徹していた。
しばらく経つと、時間がお昼に近づいている。
「陽葵、そろそろお昼に近いから地下鉄に乗り込まないと…。」
少しだけ陽葵は不満そうな顔をしたが、時計を見てハッと気づいた。
「そうよ!!。このあとお昼ご飯を食べてお土産を見たら、時間はあっという間よね?」
「そうなんだよ。あとで何処かの動物園でリベンジしよう。陽葵はもっとジックリと動物をみたいのは分かるからさ。」
「流石は恭介さんだわ。そうね、こんど動物園デートをやってみようね。わたしは時間が足りないの…。でもね、これでも楽しめたわ。少し名残惜しいけど、動物園を出ましょ。」
俺と陽葵は動物園を出て、地下鉄の駅から、途中で乗り換えた駅を目指して、メモ書きに書かれた店を探すと、歩いて5分程度で着く。
元祖味噌カツなどと看板に書かれているが、店は少し古いそうだ。
「恭介さん、地元の人しか知らないような店のような気がするわ。そんなに行列ができていないし、今のうちよね?」
「なんだか空いていたのは運が良かったと思うよ。老舗っぽいから行列店じゃないのかな。この行列を見越して、この時間設定だったような気がする。」
少しだけできた行列に並ぶと、しばらくして店の中に入って座敷に座った。
メニューもシンプルだったので、迷うことなく、味噌カツ丼を頼んだ。
注文した味噌カツがくる間に、やるべき仕事を思い出す。
「そうそう、棚倉先輩に最後にメールを送ろうと思ってね。」
俺がポケットから携帯を取り出そうとすると、陽葵がニコリと笑う。
その笑顔が可愛くて、もうその場で頭をなでたかったが、グッと堪える。
「恭介さんは携帯のメールを打つのが遅いから、私がやるわ。棚倉さんのアドレス帳を出して、メールを出してくれれば、わたしがメッセージを書くわ。」
「陽葵、それは助かる。陽葵はメールを打つスピードがメッチャ速いからなぁ。マジに感心するよ。」
「大丈夫よ。恭介さんが言いたいことは分かるから、私が棚倉さんに向けて長文のメールを書いてしまうわよ。」
「陽葵に任せるよ。この場合は陽葵が書いたほうが、棚倉先輩にとっては精神的ダメージが大きいかも知れない。」
俺は陽葵が棚倉先輩に携帯のメールを打っている姿を見ていると、ちょうど味噌カツ丼がきて、ご飯を食べながらそれを眺めていた…。
◇
一方で、ここは加奈子さんの家。
棚倉結城は、目を覚ますと時計を見てびっくりして飛び起きた。
「加奈子!!!。まずい、もう、お昼なんてとっくに過ぎている!!。1時になりそうだ!!。三上はどうした!!!」
その声で、棚倉の彼女の加奈子がパッとベッドから飛び起きた。
「まずいわ!!!。もう、三上さんや霧島さんは、新幹線に乗り込んでいるかも知れないわよ!!」
棚倉が慌てて携帯に手を伸ばして画面を見ると、幾つかの着信履歴を見つけた。
「しまった!!。三上は電話をかけていたのか。まずい!!。これはまずい!!」
そこで棚倉は携帯のメッセージに目が留まった。
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恭介さんは携帯のメールを打つのが苦手なので、霧島陽葵が代理で打っています。
今は、味噌カツのお店でご飯を食べていますが、もしかすると、棚倉さんが、このメールを見る頃には、食事をすでに終えていると思います。
名古屋発の新幹線の指定席を買ったので、食べ終われば、お土産を見て新幹線に乗ります。
恭介さんも私も、棚倉さんや加奈子さん、それに、ご両親たちには、とてもお世話になり、ありがとうございました。
よろしくお伝え下さい。
特に加奈子さんのご友人のホテルウーマンさんには、観光名所やアクセスなどを詳しく書いたメモを頂いて、それを見ながら名古屋を楽しく観光してきました。
あとでお礼がしたいぐらい、とても良かったので、加奈子さんから宜しくとお伝え下さい。
恭介さんは棚倉さんの携帯に何回かお電話をしましたが、お疲れのようですし、ご両親たちとも何日かぶりの再会でしょうから、ごゆっくりして下さい。
私たちはこれで帰りますが、気を遣わないで大丈夫です。
ほんとうに、ありがとうございました。
ご両親たちにもよろしくお伝えください。
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棚倉は慌てて加奈子にこのメールを見せた。
「加奈子!!。まずい、もう、三上は帰ってしまったか!!。」
「結城さん、本当にまずいわ!!。もう新幹線で行ってしまっているかも知れないわ!!」
慌てて棚倉は三上の携帯に電話をしたが、あいにく繋がらない。
「まずい、電波の届かないところだから、もう、新幹線のトンネルかも知れない。」
加奈子は思いついた。
この携帯のメールに書いてあった、ホテル勤めの友人の千鶴に真っ先に電話をして、まずは三上たちの足取りを探ろうとした。
もしかしたら、まだ2人が名古屋にいるかも知れない可能性もあるからだ。
そして、棚倉は、まだ二日酔いで寝ているであろう、両親に三上たちの現状を伝えることにした。
これが、ちょっとした、ドタバタの幕開けだったのである。